クリスマス番外編 7.クリスマスの夜に その2
本日(12/25)3話目の更新になります。
ご注意下さい。
青と白の眩い光を放つツリーを背にした吉永君の顔は、逆光になってよく見えない。
わたしを見下ろしている吉永君が、いったいどんな表情をしているのか知りたくて、目を凝らしてじっと見つめてみた。
すると、次の瞬間。彼に少し乱暴に抱きしめられて、上向き加減になったわたしの目には、ツリーの先端と夜空だけしか見えなくなり。
そして、それすらも黒い影で覆われ、いつの間にか彼の顔がわたしのすぐ近くに重なって……。
それはあまりにも突然だった。
心の準備も何も出来ていないわたしに、甘く静かに襲いかかったのだ。
重なった口びるが、冷たくて。
でも柔らかいそれは、確かに彼のもので……。
ほんの一瞬の出来事だったけれど、わたしにとって初めてのキスは、はっきりと心の中に刻み付けられたのだ。
身体中がぞくぞくして、驚きのあまり、息をすることすらも忘れてしまうほど衝撃的だったけれど、彼と交わしたキスは、間違いなく現実に起こったことだとわかる。
「ゆうの、その目……。あんまり大きく開けると、落ちてしまうぞ」
唇を合わせたあと、彼の第一声がこれだった。
びっくりしすぎてまばたきをするのも忘れ、ぱっちりと目を見開いていたわたしを、吉永君は余裕の笑みで包み込む。
わたしはあわてて、ぱちぱちとまばたきを繰り返した。まぶたの裏が冷たい。
キスのあとが、こんなにも気恥ずかしいものだとは知らなかった。
いったい、何を話せばいいのか。彼は、冗談が言えるほど気持にゆとりがあるのに、わたしときたら、火照った顔を隠すように俯くことしかできない。
そして、彼のスニーカーと煉瓦敷きの地面が見えたとたん、その現実にあわてふためく。
ここは。ここは……。
外で、駅前で。周りにもいっぱい人がいて……。
なのに今ここで、いったい何をしたのだろう。
頭から、顔から、そして全身から。ざあーっと音を立てて、血の気が引いていくのを感じていた。
「ま、真澄ちゃん。大変だよ。こんなところにいたらダメ。早く帰ろう。今わたしたちが……その……やったことだけど。誰かに見られていたら、どうするの?」
わたしが大慌てで身を翻し、早く帰ろうと吉永君の手を引っ張る。
するとくっくっくと笑う声が聞こえて。そのまま背中から抱き寄せられてしまった。
彼が、変だ。いつもの彼じゃない。人が大勢いるところでそんなことをする彼が信じられなかった。
「ねえ、ダメだって。真澄ちゃん、ダメだよ」
もがけばもがくほど、彼の腕がしっかりとわたしを抱きしめるのだ。
「今日は、許されるんだよ。こういうことも……。周りを見てみろよ。誰も俺たちのことなんか見てないよ。みんな、自分たちのことで精一杯だろ? ツリーはきれいだし、音楽も鳴ってるし。こんな高校生同士の戯れなんて、誰の目にも止まりはしないって」
吉永君に言われたとおり、周囲をぐるっと見てみた。
チラッとこっちに視線をよこす人はいても、興味本位に立ち止まって覗き見る人はいない。
みんな光り輝くツリーと、横に並ぶ大切な人に心を奪われて、他人のことまで気に留めていられないのだろう。
「な? 言ったとおりだろ?」
後ろ向きのわたしを抱き寄せたまま、吉永君が背後でそう言った。
わたしはうんと頷いて、そのまま彼に身を委ねる。
自分が気にしてるほど、周りは何も思っていない、とそういうことだよね。
吉永君のぬくもりを感じながら、人の流れを目で追う。
ゆったりと流れていく二人だけの時間が、こんなにも愛おしいだなんて知らなかった。
わたしは次第に身体中の力が抜けていくのを、彼の腕の中でひそやかに感じていた。
「実は俺、おちこぼれだったんだ」
急にとんでもないことを口にした吉永君に、わたしは自分の耳を疑った。
聞き捨てならないその言葉の真意を確かめるべく、彼の顔が見えるよう、くるりと前に向き直ろうとしたのだけど。
「いいから、そのままで聞いて。こんな話、本当はおまえに聞かせたくないんだけどな」
彼は少しも譲らず、わたしは結局後ろ向きのまま、話を聞くことになる。
「俺の転校した高校のことなんだけど……」
背中越しに聞こえる彼の声にじっと耳を澄ませた。
たまたま定員に空きがあって彼が編入した県立高校が、地元では超のつくほどの進学校だったらしい。
クラスメイトが同じ学年の生徒だとは思えないくらい、みんなしっかりしていて、転校と同時に自分が落ちこぼれているのを悟ったのだと言う。
でも、それが本当のことだとは、すぐには信じられなかった。
よりによって、吉永君が落ちこぼれるなど、わたしにとっては到底考えられないことだ。
そもそも彼が落ちこぼれであるなら、わたしは今のこの高校など、成績不振を理由に、とっくの昔に退学させられているはずだ。
聞けば、吉永君の通っている高校は、わたしの高校とは比べ物にならないほど勉強熱心な学校で、転校生である彼の実力を確かめるための補習が、他の成績の悪い生徒たちと一緒にずっと続いていたということらしい。
「勉強と家の手伝いに追われていて、おまえに電話すら出来なかった。本当に、ごめんな」
吉永君が、わたしの後髪に顔をうずめるようにして、これまでの行動を振り返り謝ってくれた。
「いいよ、そんなこと。でも、もっと早く言ってくれたらよかったのに。勉強が大変だからってわかってたら、わたしだって、こんなに悩まなかったのに……」
そうだよ。隠し事をするだなんて、これほど辛いことはないのに。
「ごめん。おまえが俺のことを心配してくれているのは、昨日の電話でよくわかった。でもな、自分が落ちこぼれだってこと、ぺらぺらとおまえに言えると思うか? そんなもの、死んだって言いたくない。俺にだってプライドってもんがあるしな。それに、意地もある。絶対に負けられないって思ったから、必死になって、補習を受けた」
吉永君の負けず嫌いは、誰もが知るところだ。陸上の大会での成績にも、それは顕著に現れている。
「それで、補習はうまくいったの?」
首に巻きつくように掛けられている彼の手に、自分の手を重ねて訊ねた。
「うん。年内は二十八日まで学校に通って、補習を受ける予定だったんだけど、今朝、昨日の確認テストの結果が出て。補習を受けてる誰よりも先に、そこから抜け出せたんだ。数学は満点だった」
「すごいよ、真澄ちゃん! がんばったんだね。それで、急にここに来れたの?」
心からすごいと思った。そんな優秀な人ばかりの高校で、満点をとるほどがんばった吉永君に、以前にも増して尊敬の念を抱いてしまう。
「ああ。それで、おまえを驚かせようと思って、大阪に着いてからおまえの携帯に連絡を入れたら……。繋がらない」
「ごめん……なさい。だって、クリスマスコンサートを聴いてて、ホール内では電源を……」
「わかってるよ。でもな、おまえがコンサートに行ってるなんて知らない俺は、なんだってこんな時に電源切ってるんだよ! って、マジでホームに自分の携帯を投げつけそうになったんだぞ。気を取り直して勇人に連絡したら、コンサートに行ったって教えてくれて。もちろん、久木のことも聞いた。そして、急いでホールに駆けつけたんだ。おまえ、知らなかったんだろ? 久木の奴、おまえ狙いだったってこと」
「え……?」
優花の心臓がどくっと跳ねる。
初めは本当にクッキーの気持ちは何も気付かなかった。
でも、コンサートが終わったあとのクッキーは、そんなこともありかなと思わせる雰囲気をまとっていたのは事実だ。
だから、夕食の誘いも断ったのだから。
「勇人も、久木のおまえに対する気持は、前から気付いていたらしくて。早く会場に行けって。あいつ、電話で叫んでた。それともうひとつ。おまえ、今日は勇人ともデートしたんだって? まあ、本城も一緒だったらしいから、それは許すけど」
そう言ったあと、また彼にぎゅっと抱きしめられる。
しばらく沈黙が続く。点滅するツリーの灯りをぼんやりと眺めていると、背後で彼が大きく息を吸ったような気配を感じた。
そして……。
「……好きだ。ゆうかのことが、ずっと好きだった」
周りの音が何も聞こえなくなって、行き交う人の動きもぴたりと止まって。
彼の声だけが心の奥に沁み渡る。
その意味を理解した時、わたしはまたもや彼の腕の中で息が止まるほど驚いて、そして、大きく目を見開く。
じわっと膨れ上がる涙の粒が、ツリーの灯りを滲ませ、頬を伝い。
重なったわたしと彼の指先に、はらりと舞い落ちた。
Fin
12/26 00:33 ものすごく面白かったです……とコメントを下さった、Sさん。
感想をいただき、ありがとうございました。
嬉しかったです~。とても励みになりました。
こちらを見ていただけていると、いいな。
これからもがんばりますね。
2/27 15:19 そばにいて・・・。一度に全て読みきりました。
とてもよかったです。クリスマス番外編も、読み終わって心がほっこりしました…とコメントを下さったIさん。
感想をいただき、ありがとうございました。
10代のあの頃にもどりたい……。
私もそんな思いを抱きながら、いつも文章を綴っています。^^
またこちらにお立ち寄りいただけると嬉しいです。
今後ともよろしくお願いしま~す♪