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そばにいて  作者: 大平麻由理
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クリスマス番外編 6.クリスマスの夜に その1


本日(12/25)2話目の更新になります。

ご注意下さい。

「真澄……」


 クッキーが彼に向かって力なくつぶやいた。


「やあ、悠斗(ゆうと)。そういえば、おまえに言ってなかったよな、俺が引っ越したこと」

「あ、ああ」

「急に向こうに行くことが決まったから、勇人以外には誰にも言えずじまいだった。昔の仲間に挨拶もせず行ってしまったことは、悪かったと思っているよ」

「だいたいのことは勇人に聞いた。おじいさんのことで、大変だったらしいな。で、その……。長野にいるはずのおまえが、なんでここに?」


 クッキーの問いには何も答えず、まるでわたしに会うためにここに来たとでも言いたげな目をして、吉永君がじっとわたしのことを見つめる。


 目の前に急に現れたその人が本当に吉永君なのか、まだそれすらも信じられないわたしは、声も出せずにただ見つめ返すことしか出来ない。


 彼がたった今、微笑んだように見えたのは気のせいだったのだろうか。


 吉永君に、精一杯のぎこちない笑顔を返した時には、すでに彼は別人のように挑発的な目をしてクッキーを睨みつけていた。


「あっ、いや。別に深い意味はなくて。どうして、おまえがここに来たのかなと、思っただけで……」


 クッキーが吉永君の威圧的な視線に耐えかねたのか、顔を引き攣らせながらじりじりと後ずさる。 


「俺がこっちにいたら、何か都合でも悪いのか? おい、悠斗。どうなんだ!」


 吉永君の目がクッキーを真正面から捉え、冷たく光った。


 次の瞬間、わたしの身体に、ぴっと電流が走ったような気がした。

 指先を通じて、何かが全身を駆け抜けたのだ。


 おずおずとその手を見てみると……。なんと、吉永君の手にわたしの指先がしっかりと包み込まれているのだ。


 ところが吉永君は、わたしのことなどほんのわずかたりとも見ていなくて、その厳しい眼差しはクッキーに向けられたままだった。


「真澄。だから、俺はただ……」

「ただ?」


 尻込みするクッキーに尚も執拗に迫る吉永君を見て、あることに気付く。

 ついさっき、わたしがクッキーに何を言われかけていたのかを思い出したのだ。


 この前の朝、クッキーに会ったのは、偶然でも何でもないと言っていた。とうことは……。


 クッキーが偶然に出会ったように仕組んでいたのだとしたら、今日のコンサートは、クッキーからのデートの誘いだったとも考えられる。


 そして、吉永君がその状況を敏感に察知して、今ここでクッキーと対峙しているのだとしたら……。


 わたしは、ドキドキと高鳴る胸元にかかる花のモチーフのマフラーをぎゅっと掴み、彼とつないだ手に力を込めた。

 

 クッキーがそんなわたしに、ほんの一瞬だけ助けを求めるような目を投げかけてきたのだ。


「真澄、俺はただ、石水にコンサートを聴きに来てもらって、今から家まで送って行こうと、そう思ってただけで、他には何も……」


 クッキーの言っていることに嘘はない。本当だけれど。

 でも、ここに吉永君が来なければ、クッキーは次の段階に足を踏み入れていたかもしれないのだ。


 クッキーは、わたしの吉永君への気持にも薄々気付いていたのだろう。


 そして、まさかとは思うけど。そんな願ってもないストーリーがあるとは思わないけど。

 吉永君の気持もわたしにあるかもしれないと、クッキーが感じていたのだとしたら。


 突然ここに現れた吉永君に、わたしとは何もないのだと言い訳をするクッキーの心中も察することが出来る。


 するとクッキーが突然、ある一点を凝視して驚きの叫び声をあげるのだ。


「ええ? えええっ! お、おまえたち、やっぱり……」


 クッキーが見ていたのは……。つながっているわたしと吉永君の手だった。


 そして、わたしたちの顔を交互に見て、目を丸くして。


「つ、付き合っているのか?」


 と裏返った声で訊ねた。




 わたしは恥ずかしさのあまり、体を硬くしてその場で俯いてしまった。

 付き合っているのか、いないのか。

 それはわたしにも、まだわからないことだったから。


「おまえたち、本当に、付き合ってるんだ……」


 クッキーが苦々しい面持ちで、独り言のようにつぶやいた。


「ああ、そうだ」


 吉永君がはっきりと言い切る。

 そうなんだ。わたしたち、付き合っているんだと、他人事(ひとごと)のように受け止めるわたしがいた。


「今日は、こいつが世話になったみたいだけど……。このあと、俺はこいつと約束があるんで。じゃあな」


 クッキーに強引に別れを告げたあと、吉永君は優しい目をしてわたしを見て。手をつないだままぐんぐん歩き出したのだ。


 彼が市民会館のガラスのドアを大きく開け、わたしはいとも簡単に外に連れ出される。


 あまりのスピードに、足がもつれてよろけそうになる。


 それでもなんとか振り返り、少し遅れて外に出て来たクッキーに、今夜は楽しかった、ありがとうと言って、バッグを持った手を振った。


 そして、ごめんねクッキーと、優しく接してくれた昔なじみの同級生に、心の中でそっと謝った。




 吉永君はあれから何も言わない。どうして突然ここに来たのかも教えてくれない。


 どんどん市民会館から離れて行く。

 このまま大通りを南に歩いていくと、あっと言う間に駅に着いてしまう。


「ねえ、真澄ちゃん……」


 わたしはどうしても理由が知りたくて、彼を引き止めた。


「どうして真澄ちゃんが、ここにいるの? 今日は、来れないって言ったよね?」


 正真正銘本物の吉永君に向かって、今一番知りたいことを勇気を出して訊ねてみた。


 でも、吉永君は何も答えてくれず、立ち止まったわたしの手を再び引いて、歩き始めるのだ。


「真澄ちゃん、教えて。お願い、どうして……」

「おまえに会いたかったから」


 わたしの言葉を途中で遮るように、彼がそっけなくそれだけ告げる。


 そして、わたしの額を人差し指でつんと押さえた彼は、いつものほわっとした笑顔を浮かべ、片手でわたしの肩を抱き寄せた。


 彼の首に巻かれた見覚えのあるマフラーが外れて、ぱらっと目の前に下りてくる。

 彼が素早くそれを手に取り、彼の背に回した。


 たったそれだけのことなのに、心臓がありえないほどにドキドキと暴れだす。


 歩くたび頬をかすめる彼のジャケットから、駅のホームで抱きしめられた時と同じ匂いがした。彼の香りだ。


 おまえに会いたかったから……。確かに吉永君がそう言ったのだ。

 夢でも、まぼろしでもない。信じられないけれど、今、吉永君本人がそう言った。


 わたしも彼に会いたかった。寂しくて切なくて。毎晩泣いてしまうくらい、吉永君に会いたかった。


 今こうやってわたしの肩を包み込んでいるのは、間違いなく、夢にまで見た吉永君の腕だ。


 肩を抱かれたまま、ゆっくりと駅に向かって歩く。


 駅に近づくにつれて人通りが多くなり、あちらにもこちらにも、見るからに幸せそうなカップルが腕を組み、肩を寄せ合っているのが目に入る。 


 駅前の広場には、周りのビルの高さに負けないほどの大きなクリスマスツリーが飾られ、幻想的な光を放っていた。


 昼間は、大きな木に、ただワイヤーが巻きつけられているだけにしか見えなかったあの木が、夜にはこんなにもきれいに街を彩り、人々を魅了するだなんて。


 わたしは、その光から目が離せなくなった。


 


 わたしの首の後ろに回った彼の腕に寄りかかり、眩いばかりのツリーを見上げた。


「わあ、きれい」


 周りの誰もが、同じように感嘆の言葉を漏らしている。


 吉永君が急にこっちに来れるようになった理由はまだ何もわからないけど、こうやって一緒にツリーを見ていられることが何よりの答えなのかもしれないと思う。


 待ち焦がれた彼と同じ場所で、同じ時を過ごしている。

 それでもう十分じゃないかと、わたしは自分自身に言い聞かせ、納得する。



「ゆう。今日、学校に行ってる間にうちに届いたこのマフラー、嬉しかったよ。おまえが選んでくれたんだよな」

「う、うん」


 わたしはツリーから真横にいる彼に視線を移し、小さく頷いた。

 

「なあ、ゆう。俺がどれだけおまえに会いたかったか、わかるか?」


 吉永君の声がふいにわたしの頭上に降り注ぐ。と同時に肩を抱いていた手を離した彼が、わたしの目の前に立ちはだかった。


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