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そばにいて  作者: 大平麻由理
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クリスマス番外編 3.同級生

「何よ、それ! なんであいつ、こっちに来ないの? そんなのおかしいよ。ありえないって!」


 絵里は、頭のてっぺんから湯気を出しているんじゃないかと思えるくらい顔を真っ赤にして、怒り狂っている。

 わたしが吉永君からのメールについて相談したとたん、このありさまだ。


「吉永が自分からクリスマスにこっちに来るって言ったんでしょ……? なのにどうして急に来れなくなるわけ……?  絶対変だよ。ちゃんと理由を訊いた方がいいと思う……!」


 教室にはすでに何人か登校してきているので、あくまでも基本はひそひそ声で。

 でも感情のおもむくまま突然大きくなる絵里の声に、さっきからハラハラさせられっぱなしだ。


「それはそうなんだけど……。多分、家の手伝いがあるから、来れなくなったんだと思う。ぶどう園の仕事、すっごく大変そうなんだもん」

「ええっ? ぶどうなんて、夏の終わりくらいに、プチって実をもぎ取ればいいだけじゃん……。今は十二月だよ。もうどこにもぶどうはぶら下がってないって……。本当に忙しいの……?」

「う、うん。おじいさんが収穫後の手入れをしないうちに倒れちゃったから、吉永君とおじさんが、広大なぶどう畑で、木にわらを巻いたり、肥料を……」

「わら? 肥料? なんだかよくわかんないけどさ……。忙しいってわかってるなら、クリスマスに来るなんて、優花を期待させるようなこと言わないで欲しい……。優花がどれだけ楽しみにしてたか、あいつは何もわかっちゃいないのよ。ちょっと携帯貸して。あたしが代わりに、訊いてあげるからさ」


 絵里がわたしの携帯を奪い取ろうと手を伸ばしてきた。


「だ、だめだって。いいの。もうちょっとしたら、何か連絡くれるかもしれないし。それまで待ってみる」


 絵里にそんなことされたら、吉永君だって困るに違いない。

 わたしは携帯を奪われないように、自分の胸のあたりでぎゅっと抱え込んだ。


「んもう、優花ったら、ホントのん気なんだから。来年のクリスマスまで待ち続ける、なんてことにならないようにね。まあ、生真面目なあいつのことだから、浮気はないと思うけど」

「浮気?」


 全身から、さーっと血の気が引いていくのがわかった。

 浮気……。そのことも何度か頭の中をよぎったのは事実だが、極力考えないようにしていた。

 けれど、絵里の口からその言葉が出たとたん、喉がからからになるほどダメージを受けてしまったのだ。


「やだ。何マジになってんの? だから、浮気の心配はないって言ってるんだけど?」


 わたしの様子を見て、絵里があわててフォローしてくれる。

 が、そんなにすぐ切り替えられるほど、わたしの心は強くない。

 

「あっ、うん。でも、わたしたち、その。付き合ってるわけじゃないし、別に誰と仲良くなったとしても、浮気とかにはならないと……」


 そう思うことで、ショックを和らげようとがんばったのだけど。

 ますます心の中は不安でいっぱいになる。


「優花。どうしてそんな弱気になってるの? だからいつも言ってるでしょ? あんたたちは誰がなんと言っても、正真正銘、恋人同士なんだから。そこは自信を持って。だからこそ、初めてのクリスマスに約束を破るってのが、許せないの! 家の手伝いだかなんだか知らないけど、優花との約束以上に大切なものがあるっていうのが信じられない!」


 絵里の言うとおり浮気でないとすると、理由はやはり、家のことなのだろう。

 おじいさんの具合がますます悪くなったということも考えられる。

 吉永君に連絡を取ろうとしないわたしに、絵里は学校にいる間中、不満そうだった。

 でも……。もう決めたこと。吉永君を信じて、彼から連絡が来るのをもうしばらく待ってみることにしたのだから。



 ところが。待てど暮らせど、彼からは何も連絡が無い。

 時ばかりがむなしく過ぎてゆき、わたしの心には、ぽっかりと大きな穴があいたままだ。

 あの日のメールを最後に、結局何も連絡を取り合わないまま、クリスマスイブを迎えることになってしまった。


 すでに寂しさと不安の限界を超えていたわたしは、イブの夜、とうとう絵里の助言どおり吉永君に電話をかけてしまった。

 久しぶりに聞くその声は、いつもと変わりなく低く落ち着いていて、とても響きのいい声だった。


 ところが返ってきた返事は、メールの文章と一字一句違わなくて。

 ごめん、明日は行けないと繰り返すばかり。

 理由を訊いても、ちょっと……と言葉を濁して、そのまま黙り込んでしまう。

 そして、わたしがメールも電話もしなかったこの数日間のことも、別段何も咎められることはなかった。 


 それは言いかえれば、わたしのことなど、何も気に留めていないというようなものだ。

 理由を訊いても、不明瞭な返事しか返ってこないし、わたしからの連絡を待っている様子もない……。


 吉永君を駅まで追いかけて行ったあの日。

 確かに二人の心が繋がったように感じたのは、わたしの思い過ごしだったとでも?


 こんなこと、考えたくもないけれど。

 まさか、そんなことがあるはずない、とも思うけれど。

 転校した高校に好きな人が出来たのだとしたら……。

 あるいは、吉永君を一目見て恋におちた誰かが彼に告白して、彼の気持ちがその誰かに傾いてしまった……とか。


 わたしは彼との短い会話のあと、じゃあまたねと言って電話を切り、制服のスカートのままベッドにもぐりこんだ。

 とめどなく溢れてくる涙と共に過ごしたクリスマスイブは、とてつもなく長くて辛い夜になってしまった。




 今日から冬休みだ。

 絵里と駅前のショッピングモールに行って、映画を観る約束をしている。

 せっかくのクリスマスに仲良しの女子同士でデートだなんて、ホント笑っちゃうよねと言いながらも、わたしは心の底から愉快な気分になったわけではなかった。


 絵里は、映画が終わったらうちに来ないかと誘ってくれている。

 お姉さんの彼氏も来るので一緒にパーティーをやろうと、わたしの返事も待たないうちから、すっかりその気になっているのだ。


 今日は二十五日。本当なら、吉永君と会って、プレゼントを渡して。

 そして、もしかしたら、デートらしきこともできたかもしれない、クリスマス……だ。

 絵里にはまだ言っていないけど、映画の後、クッキーの吹奏楽部のコンサートに行くつもりにしている。

 別にこそこそする必要はないのに、なぜか言い出しにくくて、何も言えないまま、ずるずると今日を迎えてしまった。

 急用が出来たから先に帰るねと言って、さりげなく絵里と別れればいいと安易に考えていた。

 なのに、待ち合わせ場所で絵里に会ったとたん、それがとんでもない間違いだと気付かされるのだ。


 映画館のロビーにひょっこりと姿を現したその人に、腰を抜かさんばかりにびっくりさせられたのだから。


「よおっ……」


 力なく右手を上げるその人に慌てて駆け寄った。


「な、な、なんで、はやと君がここにいるの?」

「ま、まあな」


 勇人君がわたしから目を逸らし、照れくさそうに首の後ろをポリポリと掻いている。 


「へへへ。びっくりしたでしょ? 実は昨日から鳴崎も誘ってたんだけど、優花には内緒にしてたんだ。だって、優花の驚く顔が見たかったんだもん!」


 絵里のいたずらっぽい目がキラリと光る。それにしても内緒にするなんて、絵里も人が悪い。

 勇人君が来るとわかっていれば、こんなところにのこのことやって来なかったのにと悔やまれる。

 これは、もしかしてもしかするのではないかと、絵里と勇人君を見てあれこれ妄想してしまう。

 だって、クリスマスに誘い合って約束してる男女といえば、やっぱり、あれしかない。

 そうに違いない。二人はきっと付き合い始めたんだ。


 願ったり叶ったりの急展開に頬の筋肉が緩み、にたにたしてしまう自分を止められなくなった。

 麻美への思いに悩む勇人君と先輩との恋に破れた絵里。

 ハラハラさせる二人のやり取りも、捉えようによっては、仲がいい証拠とも取れる。


 でも、わたしのそんなよこしまな予想は、あっという間に砕け散ってしまった。

 勇人君がここにいるのには、ちゃんとしたわけがあったのだ。

 つまり、わたしと同じ状況に陥った不幸仲間……ということらしい。


 クリスマスイブだった昨日、勇人君は彼の想い人である麻美にプレゼントを渡すため、絵里の力を借りていたのだが……。

 麻美は終業式が終わってすぐに、隣町にある大手予備校の大学受験集中講座を受ける予定になっていて、勇人君の壮大にして命がけのクリスマスプロジェクトが瞬く間に中止せざるを得なくなってしまった……というわけだ。

 それで、告白は愚かプレゼントすら渡せず、激しく落ち込んでいる勇人君を救済するため、今日の映画に誘ったのだと、絵里がニヒヒと笑いながら説明する。


 確かに今日の勇人君は、映画を観ている間中もずっと無口で、ムスッとしていた。

 おまけに泊まりに来ると言っていた親友の吉永君にも約束を取り消されているので、不機嫌さも倍増しているのだろう。

 吉永君は勇人君にも来れなくなった理由をはっきり言っていないらしく、もうあいつは友だちじゃないとまで断言するほど、勇人君は怒っていた。

 今年のクリスマスは踏んだり蹴ったりだったと、映画のあとに行ったケーキショップで、ショートケーキをフォークで蜂の巣状に突きながら、勇人君がしきりにぼやいている。


「さあーてと。じゃあ、今からあたしんちに行って、けーきよく、パーっとやろうよ。うひゃー。ケーキ食べながら、景気よくだって。あたし、いつの間にオヤジギャクなんか言ってるんだろ、はっはっはっ……!」


 どこまでも暗い勇人君と、好きな人に振られたも同然な態度を取られて落ち込んでいるわたしを気遣って、わざと明るく振舞ってオヤジギャグまで飛ばす絵里には悪いのだが。

 ここできちんと、絵里の家に行けないことを言わなければならない。

 わたしは食べかけのミルフィーユの横にフォークをそっと置いた。

 そして、勇気を奮い起こし……。


「絵里、ご、ごめん。今日はその……」


 絵里の目を見ながら話をゆっくりと切り出す。


「どうしたの?」


 絵里と勇人が声をそろえてわたしを見る。こ、怖いよ。二人の目が、まるで獲物を捕らえる猛獣のようにギロリと光るのだ。


「いや、そ、その……。このあと、ちょっと用があって、絵里んちには……」

「行けないって言うんじゃないでしょうね? そうなの? 優花、ねえ、どうなのよ!」


 絵里が身を乗り出して詰め寄る。どうしたというのだろう。まだ何も言ってないのに。


「ゆうちゃん。いったい、どうしたのさ? まさかとは思うけど、真澄が来ないからって、自暴自棄になるなんて許さないぞ。今日のおまえ、俺以上に落ち込んでるだろ?」


 勇人君も容赦なく攻め込んでくる。

 あまりにも激しい二人の気迫におののき、もうこれ以上あのことは隠し通せないと降参の白旗を揚げた。


「あの、それが……。実は今から、コンサートに……行くんだ」

「誰と?」 


 本当のことを言ったっとたん、すかさず絵里が訊く。


「ひ、ひとりだよ」


 そうだ。うそじゃない。クッキーに誘われたけれど、行くのは一人だ。


「ホントに一人で? なんか怪しい……。優花、ちゃんとこっち見て。何のコンサートなの? そんなの今初めて聞くし。ねえ、優花、本当のこと教えて。隠し事はダメだよ」


 絵里の誘導尋問は天下一品だ。誰だって瞬く間に丸裸にされてしまうのだから。


「あ、あの……。クリスマスコンサートなんだ。中学の同級生が活動してる、吹奏楽部の……」

「吹奏楽部? 中学の同級生の?」


 絵里が不思議そうに首を傾げる。


「うん。そうだよ」


 これ以上訊かないでとすがるような気持を込めて、絵里に懇願の視線を送りながら、こくりと頷いた。


「中学の同級生か。じゃあ、俺も知ってるよな、そいつのこと。女? それとも男? いったい誰なんだ?」


 勇人君は、もうすでにそれが誰であるのか気付いているのだろうか。

 吹奏楽部に入っている同級生といえば、人物像はかなり絞られる。

 

 もう逃げられない。追い詰められたわたしは、ついに観念して、すべてを打ち明けることにした。


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