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そばにいて  作者: 大平麻由理
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クリスマス番外編 2.クリスマスなのに

 ──ごめん。クリスマスにそっちに行けなくなった。

   年が明けたら必ず行く。本当にごめん。


 わたしは何度も何度も同じメールを見ていた。

 昨日吉永君から届いたメールは、一気に地の底に突き落とされるような、衝撃的な内容だったのだ。

 プレゼントも買ったし、あとはクリスマスを待つだけだというのに……。


 吉永君の通っている公立高校は、二十五日まで登校することになっている。

 前期後期の二学期制なので、当日は終業式という形式ばった行事はなく、大掃除とホームルームがあるだけだと言っていた。

 それが終わり次第、午後にはこっちに向かう予定だった。

 イブに会えないのは授業があるから仕方がないとあきらめていたけれど、まさかクリスマス当日も会えないなんて……。

 クリスマスを指折り数えて待っていたわたしは、ショックのあまり声も出ないほど落ち込んでしまった。


 吉永君のお父さんが急遽ぶどう園を継ぐことになってから、いろいろと大変だというのは聞いていたけど……。

 ここまで忙しいとは、全く想像すらしてなかった。


 今までぶどう園のことはおじいさんに任せっきりだったので、作業に慣れないおじさんを手伝うため、部活にも入らず真っ直ぐ帰宅しているんだと、先週彼から電話で聞いたばかりだ。

 これから訪れる雪の季節に備えて、ぶどうの木にわらを巻きつけたり、枝の選定をしたり、肥料を施したり……。

 朝顔しか育てたことのないわたしには、ぶどう栽培など未知の世界の出来事なのだが、とにかく目が回るほど忙しいというのは、彼の電話で伝わってきた。


 でも。だからって、クリスマス当日まで働くだなんて、わたしには到底理解できなかった。


 だが、こっちに来れなくなった理由が、ぶどう園の手伝いのせいだと吉永君が言ったわけではない。

 メールには何も理由は書かれていなかった。

 つまり、別の用事が出来た可能性もある。


 だとしたら……。それはそれで、またもやなんとも形容し難い複雑な気持ちになるのだけど。

 わたしや勇人君に会うよりも優先したい用事があると考えるだけで、胸が苦しくなった。


 もちろん、吉永君に告白したわけでも、彼に告白されたわけでもない。

 恋人同士ではないのだから、会えなくなったからと言って、わたしに彼を咎める資格があるはずもなく。


 所詮、メールと電話だけの付き合いなんて、この程度のものなのだ。

 わたしが吉永君にとって、少しも特別な存在ではないと証明されたにすぎない。


 毎日送っていたメールも、昨日今日と、送信する気にならない。

 携帯の画面を開いては閉じてを繰り返すばかりで、一文字だって埋まらない。

 学校で今日一日あったことも、何一つ思い出せないくらい、昨日のメールのことで頭が一杯だ。

 期末テストの結果が今日返ってきたことだけ、机の上に広げてある印刷物でわかる。

 高校入学以来、やっとまともな点数を取れたにもかかわらず、わたしの心は沈みこんだままだ。


 絵里にどう言えばいいのだろう。

 何も言わなくても、勘のいいこの親友は、わたしたちの間に何かあったことくらいすぐに気付くに違いない。

 絵里と一緒に買いに行ったプレゼントは、郵送すればそれで済む。

 けれど、それすらも迷惑かもしれないと思うと、いたたまれなくなるのだ。


 わたしはベッドの上にポンと放り投げた吉永君へのプレゼントの包みを、恨めしげに眺めていた。

 中身は……。

 オフホワイトの手編み風マフラーだ。

 自分で編んでみようと思ったのだけれど、絵里の猛烈な反対にあい、いとも簡単に却下された。

 よく練習してから贈った方がいいと言われたのだ。


 絵里のお姉さんが彼氏にセーターをプレゼントすると言って編み始めたのはいいが、ほどいてばかりで、とうとう完成しなかった……ということがつい最近あったばかりらしい。

 わたしだって、くさり編みしかやったことがない。

 絵里のお姉さんと同様、編み目の揃わない無残な物に仕上がるのは目に見えていた。


 だから今回は作るのはあきらめ、店をあちこち回って、吉永君に似合いそうなマフラーを一生懸命選んだというのに。

 彼の目の前でそれを渡すことが叶わないだなんて……。

 わたしはグスンと鼻をすすり、枕カバーを涙で濡らしながら、そのまま眠ってしまった。




 次の朝、絵里に話を聞いてもらうために早めに家を出たわたしは、マンションのエレベーターを降りたところで、珍しい人に出会った。


「よお、石水っ!」


 と、突然後ろから声をかけられ、あわてて振り返ると。

 昔とちっとも変わっていない、少しとぼけたような懐かしい顔がそこにあった。

 横に並ぶとわたしと同じくらいの背格好の彼は、中三の時同じクラスだったクッキーこと、久木悠斗(くきゆうと)君だったのだ。


「クッキー、久しぶりだね」


 クッキーは、吉永君や勇人君と同じで、小学校からの付き合いだ。

 トランペットを吹くのが得意な彼は、将来はアメリカのブラスバンドパフォーマンスのメンバーに入るんだと言って、隣の市にある吹奏楽で有名な私立の高校にわざわざ通っている。


「石水も、元気そうだね。俺はいつも朝練行ってるから、マンション内の同級生にはほとんど誰にも会わないよ。今日はちょっと寝坊して、こんな時間になってしまったけど。石水も部活があるの?」

「あっ、いや違うよ。今日はちょっと友だちに話があって……」

「ふ~ん、そうなんだ」


 クッキーって、こんなキャラだったっけ? 彼の変貌振りに目を見張ってしまう。

 昔は、自分から話しかけてくることなどほとんどなかったような気がする。

 高校生活が充実しているのだろうか。自信に満ち溢れているようにも見えた。


「真澄、いなくなっちまったよな」


 突然クッキーの口から飛び出た名前に、わたしはビクッと肩を震わせた。

 吉永君のことに過剰反応するわたしの体質は、彼が転校した後も少しも改善されていない。


「俺、真澄のこと、ずっと知らなくて。ついこの間、勇人に教えてもらってびっくりしたんだ。確か、石水も真澄と同じ高校だったよな?」

「う、うん。クラスも同じだったから、わたしも吉永君の突然の転校に驚いたひとりなんだ」


 出来るだけ心を落ち着かせて、普通に話したつもりだった。

 というのも、吉永君と最近また親しくなったことを、クッキーに知られたくなかったから。

 クリスマスに会う約束が叶わなくなった今、まるで付き合っているかのように誤解されるのは、どうしても避けたかったのだ。


 クッキーが開きかけた口を閉ざして、なぜかそのまま黙り込んでしまった。

 お互いを探り合うような気まずい空気が漂う。

 勇人君がわたしと吉永君の関係を誇張して彼に吹き込んだことも考えられる。

 クッキーの顔色を伺いながら、わたしは彼の次の言葉を待った。


「そうだ! ちょうどよかった。あのさあ……」


 突如明るい声を上げたクッキーが上体を屈め、カバンの中からカラフルに印刷されたチラシのようなものを取り出した。


「俺、今度の吹奏楽部のクリスマスコンサートで、ソロのパートもらえたんだ。市民会館の中ホール。よかったら見に来てよ」


 一年生では、俺だけがソロに選ばれたんだ……と言って、はにかむ。

 はい、これ、と手渡されたチラシは、コンサートのプログラムだった。


「これが入場の引き換え券代わりになるから。部員一人当たり、十人は客を呼ばなきゃならなくてさ。他にも誘う予定だから、気にせず来てよ」


 カラーコピーのプログラムにさっと目を通す。12月25日、午後5時開演。

 二十五日……。そう、その日は吉永君との約束の日だ。

 でも、その約束は、白紙にもどってしまった。


「あれ? 都合悪い?」


 黙ったままプログラムをじっと見ているわたしに、クッキーが慌てたように裏返った声を出す。


「そりゃあそうだよな。その日は、もろクリスマスだし……。カレシがいたら、やっぱ無理だよな? それなら別に断ってくれてもいいんだけど」


 クッキーは頭をぽりぽりかきながら、照れ笑いを浮かべる。


 わたしは少し時間を置いた後、首を横に振った。カレシがいるだなんて、そんなことあるわけないよと言って。


「ええ? ホントに? ならクリスマスコンサート、来てくれる?」


 うんと言って、こくりと頷いた。

 もちろんクッキーのソロ演奏も気になるけど、それ以上に吉永君と会えないクリスマスが辛いのだ。

 クッキーのコンサートに行けば、寂しさを忘れられると思った。


「行く、行く。だってクッキーは、中学のときから、めっちゃトランペットうまかったもんね。なんだかすっごく楽しみになってきちゃった。あっ、ねえねえ、クッキー。友だちも誘っていいかな?」


 絵里や勇人君も誘ってみようと思いつく。

 十人もお客さんを呼ばなければいけないのだ。ここはクッキーに協力するいいチャンスかもしれない、とひらめいたのに……。


「あっ。そ、それはダメだよ。そのプログラム一枚につき、その……。一人しか入場できないんだ」

「えっ? そうなの?」


 わたしは驚いてクッキーをまじまじと見た。彼も困惑した顔でわたしを見る。


「石水、せっかく言ってくれたのに、ごめんな」

「ごめんだなんて……。そんなこと、気にしないで。わかった。じゃあ、わたし一人で行くね。市民会館なら駅の近くだし、場所もよく知ってるから」


 行くと言ってしまった以上、友だちを誘えないからという理由だけで、やっぱり行きませんとは言えない。


「サンキュー、石水。二十五日、待ってるな。俺、ソロのところ、絶対に成功させるから。じゃあ、また!」


 クッキーが満面の笑みを浮かべ、手を振る。


「あ……。ま、またね」


 反対方向のバス停に走って行くクッキーを目で追いながら、胸の前で小さく手を振った。


 吉永君と会えないクリスマスに、突然誘われたコンサート。

 昔なじみの同級生に、たまたま誘ってもらったコンサートだけど……。

 胸の中で、得体の知れないもやもやしたものが密かに(うごめ)き始めているのを、わたしはおぼろげに感じ取っていた。


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