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そばにいて  作者: 大平麻由理
43/49

クリスマス番外編 1.友だち以上、恋人未満

番外編の改稿版です。

以前より少し話数も増えたので、物語の背景がわかりやすくなったかな…と思っています。

よかったら読んでみてくださいね。

初めての方は、是非、本編(片思い編)から読んでいただけるといいな。

どうぞよろしくお願いいたします。

「……ってなわけ。だ、か、ら。あれれ、優花ちゃ~ん。どうしましたか? こらっ、ゆうかっ!」


 絵里がわたしの鼻のてっぺんを、だ、か、ら、と三回人差し指で突いた後、大声で叫んだ。

 教室の後の席に集まっていた男子がぎょっとした顔をして一斉にこちらを向く。

 それでようやく、どこかにさまよっていた意識を現実の世界に取り戻すのだ。


「んもうっ! 優花ったら。もしかして、あたしが言ったこと、なんにも聞いてなかった?」


 絵里がすねたように口を尖らせる。


「ご、ごめん。ちょっと考えごとしてたから。えっと。なんだっけ?」


 叱られるのは覚悟で、わたしはもう一度絵里に訊ねた。


「はあ? 全く何も聞いてなかったの? 優花、ねえ、そうなの?」


「うん……」


 わたしはしょんぼりとうな垂れた。絵里には悪いが、本当に何も聞いてなかったのだ。

 絵里が大仰に首を振り、あーっと唸るような声を出す。

 あきれてやってられないとでも言うように。


「じゃあ、もう一度言うからね。ちゃんと聞いてよ! クリスマスプレゼント。今度の土曜日、一緒に買いに行くって話し。まさか忘れたなんて言わないよね?」


「あ……。う、うん。そうだったね。そうそう。思い出した。忘れるはずないよ。あは、ははは……」


「優花、あははじゃないよ。しっかりしてね。大事なことなんだから」


「うん。わかってる。絵里、ごめんね」


 これ以上絵里の機嫌を損ねないようにと、わたしはあくまでも低姿勢を貫く。

 ちゃんとプレゼントを買って、クリスマスまでに長野に着くように送るんだよと、絵里に何度も釘を刺されていたのだ。


「ホント、あれ以来、優花はいつもこんな調子だもんね」


 絵里の意味ありげな視線が今日もまたわたしの胸にチクリと突き刺さる。


「絵里ったら、またそんなこと言ってる。考えすぎだって。わたしは前からずっとこんな感じだよ」

「何言ってるの。絶対に、あの日から優花は変わったんだってば。誰のこと考えてんのか、あたしは知らないけどさ」


 知らないと言いながらも、すべて知ってますよと絵里の目がはっきりと語っている。


「ちがうって。そ、その人のことなんか、考えてないってば」


 わたしは頭をぶんぶん振って、誤解を解こうとがんばるが。所詮、ぬかに釘、のれんに腕押し。否定すればするほどむなしくなるばかりだった。


「このおーーっ、幸せ者がっ!」


 絵里が力任せにわたしの頬を両手ではさみこんだので、口びるがまるで鳥のくちばしのように前にぷにょっと突き出た。


「絵里ったら、恥じゅかしいよ~。ほ、ほら、みゅんなが見ゅてるから。おにょがい、やみょて(お願い、やめて)」


 自由にならない口を駆使して、絵里に涙目で抗議する。


「だって、優花の目がハートマークになってるんだもん。誰だって、こうしたくなるって。それにしても、まだ信じられないよね。あたしたちの中で一番そんなことには興味ありませんって顔してた優花が、真っ先にカレシ作っちゃうんだもん。あたしなんて、先輩にふられてから、ちっともいいことないし……。あと二週間で相手探せって言う方が無理」


 やっと手を離した絵里が机に肘を突いて手のひらに顔を載せ、不服そうに口をへの字に曲げた。


「絵里。ちょっと待って。だから言ってるでしょ? ……吉永君は、その。か、カレシじゃないって……」


 クラスのみんなに聞かれないように声をひそめ、できるだけ絵里の耳元に近付いてそう言った。

 絵里はあの日以来、ことあるごとにわたしと吉永君のことをネタにしてからかう。


「はいはい。優花の大切な真澄ちゃんとやらは、付き合ってもいない女の子と、幼なじみってだけで嬉しそうに手をつなぐんだよね~。こうやってべったりくっついてさ」


 絵里が急に立ち上がり、ぐるりと回ってこっちにやって来たと思ったら。同じ椅子に無理やり半分座って、ぺとっとくっついた。

 わたしが吉永君を追いかけて駅に行った日のことを、いつもそうやって冷やかして、おもしろがるのだ。





 あの日、わたしと吉永君がホームを降りて改札口から出て行くと、まるで温泉旅館のスタッフの出迎えのように、絵里と勇人君が手をこまねいてそこで待っていた。

 ほーらね、やっぱり二人そろって戻って来た……と言って、絵里は得意げに胸を張る。

 その時のわたしと吉永君が、まるで恋人同士のようにべったりと寄り添っていて、どこをどう見てもラブラブだったと絵里が言うのだ。

 でもわたしにはちゃんとした言い訳がある。あの時は、ああするしか方法がなかったからだってね。

 駅のホームで吉永君と会えたのが奇跡のように思えて、嬉しさの余り、その場から動けずにずっと泣いていた。

 そんなわたしを放っておけなくなった吉永君が仕方なく手を引いて、無理やり連れて降りた、というわけだ。

 そうするしか選択肢がなかったのだから、断じてラブラブでくっついていたわけではないと説明するのだが。絵里は全く信じようとしない。

 そして、勘違いした絵里と勇人君の二人が、邪魔しちゃ悪いよねと言って、ニヤニヤしながらその場からいなくなったものだから、残されたわたしが吉永君と二人だけになって、どれだけ気まずい思いをしたか……。

 絵里はその事実すら、またまたそんなこと言っちゃってと笑うばかりで、まじめに取り合ってくれないのだ。


 結局その日、吉永君は名古屋発の特急電車に間に合わなくなくなってしまったので、急遽、勇人君の家に泊まることになった。

 そして次の日、これまた勇人君の陰謀でわたしが一人で吉永君を見送ることになったのだけど、もちろん、一緒に行けるのは大阪までで。

 本当は長野までついて行きたかった。いや、せめて名古屋まで一緒に行きたかった。でもそんな願いが叶うはずもなく。

 次の日からはもう会えないのに。学校でも、マンションでも、絶対に会えないのに。

 無情にも別れの時は、あっという間にわたしの前に訪れた。


 じゃあな……と言って、信じられないくらいあっさりと、私鉄の改札口に吉永君が吸い込まれていく。

 夕べとは違って時間にゆとりがあるので、旅費の節約のため新幹線は使わない。私鉄で名古屋に向かうことになったのだけれど。

 吉永君がわたしの前からぐんぐん遠ざかっていく。大きな後姿が瞬く間に人の波に飲まれて見えなくなった。

 締め付けられるような胸の痛みを感じながら、歯を食いしばって涙をこらえた。

 何度も瞬きをして涙を押しとどめ、絶対に泣かないぞと自分に言い聞かせる。

 そして、必死の思いで笑顔を保って手を振り続けた。

 そんなわたしの思いなど知りもしないのだろう。吉永君は結局振り返ることもなく、黙って走って行ってしまったのだ。


 それでよかったのかもしれない。

 もし吉永君が振り返ったならば、きっと別れるのが辛くなって、前日と同じように泣いてしまったに違いないもの。

 そして泣いてるわたしの姿を見たら。優しい吉永君はそんなわたしを一人にできなくて、再び舞い戻り、永久に長野に戻れなくなってしまう。

 だから。これでよかったのだと思うことで、気持にふんぎりをつけたのだ。


 ただし、わたしにとって、ちょっぴり嬉しいこともあった。

 毎日でなくてもいから、メールをして欲しいと吉永君がわたしに提案したのだ。

 最初は耳を疑った。まさかあの吉永君がそんなことを言うなんて、俄かには信じられなかったから。

 今度は絶対に削除するなよと言いながら、アドレスや番号をわたしの携帯に送り込む。


 吉永君と遠く離れていても、メールや電話でつながっていられる。

 わたしはこの宝物を二度と手放さないと、心に誓った。


 今まで、あんなに近くに住んでいても遠くから見つめていることしか出来なかった吉永君が、今ではこんなにも身近に感じられるようになるなんて。いったい誰が想像しただろう。

 あの日も、吉永君の背中が見えなくなったとたん、すぐに彼にメールを打っていた。

 昨日は戻ってきてくれてありがとう、気をつけて帰ってね……と。

 たったそれだけのことだけど、嬉しくて天にも昇る気持だった。


 帰ってくる返事は、ああとか、うんそうだねとか、わかった……とか。本当に短いものばかりだけど、返信スピードだけは誰にも負けない。

 それはもう、待ち構えてて準備してたの? って思えるくらいに素早かった。


 吉永君は自分からメールを送るのは苦手だが、読むのは好きだと言う。

 学校のことや、マンションで起こったことを知らせてくれると嬉しいと言った。

 それと、もうひとつ。首を傾げるようなリクエストをされた。

 吉永君には兄弟がいない。だからかどうかは知らないが、妹の愛花のことも知らせて欲しいと言うのだ。

 最初にそれを聞いた時、えっ? なんで? と心の中が、疑問符で埋め尽くされた。

 まさか、吉永君が妹の愛花のことを……? わたしはとんでもない妄想で、心が押しつぶされそうになった。


 ところが、彼の表情やしゃべり方を見ていたら、そんな不安もすぐに吹き飛ぶ。

 含み笑いをして、わたしに意味ありげな目配せをする吉永君は、あきらかに愛花の予測不可能なユニークな行動を楽しみにしているような態度だったのだ。


 わたしはそれくらいのことで嫉妬した自分が、恥ずかしくなった。吉永君と愛花が特別な関係になることなんて、絶対にあるわけがないのに。


 愛花は昔から吉永君を親分のように慕い、なついていた。

 野球やサッカーの仲間にも入れてもらっていたので、わたしよりずっと一緒にいる時間が長かったはずだ。

 いきなり突拍子もないことをする愛花は、おもしろネタには事欠かない。石水家のムードメーカーでもある。

 もう少し落ち着いて早とちり名人の汚名を返上すれば、姉より数段整った顔立ちをしている彼女のことだ。きっともてるに違いないといつも思っている。


 愛花の将来の夢は宇宙飛行士になることだ。

 スペースシャトルに乗って宇宙ステーションに行き、さまざまな国の人たちと一緒にエネルギーの研究がしたいと、小さい頃から口ぐせのように言っていた。

 わたしは妹の夢が叶うような気がしている。愛花はそんな不思議な子だ。


 昨日も無重力に耐える訓練だと言って、パソコンの前においてある事務用回転椅子に座り、勢いをつけて、超高速回転を何度もやっていた。

 もちろん、回りすぎてふらふらになっていた愛花の様子をこと細かに吉永君に知らせたのは言うまでもない。





 さっき絵里に話を聞いていないと言われたばかりなのに、また吉永君のことを考えていた自分に気付き、あきれてふうっとため息をついた。


「どうしたの? 今度はため息? せっかくの幸せが逃げちゃうよ」


 狭い椅子に二人で腰掛けたまま、絵里が覗き込むようにして言った。


「ねえ、優花。吉永はクリスマスにはこっちに来るんでしょ? だったら、プレゼントは直接渡した方がいいかもしれないね」


 絵里はわたしと吉永君の関係がもどかしくて仕方ないのか、しきりにクリスマスの過ごし方をあれこれ指図するようなことを言う。


 だから……。わたしたちはまだ、そんな関係じゃないんだってば……。


「ええっ? 何? 今、なんか言った?」


 わたしの心の中を読み取ったかのように、絵里が目をくりくりさせて訊ねる。


「あっ、いや、何でもないよ。ねえねえ絵里。吉永君は多分、クリスマスにはやと君の家に来るはずだから、その時にプレゼント……渡そうかな?」


「うん。それがいいよ。さ~て。そうと決まったら、プレゼントは何がいいかな? そうだ。あたしのアネキに訊いてみようか? いいアイデアをゲットしたら、今夜優花にメールするね。ところで吉永は……。優花に何をプレゼントするのかな? やっぱ、指輪かな?」


「やだ。絵里ったら、またそんなこと言ってる。そんなわけ……ないよ」


 絵里のとんでもなくぶっ飛んだ発想にあきれながらも、わたしは頬が熱くなるのを感じていた。

 たとえ指輪でなくても、彼からのプレゼントなら、何でも嬉しい。でも……。

 彼からプレゼントをもらえる保障は何もない。

 というのも。実はまだ、吉永君に好きだと告白していないのだ。

 あれほど告白するぞと息巻いていたのに、駅のホームで気付いた時には彼に抱きしめられていたし、あの日も、長野に帰った次の日も。

 別れる瞬間まで、ずっと吉永君と手をつないでいた。


 彼があまりにも近くにいすぎて、告白のタイミングが見つからなかったというのが一番の理由だ。

 でも、何も言わなくても、すでにわたしの気持ちは彼に通じていると思っている。

 そのこともちゃんと絵里に言ったのだが、そんな状況であるにもかかわらず、もう付き合っているのも同然だと言って譲らない。

 わたしのために戻ってきて、そのあとずっと手をつないでいた事実は、吉永君がわたしを恋人として捉えている証拠だとも言う。


 お互いに好きだとも、付き合おうとも言ってないのに?


 絵里の強引な見解は、やはり今のわたしには納得できるものではなかった。

 彼との関係は、どのように説明すればいいのだろう。


 授業開始のチャイムが鳴る。

 じゃあ、またあとでねと言って、絵里が自分の席に戻って行く。


「友達以上、恋人未満……かな?」


 わたしは立ち去る絵里の背中に向かって、吐息混じりに、ぼそっとつぶやいていた。


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