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そばにいて  作者: 大平麻由理
42/49

41.そばにいて 3 (完結)

 バスを降りると同時にポケットの中の携帯が震える。絵里からだ。


 ──優花、何してるの? 急いで! 吉永、行っちゃったよ。早く、早く、早く!


 わかったすぐに行くと返事をした後も、携帯を耳にあてたまま絵里の誘導に従う。

 麻美の言ったとおりだ。絵里が吉永君を引き止めていてくれたのだろう。

 でも、行っちゃったってことは、もう時間がなくなったってこと? 

 わたしはわき目も振らず、人ごみを掻き分けて駅の西改札口に向かった。

 同じように携帯を耳にした絵里が、大きく片手を振って、こっちこっちと叫んでいる。


「優花、遅いよ! その顔は、マミに会えたんだね。へへへ……。あたしのおせっかいもたまには役に立つでしょ?」


 絵里が首をすくめておどける。が、しかし……。


「おっと、こんなことしてる場合じゃないんだってば! こんな時に信じられないんだけど、吉永ったら携帯の電源切ってるみたいでさ。一向に捕まらなくて……。これでも鳴崎と手分けして随分探したんだよ。そしたらどう? 今ここに着いたら、吉永らしき人が改札くぐって行ったの。あれは多分吉永だと思う。これ、入場券」


 絵里に入場券と書かれた切符を手渡されると、早く行きなさいと背中をぐいっと押された。

 わたしは結局、何も抵抗出来ないまま人の流れに紛れるようにして改札を通り抜ける。

 振り返り絵里にありがとうと言って手を挙げた。

 絵里がそんなこといいから早く行けと、ジェスチャーでわたしを追い払う。

 わたしはうんと大きく頷いて、プラットホームに繋がる階段を一段抜かしで駆け上った。


 あと数段というところで、停まっていたチョコレート色の特急電車の扉がアナウンスと同時に閉まる。まさかこれに吉永君が乗ってるの? 


 何かが挟まったのだろうか。一度しまった扉がまた開いて、ホームにぎりぎり辿り着いた人たちが幸運にも何人か乗り込む。

 そして今度こそきっちり閉まった。


 わたしは大急ぎで電車の後部から前の車両に向かって、立っている人を避けながら縫うようにホームを駆けた。

 見落とさないように、電車の中の人物を窓越しにしっかりと確認しながら。


 知らない人がわたしの動きに気付いたのか、怪訝そうな顔をしてこっちを見る。

 吉永君はまだ見つからない。いったい、どこにいるの? 

 この電車じゃないの? 絵里が見たのは違う人?


 とうとう、電車がゆっくりと動き出す。それに合せてわたしも歩くスピードを上げる。

 いない。ここにもいない。次の車両にも……いない。カラフルな歌劇団の広告ばかりが目に入る。


 ホームの真ん中辺りに来た時、一旦通り過ぎた車両の窓が、わたしの目の前をゆっくりと横切って行く。

 それはまるでスローモーションのように、ひとつひとつの景色がくっきりと目に焼きついていった。

 するとその中に、わたしを見ている視線があることに気付く。


 まさか……。いた。吉永……君。


 制服姿の吉永君がこっちを見ながら、進行方向とは逆に車内を進んでいる。そしてドアのところに顔を寄せ、何かを言った。


 聞こえない。吉永君、聞こえないよ。吉永君を乗せた車両は瞬く間に遠ざかって……。


 背伸びをして大きく手を振ったけど、もう見えないよね。


 追うのをあきらめたわたしは、荒くなった息を静めるように胸を押さえて立ち止まり、電車の最後部を呆然と見送っていた。


 とうとう行ってしまった。電車が見えなくなっても、そこから目を離すことが出来ない。

 もうどうすることも出来ないのに、その場から動けなくて……。


 これから先も、いつでも一緒だと思っていた。何の疑いもなく、そう信じてた。

 進む進路は違っても、家に帰ればいつでも会えるんだって、そう思ってた……。


 なのに。本当にもう、行ってしまったんだね。


 最後に一言でもいいから吉永君の声が聞きたかった。

 また会えるよねってわたしから言いたかった。ああ、会えるよって言って欲しかった。


 そして、そして……。あなたに。


 ずっと、ずっと、そばにいて……欲しかった。



 突然震えだした手の中の携帯に、はっと我に返った。

 もしかして絵里なの? わたしから連絡しないといけないのに、ごめんね……。

 わたしは画面を開き、送信者を確認する。


 えっ……。


 


 未登録だけど、このアドレスは……。きっと知っている。


 心臓がドクドクと騒がしく鳴り始めた。まさか、そんな……。



 わたしはそのメールを何度も何度も繰り返し読んだ。そして同じホームの下り線の電車が来るのを待った。


 特急電車を一本見送ったあと、下りの普通電車がゆっくりとホームに入ってくる。

 メールに(しる)してあったとおり最後部の車両に目を凝らす。

 サラリーマン風の人、学生、塾通いの小学生。次々と人が降りてくる。


 一番後ろの扉から降りてきた背の高い人と目が合う。


 うそ……。


 うそでしょ? 



 本当に、戻って来てくれたんだ。その人がわたしとの距離を縮めてくる。そして……。


「おまえなあ……。俺、今夜、長野に帰れなくなってしまったよ」


 そう言って、わたしの頭を片手で抱きかかえるようにして引き寄せた。


「真澄ちゃん……」


 わたしは吉永君の腕の中で、彼を呼ぶのだけど、声にならなくて。


「おまえがここに来なくても、俺、きっと引き返してた」


 吉永君がわたしの頭上でそう言った。彼の腕を伝って、くぐもったような声がわたしの耳に届く。

 わたしは、こくこくと頷くことしかできない。


 本物の吉永君がここにいる。夢なんかじゃない。


 彼が来る前から泣いていたのか今泣き始めたのか。それすらもわからないほど、わたしはいつのまにか顔中がぐしゃぐしゃになるくらい泣いていた。

 真澄ちゃん、真澄ちゃんと、何度も彼の名前を呼びながら。


「ゆう、もう泣くなよ。今は。今だけは……。俺は、おまえのそばにいるから……」


 カバンを足元に置いた吉永君が、そう言って、今度は両腕でわたしの頭を包み込んだ。




 泣き顔のままそっと吉永君を見上げた時、わたしの一番大好きな真澄ちゃんの笑顔が、いつまでもいつまでも、そこに……あった。














                                       END      

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

昨日(2008/11/12)最終話の更新が終わった後、もうどこにも気力が残っていなくて、こちらにて皆様にきちんとご挨拶も出来ず、まことに申し訳ありませんでした。


この≪そばにいて≫はストックも少なく、その日に書いて即更新という怒涛の日々でした。

恋愛小説といいながら、甘い場面もごくわずかで、主人公にそれほどの不幸も訪れません(汗)。

にもかかわらず、連日大勢の皆様にお越しいただいて、感謝の気持ちでいっぱいです。おかげさまで小説家になろう内の恋愛部門アクセスランキングで1位を頂くことができ、感激で胸がいっぱいです。


ランキングに投票して下さった皆様(投票していただくと、ランキングサイトの順位がトップページの皆様の目に付きやすいところに表示されて読者様が増えるしくみになっています)、そして、評価・感想、メッセージを下さった皆様、ブログにも足を運んでくださった皆様、本当にありがとうございました。


当初は、エピローグも書く予定だったのですが、続きを読みたいと言ってくださる方がいらっしゃるのと、私もまだ書き足りない部分がありますので、構想がまとまり次第、続きを書いてもいいかな……ということで、エピローグは控えたいと思います。


一応、本日を持ちまして完結とさせていただきますね。

また≪そばにいて≫を見かけましたらお是非ともお立ち寄りいただけますように……。


尚、そばにいては2009年4月に、アルファポリスさんのトップページにてピックアップとして紹介していただきました。


                            




         

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