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そばにいて  作者: 大平麻由理
41/49

40.そばにいて 2


本日二話目の更新です。ご注意下さい。

「優花……」


 麻美……。どうして麻美がここに? 吉永君と一緒だったはずじゃ……なかったの?


「優花。こんなところに、いたんだ……」


 どこか覇気のない目をした麻美が、遠慮がちにわたしのそばにやって来る。そして、わたしの前で立ち止まった。


「優花、ごめん……」


 麻美は下を向いたまま、搾り出すような声を出す。


「ごめんね。あたし、あたし……」


 その時、麻美の身体が大きく揺れた。


「どうしたの? ま、マミ。しっかりして!」


 よろけそうになる麻美を支えながら、ベンチにゆっくりと座らせる。わたしは麻美の細くて冷たい手をそっと握った。


「優花、ありがと……。さっきね、駅で絵里に会った」

「絵里に?」


 麻美はうつろな目でわたしの顔を見ながら、こくんと頷く。

 

「絵里から電話があって……。あたし、絵里にもひどいことしたの。それにね、優花にも……。優花のこと、わかってたのに。あたしったら……」

「わかってた? 何がわかってたの?」

「優花が、真澄君を好きだってこと……」

「マミ……」


 麻美のあまりにもストレートな物言いに、気の利いた返事が見つからない。だってそれは、真実だから。


「わたし達ね、ほんとは付き合ってなんかいなかったの」


 わたしはおもわず息を呑み、麻美の顔をじっと見つめた。


「形だけの付き合い……。ただそこにいるだけの付き合い。それだけのこと。会う約束だって、いつもあたしから。……キスしたっていうのも、嘘。あたしね、一度だけ彼にキスをねだったの。ふふ……。おかしいでしょ? 自分でもなんでこんなに大胆なんだろうって、不思議だったけどね。でも。はっきりと言われたの。無理だって……」


 わたしは、消え入りそうな麻美の声をただ黙って聞いていた。


「さっき、絵里に聞いたよ。優花があたしのために、自分の気持ちを隠して真澄君とのことを応援してくれてたって。あたしも、優花が彼のことを好きだってわかっていたのに、優花の優しさに甘えて、彼を独占しようとしていたの。あたしの転校のことも、卑怯なやり方だとわかっていたけど彼に言わずにいられなくて。あたしってかわいそうでしょ、だからこっちを見てって……。なんて嫌なやつなんだろう……」


 麻美の頬に涙が一筋伝った。


「マミ。わたしはマミが思うほど、優しいとかそんなんじゃない。いつもマミに嫉妬して、自分の取った行動を後悔して……。今日だって、もしあの時マミが現れなかったら、マミに内緒で抜け駆けしてたかもしれない。吉永君を引き止めて、わがまま言ってたかも……。ね? ひどいでしょ? だから、マミはそんなに卑下しなくてもいいの」

「優花……。あのね。今、真澄君、塾の退会手続きや、おばさんに頼まれた用事をいろいろ済ませてる最中なの。それが終わったら、新幹線で新大阪を出て名古屋で特急に乗り換えるって言ってた」


 麻美は携帯を取り出し、時刻を確認する。


「大丈夫。間に合うわ。優花、こんなことしてられない。さあ早く駅に行って」


 麻美が立ち上がりわたしを()き立てる。


「どうして? 麻美が行くんじゃ……」

「最後に彼に泣きついて、電車の乗車時刻も教えてもらったけど……。行くのはあたしじゃない。優花だよ。優花が行くべきだよ」

「何言ってるの? 吉永君だって、麻美に見送って欲しいから教えたんだと思う。なのにわたしが行ったら、吉永君、びっくりするよ。なんでわたしなのって」

「優花。その心配はないって。あたしが一番ショックだったこと、何だか知ってる?」


 麻美の唇が震えている。吉永君に何か言われたのだろうか。そんなに辛いことなら、言わなくてもいいのに。


「ううん」


 わたしはもうこれ以上何も言わなくてもいいよという意味もこめて、首を大きく横に振った。でも麻美は、わたしをまっすぐに見て幾筋もの涙を流しながら言ったのだ。


「二度も……呼び間違えられたの。ゆうって。最初は誰のことかわからなかった。でも。彼の表情を見てたら、ふと優花の顔が思い浮かんで……。ゆうって優花のことだよね? 違う?」 と。


「そ、それは……」

「やっぱりそうなんだ。わたしは一度だって、マミ……いや麻美(あさみ)って呼ばれたことないんだ。やだ。優花ったら、なんて顔してるの?」


 麻美が泣いたままくすっと笑って、わたしを指差す。わたしったら、いったいどんな顔をしてたんだろう? 恥ずかしくなって、あわてて両手で頬を押さえた。


 ねえ、吉永君。たとえ麻美とはかりそめの付き合いだったとしても、自分の彼女の名前を言い間違えるなんて……。それ、最悪だから。その時の麻美のショックを思えば、胸が……痛む。


 でも……。二度と呼ばれることのないその名前を、もう一度、彼の口から聞きたいと思った。無理だとわかっていても、吉永君にゆうって呼んでもらいたかった。


「優花、バスが来たよ。早くこれに乗って。……真澄君によろしくね。いろいろありがとうって……言っといてね」

「マミ……」


 麻美に無理やり腕を引っ張って立たされた挙句、バスの乗り口に押し込まれる。


「六時四十分新大阪発の新幹線だから。いつもの駅を六時前に出るはず。絵里が駅にいるから、真澄君を引き止めてくれているかも……」


 麻美の声がバスのドアで閉ざされる。わたしは一番後ろの座席に座ると、立ちすくんだままの麻美の姿を視界に捉える。わたしが見ているのに気付いた麻美が、懸命に笑顔を作って、小さく手を振った。わたしは胸に手をあてながら、麻美ありがとうとそっとつぶやいた。


 

 

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