39.そばにいて 1
本日中に最終話まで掲載予定です。
お待たせして申し訳ありませんでした。
「優花、ほんとにあれで良かったの?」
吉永君と麻美の後をついていくわけにもいかず、誰もいなくなった教室で絵里と向かい合って座っていた。
「なんで、あんなこと言ったの? どうして吉永を引き止めなかったのよ。やっぱ、吉永の首根っこ、とっ捕まえるべきだったよね」
絵里はさっきから同じことばかり言って、わたしを責める。でも絵里の怒りも最もだ。せっかく親身になって取り計らってくれたことも、すべて水の泡になってしまったのだから。本当に悪かったと思ってる。
「でもさ、なんで吉永も優花の言ったこと、鵜呑みにしちゃうんだろ。優花が呼び出してるんだって、絶対あいつわかってたよ。なのに、どうしてマミのわがままを聞く?」
絵里の憤りが再び勢いを増す。
「だって……。マミ、これで最後だって言ってたし……。具合も悪そうだったもの」
「それにしても、納得できない。優花も優花だけど、吉永も吉永よ! 吉永って、マミに何か弱みでも握られてるの? あんなの絶対おかしいよ。なんかさ、マミが許せなくなっちゃった。昨日だってマミんちで門前払いだよ。おばちゃんの方がおろおろしちゃってさ。マミがあたしに会いたくないって言ったんじゃないかな? せっかく行ったのに、ひどいよ。もうマミにはついていけないかも」
「絵里、マミのことそんな風に言ったらかわいそうだよ。マミだっていろいろ悩んでたみたいだし」
絵里はまだ知らないんだ。麻美も転校が決まったってこと。麻美はまだわたし達に自分の口からそのことを告げていない。わたしだって吉永君が言ってくれなかったらまだ知らなかったわけだしね。麻美が行く予定の私立高校は、ここからだと長野とは正反対の方向にある。麻美の気持ちを考えれば、さっきあそこでわたしが何が何でも自分の思いを押し通すなんてことは、とてもじゃないけどできる状況じゃなかった。
「優花、このままじゃだめだよ。そうだ。鳴崎に吉永がいつここを経つのか訊いてみるってのはどう? あいつなら吉永のこといろいろと知ってそうじゃない? マミがいたって別にいいじゃん。優花、そうしようよ。ね?」
「絵里。もういいって。今日は、マミの願いを叶えて……」
「優花! いい加減にしなさいよ。いつだってマミのことばっかり。もう吉永と会えなくなるんだよ。優花だって、吉永を見送る権利があるんだから!」
「そんなの、ダメだよ。だって、だって、マミは……」
そう。麻美も転校しちゃうんだよ。わたし達より、もっと吉永君と遠い所に離れてしまう。
「マミがなんだって言うのよ。吉永がいなくなっても、後にはちゃんと鳴崎が控えてるんだよ。マミは幸せ者なんだから」
「違うの。マミは、マミはね。転校が決まったって……。来年から私学の全寮制の高校に行くことに決まったって……そう言ってた」
「あっ……」
絵里が目を見開いて、絶句する。
「だから……。本当に、これが最後だと思うから。マミの願いを叶えてあげて欲しい……」
やっぱり絵里は知らなかったんだ。絵里と麻美は中学の時からの親友同士。わたしが吉永君と離れ離れになるのと同じくらい、絵里は麻美との別れが辛いはず。そしてその親友から隠しごとをされたのはもっとショックなはずだ。
「なんでそのこと知ってるの? マミが言ったの? 確かに成績次第で転校するかもってのは聞いてた。でも決まっただなんて、知らないよ……。ねえ、いつ聞いたの? 優花、教えて」
「そ、それは……。吉永君が」
「吉永が?」
「う、うん。マミから聞いたって」
「なんなの、それ。じゃあ、マミはそれを利用したってこと? 吉永の気をひくために……」
絵里は、教室のどこか一点をじっと見つめた後、立ち上がった。
「優花。ちょっと待てて。あたし、行って来る」
「絵里、待って! どこに行くの?」
「すぐに連絡する。だから待ってて!」
絵里はカバンを手にすると、教室から瞬く間にいなくなった。何をしに行ったの? まさか麻美のところ? わたしは何か取り返しのつかないことを言ってしまったんじゃないだろうかとますます不安になった。
絵里が行ってしまってからすでに三十分くらい経つ。まだ外は明るい。ラグビー部のストライプのユニフォームが、グラウンドをところ狭しと駆け回る。
その南側の一角で、陸上部がダッシュを始めていた。何度も何度も短い距離を繰り返し走る。途中、太ももを高く上げてその場駆け足をしたり、ストレッチを組み込みながら、ずっと同じメニューの練習が繰り返されている。
前まではそこに吉永君がいた。ストップウォッチを持った麻美もいた。なのに今は……。その二人とも、もうそこにはいない。
さっき絵里にメールを送ったけど、まだ返事はない。絵里には何か心当たりがあるのだろうか。
それにしても、いつまでここにいないといけないの? このまま教室でじっと待ってるなんて無理だ。こんなことなら、わたしも絵里を追いかけて行けばよかったと後悔する。
わたしだって、本当は……。吉永君を見送りたかった。彼に気付かれなくてもいい。最後の姿をこの目に焼き付けたかった。
わたしは待ちきれなくなって学校の外に出る。もうすぐ五時。段々あたりが暗くなってくる。十一月の日暮れは思いのほか突然に、そして早くやってくる。
バス停のベンチに腰掛けて、時折手の中の携帯を覗き見る。そして木枯らしがぴゆっと吹き抜けたその時、目の前に止まったバスから一番に降りてきた女子高生と目が合った。
彼女が力なくわたしの名前を呼んだ。
「優花……」