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そばにいて  作者: 大平麻由理
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38.行かないで

 でもそれは、ほんのわずかの間の出来事。吉永、久しぶりじゃん! というクラスメイトの第一声で、瞬時に打ち消されてしまった。


 チャイムが鳴り六時間目の授業が終わると吉永君が立ち上がり、お世話になりましたと化学の先生に頭を下げる。先生がそばに寄ってきて、吉永君の背中を豪快に叩いた。向こうでもがんばれよと言って。


 クラスのどの顔も、まだみんな笑顔のままだ。わたしも笑っている。みんなと一緒に笑っている。

 でも心の中では、泣いていた。だって、今日で最後なんだよ。吉永君がこの教室にいるのも、そして一年五組のクラスメイトなのも……。この一瞬一瞬が大切で、愛しくて、一生このままで時が止まればいいのにと、本気でそう思った。


 ホームルームが始まって、吉永君がみんなの前であいさつをしている時も、クラスメイトがおもしろおかしく次々に別れの言葉を並べている時も、わたしはただひたすら下を向いて、机の木の模様をじっと眺めていた。


 絶対に泣かないって決めたから。最後まで笑顔で見送ろうとそう決めていたから。


 でも吉永君の声は一字一句聞き漏らさなかった。わたしの心にしっかりと刻み付けていった。


 絵里が吉永君を呼び止めてくれて、図書室の裏手のベンチで告白することになっている。受け入れてもらえなくてもいい。この気持ちをわかってもらえるだけでいいと思ってる。もう一度アドレスを訊いて、メールのやり取りだけでもして欲しいとお願いするつもりだ。


 ホームルームが終わっても、吉永君はまだ男子に囲まれていた。違うクラスからも部活仲間や中学の同級生たちが集まってきて、教室が人で溢れかえる。

 そろそろ行くよと立ち上がる吉永君にすかさず絵里がアタックを開始した。


「吉永。ちょっと待って」


 わたしは先に廊下に出て、そっと絵里の様子を目で追っていた。


「なに? 本城」

「今から少し時間ある?」

「ああ。少しなら」

「じゃっ、この後、図書室裏手の……」

「ベンチ?」


 吉永君がその瞬間わたしを見て、ベンチと言った。もしかして気付かれてる? 二人が並んで廊下に出てくる。


「そう。ちょっとだけ話したいことがあって」

「本城が?」

「あたしじゃないわよ」


 絵里の段取りどおりにスムーズにやり取りが進んでいる。いくら決心したと言っても、やっぱりドキドキは収まらない。足まで震え出す。麻美が欠席している時に、ぬけがけみたいでズルいかなとは思うけど、今日しかないのだ。

 昨日絵里が麻美の家に様子を見に行ったら、風邪で寝込んでいるからと家に人に追い返されたらしい。絵里が困惑しながらそう教えてくれた。


 麻美だけでなくわたしにも心を砕いてくれている絵里に報いるためにも、しっかりと目的を遂げようと、決意も新たに深く息を吸い込む。


「誰なんだ?」

「ふふふ。それはお楽しみ、っていうか、吉永はもうわかってるんじゃないの?」


 吉永君がまたわたしを見る。恥ずかしさのあまり、目を伏せたその時だった。


「真澄君」


 聞き覚えのあるその声にわたしはふと顔を上げる。廊下の向こうから駆け寄ってくるのは麻美? なんで? 今日も欠席だったはずじゃ……。


「真澄君……。なんで、黙って行っちゃったの? メールしても返事もくれないし。あたしたち、終わったの?」


 麻美のただならぬ様子に、廊下を歩いている人たちまでもが振り向く。絵里もわたしも何も言えずにただ傍観していることしか出来ない。


「大園……」

「あたしがどんな気持ちで今日までいたか、真澄君にわかる? 長野にしばらくいるって言ってただけで、転校するとは聞いてなかった」

「誰にも言ってないよ。勇人以外には」

「そんなのいや。鳴崎に言って、なんであたしには言えないの? 優花にも……言ってない?」


 いつもの麻美とは到底思えない怯えたようなうつろな瞳がわたしを捉える。どうしてわたしなの? 麻美、わたしも知らなかったんだよ。勇人君に聞くまでは。


「言ってない」


 吉永君が伏目がちにわたしを見てそう答える。


「真澄君、お願い。わたしの最後のわがままを聞いて。……今日で。今日で、本当に終わりにするから。だから、わたしに見送らせて欲しいの。ね? いいでしょ?」

「ま、マミ。いったい、どうしたの? 身体の具合はいいの?」


 絵里がマミの両肩を押さえるようにして、彼女の顔をのぞき込む。


「絵里っ、放っといて!」


 麻美が乱暴に絵里の腕を振り払う。


「絵里には関係ないでしょ? 絵里は、絵里は……。あたしの気持ちなんてわからないのよ」

「マミ。ほんとにどうしたって言うの? 変だよ。マミ、おかしいよ」


 絵里の声にはいっさい耳を貸そうとしないで、麻美が吉永君に詰め寄っていく。


「お願い、真澄君!」


 麻美が吉永君の腕にしがみついた。吉永君が何か言いたげな悲しそうな目でわたしを見る。


 言わなくちゃ。吉永君、待って。真澄ちゃん、行かないでって今すぐ言わないと……。


「吉永君!」


 わたしはその場で彼の名を呼んでいた。


「マミの。マミの願いを……叶えてあげてっ! お願い」


 わたしはそう言ったあと、全身の力がすーっと抜けていくのを感じていた。 




         






次回最終話になります。

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