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そばにいて  作者: 大平麻由理
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27.しょっぱいケーキ

 ──優花、今日はありがと。で、マミのことだけど。あの子、かなり苦しんでる。何があったか知らないけどさ。それに、多分付き合ってないよ。吉永と。キスの話だって真相は不明。だから優花。吉永のこと、絶対にあきらめちゃダメ。それと……。ホントはね、あたし。先輩とはダメだったの。じゃあまた明日、学校でね。


 絵文字も顔文字もないシンプルな画面がくっきりとわたしの脳裏に焼きつく。もちろん、麻美のことは衝撃的だ。付き合ってないって、本当なのかな? あまり自分のことを話さない麻美だけど、前にわたしが吉永君のことを訊ねたら、帰りはいつも家のそばまで送ってくれるし、毎晩何度もメールのやり取りもしてるって言ってた。

 でも絵里の言うことが正しいとしたら……。麻美が嘘をついてたってことになる。 

 昨日の吉永君の態度を思い出すと、それも頷ける。普通、付き合っている彼女を置き去りにして、どこかに行ってしまうなんてこと、ないよね。

 吉永君は本を買いに行く麻美と、塾まで一緒に歩いていただけだって言ってた。だとしたら、やっぱり二人は付き合っていないのかもしれない。

 結局、吉永君と麻美がうまくいってるとばかり思ってたのは、わたしの思いすごしだったってわけだ。

 絵里は麻美の行動がどこかおかしいことにいち早く気付いていた。だからさっきもあんなに真剣に、麻美に向き合っていたんだね。

 それなのに……。絵里。先輩とダメだったって、それ、ホント? 一言だって、そんなこと言わないで、あんなに明るく振舞って……。麻美やわたしのことばかり気遣ってた。

 何て返事をしたらいいのかわからなくて。絵里、と打っただけで、画面が涙でかすんで見えなくなった。

 



 テストも無事終わり、午前中で部活が終わった土曜日の午後、わたしは絵里に誘われて、ケーキショップに来ていた。


「今日はね、あたしのおごり。食べて食べて、食べまくろう!」


 店の中はすでに満員で、三十分も並んでようやく座席を確保できた。一個百円のプチケーキはどれもおいしそうで、みんなところ狭しとお皿に並べている。十個以上だと飲み物がサービスってこともあって、絵里もわたしも、もちろん十個選んだ。


「おいしいっ! めちゃうまだね、このケーキ」


 絵里が感激の第一声を発してパクパク食べ始める。わたしも負けずに口に運んだ。うーん。おいしい。チョコにクリーム、フルーツタルト、パイにぜりーに……。どれも絶品だ。

 お皿のケーキが半分以上なくなりかけた時、絵里が突然鼻をすすり始めた。見ると鼻が真っ赤で、目には……いっぱい涙を浮かべている。


「絵里……」


 あのメールをもらった翌日、昼休みに、いつもの図書室裏手のベンチで絵里の話を聞いた。初めは平静を装っていた彼女だったけど、最後には泣き崩れて、そのまま早退してしまったのだ。

 次の日には笑顔で学校にやってきて、もう大丈夫と言っていつもの絵里にもどっていたけど、そんなに早く傷が癒えるはずもなく。なんとか気力でテストを乗り切った絵里は、ここにきて、緊張の糸がポツリと切れてしまったのかもしれない。


「先輩ね、昨日、彼女らしき人と一緒に帰ってた。とてもきれいな人だった。先輩、なんだか嬉しそうでさ。もうそろそろ先輩のこと、あきらめなきゃって思うけど、そんな簡単に割り切れなくて……」


 絵里は涙を流しながらも、どんどんケーキを口に押し込む。


「でもね、ありがたいことに、食欲だけはそのまんまなんだもの。こうやって甘い物を食べれば、気持ちも落ち着くかなってそう思って、今日は優花に付き合ってもらったんだ。あたしが失恋したの知ってるアネキが、それだけ食べれるんなら、同情の必要なしってからかうんだけど、残念ながらそのとおりかも。反論出来なかった。泣くたびに、心が軽くなっていく感じがするし、それに、今日で泣くのも最後になりそうな気がする。優花、今日は、ありがと」

「ううん。ありがとうだなんて、そんな……。わたし、何もやってないよ。わたしの方こそ、いつも絵里に助けてもらうばかりなのに」

 

 こんなわたしでも、絵里の力になってあげられているのかな? わたしにできることといえば、こうやって彼女のそばにいて話を聞くことだけ。それだけしかできない。


「何言ってんの。それを言うなら、あたしの方がいつも優花に支えてもらってるんだから。優花と親友になれてよかったって思ってる」

「わたしだって」


 わたし達は顔を見合わせてくすっと笑った。絵里の頬がほんのりピンク色に染まる。瞳の輝きもぷるぷるした唇も。いつもの絵里のものだった。

 わたしは、絵里はもう大丈夫だと、温かい紅茶を飲みながらなんとなくそう思った。


 店を出て、ファッションビルに足を運び、冬物のセーターを一枚買った。絵里はもこもこのファーがついた今年はやりのブーツを買った。


「あたしたちってさあ、今日買ったのを身につけてデートできる日がホントに来るのかな?」


 絵里がブーツの入った紙袋を持ち上げて、幾分情けない声を出す。


「わたしは……多分無理。このセーターを見てくれる人なんて当分現れそうにないよ」


 わたしも負けずにセーターの入ったビニール袋を目の前にかざし、あきらめのため息をつく。


「ねえねえ優花。麻美はどうなるんだろ。今日、デートだって言ってたけど、どう見てもウキウキしてるって様子じゃなかったよね?」

「うん。わたしもそう思った。なんか元気なかったし」

「あたしの予想が当たって欲しいなんて思ってないけど。麻美はそろそろ決断を強いられるんじゃないかな。一方通行の想いに終止符を打つ時が近付いてると思う」

「絵里……」

「なんでだろ。あたしにはわかるんだ……。吉永が麻美を見てないって。きっとあたし自身も先輩に見られてなかったから、麻美のことも客観的に判断できるんだと思う。吉永が見てるのは、優花だよ」


 絵里……。もしそれが事実なら、わたしはいったいどうすればいいの?


 わたしは、吉永君を呼び出したあの夜のことを思い出していた。

 あの時彼が怒った理由は、わたしが彼のアドレスを消去したことだった。でも、それだけじゃなかったはずだ。そんなに大園のことが大事なら、おまえの言うとおりにしてやるって、悲しそうな目をして……彼はそう言った。

 わたしは何かとても大切なものを見失っていたんじゃないだろうか。もし吉永君が、わたしのために麻美との交際を受けてくれたのだとしたら……。

 わたしと麻美の友情のために、吉永君が自分の気持ちを押し殺して、麻美と付き合おうと努力してくれていたのだとしたら……。


「絵里、ごめん。わたし……帰る」


 わたしは目を大きく見開いて驚いている絵里を大通りに残したまま、バスターミナルに向かった。


 マンションのロビーで、彼を待ち伏せするために……。



 

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