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そばにいて  作者: 大平麻由理
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25.恋愛談義

「でさ、先輩ったらさ、わからないところがあったら、いつでも電話してきてって。えへへ……。番号もメアドも難なくゲット!」


 絵里がわたしと麻美の前で大きくピースサインをしてみせる。昨日あこがれの先輩と図書館で勉強をした絵里は、終始ご機嫌だ。


「それで、電話したの?」


 絵里はきっとこのことを真っ先に聞いて欲しいはず。もちろん電話したよ……って返ってくるのはわかっているけれど、一応訊ねてみる。やり取りしたメールだって見せてくれそうな勢いだ。わたしと麻美は身を乗り出して、絵里の右手の中の携帯を覗き込んだ……が。


「するわけないじゃん」


 絵里は澄ました顔をして即答する。するわけないって……。な、なんで? どうしてしなかったの? 予想外の回答に唖然とする。麻美も同じだ。


「ちょっと、あんたたち。何もそこまでびっくりしなくても……。あのね、これは恋愛のテクニックのひとつなの。うちのアネキの常套手段なんだけどさ。ある一時期、すーっと彼から遠ざかるの」

「遠ざかる??」


 麻美とほぼ同時に声を揃える。


「そう。アタックをやめるの。するとね、今度は向こうが焦り出すんだって。自分は何もしなくても相手が勝手に言い寄ってくるんだって、のうのうと胡坐(あぐら)をかいているところに、突然、魔の静寂が訪れるってわけ。待てど暮らせど、彼女からは何の音沙汰もなし。これって、どう? 効き目ありそうじゃない? この作戦で、一定期間、先輩のリアクションを待ってみようと思うんだ。今こそ我慢の時よ」


 相変わらず絵里の唇のグロスは、濡れたようにツヤツヤと光っている。あれからもう三回も色が変わった。お姉さんのポーチから次々と拝借しているのに、まだ絵里のお姉さんは気付いてないんだって。お姉さんっていったい、いくつグロスを持っているのだろう。わたしは女子大生になるのがちょっと恐ろしくなった。


 学校が終わった後、テスト勉強という名目でわたしの部屋に三人で集まっている。愛花は二人に合わせる顔がないのか、自分の部屋に閉じこもったままだ。吉永君が麻美と付き合っていることはすでに愛花にも言ってある。最初はブツブツと不満を口にしていたけど、あきらめたのか、今はもう何も言わない。

 

 わたしの部屋の真ん中のミニテーブルに、一応教科書が置いてあるけれど、まだ誰もそれを手にしていない。絵里の恋愛談義が佳境に入り、今はそれどころではないんだよね。

 絵里の大好きな人が、わざわざ時間を作って勉強を教えてくれたんだよ。それって先輩も絵里に気があるってことだよね。それなら何も心配はいらないはずなのに、どうして電話もメールもしないのかな? いくら作戦だからって、そこまで我慢する必要なんてないのに。今夜あたり心配になった先輩から連絡があるんじゃないかと思う。だって、絵里みたいな美人な女の子が彼女になるかもしれないんだよ。先輩だって嬉しいに決まってるよね。


 さっきわたしが台所におやつを取りに行った時、麻美が手伝うと言って、一緒についてきた。そして、絵里に聞こえないようにそっと昨日のことを訊ねるのだ。

 きっと麻美にそのことを聞かれるだろうって思ってたから、昨日の夜から考え抜いて答えを用意しておいた。吉永君は絶対麻美にわたしを助けたなんて言わないはずだ。だからわたしも麻美には知らせないほうがいいと思った。

 いくら近所のよしみだからって、自分の彼氏が親友と関わったことがわかったらいい気がしないもんね。

 隙を見てダッシュで逃げ帰ったと言っておいた。嘘じゃないもん。本当のことだもの……。

 わたしがにっこり笑ってそう言ったものだから、麻美もそれを聞いてほっとしたのか、よかったと涙を流さんばかりに喜んでくれた。優花はかわいいんだから、変な人に言い寄られないように気をつけて、なんて、お世辞まで付け加える始末。麻美ったら無理しなくてもいいのに。


 麻美は相変わらず控えめだ。絵里が先輩の話を次々と披露してくれるのに、麻美は吉永君のことは何も話さない。

 絵里は多分、わたしに気を遣っているんだろうね。いつもの絵里は今日みたいに自分のことばかり自慢するタイプじゃない。わたしが吉永君を好きだってことを知っているから、麻美に彼の話をふらないようにしてるんだと思う。わたしが麻美と吉永君のラブラブ話を聞けば傷つくと思っているんだ。

 そりゃあ少しは寂しい思いをすると思う。でもね、大丈夫だよ。夕べ吉永君とは、なんとなく二度目の仲直りもしたし、もう何も思い残すことはないと思ったから。何か言いたげな彼の様子は気になったけど、それを心配するのは彼女である麻美の役目だ。わたしが口出しすることじゃない。


「ねえマミ。 吉永君は優しい?」


 おもいきって麻美に訊ねてみた。その時の絵里の驚いた顔ったらなかった。麻美も一瞬びっくりしたようにわたしを見ていたけれど、みるみる頬を染めて、下を向いてしまった。


「……優しいよ」


 消え入りそうな声で、麻美がつぶやく。麻美、どうしてそんなに恥ずかしがるの? 麻美こそわたしなんかよりずっとかわいいし、魅力的なんだからさ。もっと自信を持って。


「マミ。ここだと吉永君ちも近いんだし、わたし達に遠慮しなくてもいいからさ。カレのところに行ってもいいんだよ」


 わたしは、出来るだけ自然にさりげなくそう言った。同意を求めるように絵里の顔を見る。


「そ、そうだね。マミがそうしたいんなら、吉永のところに行けばいいよ」


 絵里もわたしに合せて言ってくれた。絵里がわたしを見る目がどこか悲しそうだ。ところが麻美は顔を上げると、首を横に振る。行かないよって。


「あのね、テスト期間中は、それぞれが自分のペースで勉強しようって、そう決めたの。だから、真澄君のところには行かない。みんなも気にしないでね」

「そう、なんだ……」


 絵里が麻美の顔をじっと見ながら頷く。麻美は絵里から慌てて目を逸らし、突然、日本史の教科書を手にした。


「あ、あたしさ、今回、日本史が一番やばいの。戦国時代って、武将の名前がいろいろ出てくるしね。(いくさ)もいろいろあるでしょ? そうそう、数学と化学はみんなの力になれると思うから、なんでもきいてね」

「ちょっと待った!」


 絵里が麻美の教科書を、スポッと上から取り上げる。


「マミ。あんたさあ、なんかおかしくない? 目の動きが変だよ。あたし達に何か隠してるでしょ? 違うとは言わせない」


 絵里は麻美のどんな些細な変化をも見逃しはしなかった。さっきから麻美の目が泳いでいるように見えたのは、気のせいなんかじゃなかったんだ。


「え、絵里ったら、どうしたの? あたしはいつもどおりなのに。ちっともおかしくなんかない」

「じゃあ聞くけどさ……。吉永とは、その……。ど、どこまでいってるの? はぐらかさないで、ちゃんとあたしの目をみて言って!」


 絵里……。それって、あ、あれだよね。付き合いの進行度合いを……聞いているんだよね。でも絵里の目は真剣そのものだ。興味本位で言ってるとは思えなかった。

 わたしは唇を噛み締めて麻美の答えを待った。



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