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そばにいて  作者: 大平麻由理
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23.何をした

「こいつ……。心配させやがって」

「真澄ちゃん……」


 わたしのことをゆうと呼ぶのは吉永君だけ。それはわかっているのだけれど、まさか本当に吉永君がここにいるなんて到底信じられなくて。

 吉永君もきっと走ってわたしを追いかけて来たにちがいないのに、少しも息が上がっていない。いつものように平然とした面持ちでそこに立っている。

 そして、たった今気付いたのか、あっと言って、(つか)まえていたわたしの手をゆっくりと離した。

 わたしも、とたんに恥ずかしさが込み上げてきて、顔を上げることは愚か、声すら出せないまま立ちすくむ。どれくらいそうしていたのだろう。あるいはほんの数秒だったのかもしれない。それはわたしには永遠の時に思えるほどだった。

 周りの喧騒もすべて消え去り、そこは吉永君とわたしの二人だけの世界のようだ。聞こえるのは自分の胸の鼓動だけ。トクトクと規則正しく、でもいつもより早く打っている。


 わたしは胸を押さえながらゆっくりと顔を上げた。


 その時、吉永君の左腕の後ろあたりに重なるようにしてわたしの目に映ったのは、身体を前かがみにしながら肩で息をしている……広川君、だった。


「やっと、追いついた。ゆうかちゃん、それはないだろ? 結構、逃げ足、速いし……ハァ、ハァ。あれ? あんた……。さっき、マミって人と一緒にいた人じゃん。んん?」


 広川君が息を切らせながら、途切れ途切れにしゃべる。そしてすでに後ろを振り返っていた吉永君が、広川君ににじり寄った。


「おまえ、ゆうに何をした……」


 いつにも増して吉永君の低くて鋭い声が容赦なく広川君に突き刺さる。


「お、おい。あんた、何マジになってんの?」


 広川君が吉永君の気迫に押されるような形で、じりじりと後退していく。


「ゆうに何をしたか言ってみろ……」


 大声で怒鳴っているわけでもないのに、吉永君の声は、周りの空気までも凍らせるように冷ややかに振動する。


「お、俺はただ、ゆ、ゆうかちゃんをサリたちに紹介してもらって。そんで、今日、初めて会って……。それだけなのによ。なんであんたにケンカ売られなきゃなんねえんだよ? ったくメンドくせえな……」


 広川君が吉永君から目を逸らし、開き直ったかのように捨て台詞を吐く。


「用がないなら、二度とこいつの前に現れるな。今度、ゆうの嫌がるようなことをやってみろ。無傷で家に帰れると思うなよ……」

「わ、わかったよ。お、俺は、そういった血の気の多い奴らとは違うんだ。ケンカはしねえんだよ。ただ、彼女募集中だっただけなんだ。ゆうかちゃん、めちゃかわえーし、放っておけねーだろ? はっ、ははは……」


 広川君が顔を引き攣らせながらも、必死になってへらへらと笑っているけれど、吉永君の目は全く笑ってなんかいない。

 大通りで吉永君にバッタリと出会った時、わたしが広川君に絡まれて怯えていたのをちゃんと見てたんだ。


 突然真顔になった広川君と目が合った。


「ゆうかちゃん、今日は、わ、悪かったな。あんまり気にするなよな。でも俺、あんたに本気になりかけてたかも。遊び半分じゃねえよ。それと……。ゆうかちゃんがさっき言ってた話。誰のことかわかったよ」


 広川君がそう言って、吉永君をチラリと見た。さっき言ってた話って……。もしかして、好きな人がいるって言ったことかな? わたしの好きな相手が吉永君だってわかったの? 

 ど、どうしよう。サリにバレちゃうよ。そしてサリから麻美に伝わったら……おしまいだ。

 わたしは出来るだけそ知らぬ顔をして、広川君の話を無視しようと試みる。


「まあ、ゆうかちゃんの名誉にかけて、公言はしねーよ。なるほどな……。ちょっと、話はややこしそうだ。けどそうだとしたら、どう考えても俺には勝ち目はねえし。これから先、もう会うこともねーだろうけど、もしこの辺で見かけたら、声くらいはかけてよ」

「広川君……」

「俺、行くわ。じゃあな」


 わたしが会った瞬間、吉永君に似てると思った笑顔を最後に浮かべて、広川君がそこから立ち去って行った。

 遠巻きに見ていた他校の高校生も、期待した場面にならなかったからなのか、少し落胆したようにして各所に散っていく。


 広川君が去っていくのをじっと見届けるようにして眺めている吉永君の背中に向かって 「ありがとう、真澄ちゃん」 って言ってみた。


 吉永君の肩が一瞬ピクッと動いたような気がしたけど、わたしがそう言った後もしばらくの間、黙って向こう側を向いたままだった。


「帰るのか?」


 急にこっちを向いた吉永君が唐突にそんなことを言う。いつも吉永君の行動は予測不可能だ。


「あ、う、うん。もう帰るよ。真澄ちゃん、あの……。マミは?」


 バスターミナルに向かって歩きながら、今一番気がかりなことを尋ねてみる。デート中だったはずなのに、麻美はいったいどうしたのだろう。


「さあ……。もう帰ったんじゃないのか?」


 さあ……って。あれから合流できなかったのかな? なんだか責任感じるんだけれど。


「ゆうが何を考えてるのか知らないが、俺は塾に行ってたんだけどな……。大園が部活が終わったら本屋に行くと言うから、塾まで一緒に歩いていただけだ。そしたらあそこでおまえに会った。初め、おまえも同意であいつらと付き合ってるのかと思ったりもしたけどな。どうみてもおまえの目、俺に訴えてたろ?」


 そんな。訴えてただなんて……。途中から目を合わさないようにしていたはずだけど。確かにあの時は怖かった。広川君に抱きつかれて、身体中が震えていたはずだ。わたしは観念して、吉永君に向かって小さくコクリと頷いた。


「あの後、もう勉強どころじゃなかったんだぞ。塾長に腹の調子が悪いって嘘ついて、抜け出してきた。なんでかわからないけど、ゆうのことが気になって、心配で心配で。おまえとは距離をおこうと決めたはずなのにな……。そして、おまえらが行きそうなカラオケ屋をピックアップして、あの雑居ビルのそばに行ったら、ちょうどおまえが走り出したところだった。あの男、マヌケな顔しやがって、オロオロしてたぞ。俺は、おまえと並行に反対側の歩道を走った。まさかこの足が、こんなところで役に立つとは思わなかったよ。ゆうも昔から速かったけど、今は俺の方が完全に勝ってるからな。先読みしてドラッグストアの交差点を渡って、ちょうどいいタイミングで捕まえることができたんだ」


 そうだったんだ。ごめんね、吉永君。わたしなんかのために、塾の勉強まで投げ出してしまって。おばちゃんに叱られないかな? 


「真澄ちゃん。本当に助かった。今日はありがとう。もし、今夜の塾のずる休みがバレておばちゃんに叱られたら、わたしのせいだって言ってね」


 わたしはいたって真面目に、真剣に、そして誠心誠意、心の底から感謝の気持ちを込めてそう言ったのに。


 吉永君が笑い出した。それも。お腹を抱えて大笑いをしている。な、なんで?


「クックック……あはははっ! おまえなあ……。小学生のおけいことはワケが違うんだぞ。誰が塾を休んだくらいで叱られるんだ?」


 そっか。吉永君は常日頃から真面目だから、誰も疑ったりしないんだ。心配して損した。笑いすぎだよ、吉永君。

 わたしは気を取り直して、吉永君と肩を並べて再び歩き始めた。


「それよりおまえ。その考えのない浅はかな行動、なんとかしろよな。あのままあいつといれば、どうなったかくらい、おまえにもわかるだろ?」

「うん。自分だけは大丈夫って、そう思ってた……」

「ゆう、おまえ……。頼むから、本当に好きな相手以外に簡単に気を許したりするな。いいな?」

「わ、わかってるって。これから気をつける」


 もちろん、そうするつもりだ。吉永君を越えるような、素敵な人が現れる日まで。その日まで、自分のことは大事にするつもりなんだから。


勇人(はやと)はどうしたんだ。おまえら一緒に帰ってたんじゃなかったのか?」


 えっ? なんでそのこと知ってるの? 吉永君の声が瞬時に不機嫌になり、薄暗くなった街路樹の下で立ち止まった。 


 






読んでいただきありがとうございます。

昨日の小説家になろう内のアクセスが、恋愛部門でランキング1位になりました。

初めてのことで、まだ、ドキドキしています。

お越しいただいたみなさまのおかげです。ネット小説ランキングへの投票も併せて、感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。



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