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そばにいて  作者: 大平麻由理
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22.知らない世界

「あっ、マミじゃん。ふ〜ん……。やっぱりマミと吉永の噂は本当だったんだ」


 ミコがわたしの前に立って、今出くわしたばかりの二人を好奇心旺盛な目でじろじろ見る。


「ミコ……。どうして優花が一緒なの? あなたたち、仲よかったっけ?」


 麻美がチラッと横に立つ吉永君を確認するように見た後、またこちらに向いた。


「まあね。今日はこれから石水さんとヒロの記念パーティーなんだ」

「記念パーティー? 何、それ。優花、どういうこと?」


 麻美がミコを横に押しのけるようにして歩み出て、わたしに直接()いてくる。


「そ、それは……」

「つまり、俺と……えっと、なんだっけ。そうそう、ゆうかちゃんの、記念すべき初デートのパーティーってこと。あんた、ゆうかちゃんの友達? なら全然オッケー。一緒にカラオケ行かねー? なんならそこのカレシも一緒に」


 広川君が話に割り込んできた挙句、まるで二人に見せ付けるように……わたしを横から抱き寄せようとする。


「は、離して! 広川君、やめて、お願いだから……」


 わたしは彼から離れようと必死にもがいたのだけど、今度はびくともしなくて……。動けば動くほど、背中から回された広川君の手がわたしの右腕の上の方を、がっしりと捉えて離さないのだ。


 吉永君が……見てる。とても冷ややかな目で、じっとこっちを見てる。


 ああ、お願い。麻美も吉永君も、早くここから消えて。わたしの前からいなくなって。もうこれ以上、こんなみじめなところ、見られたくない。広川君は、違うの。彼氏でも何でもないの。だから、だから……。


「なんでそんなにいやがるんだよ。なあ、別にこれくらい、いいじゃねえか。俺とゆうかちゃんの仲だろ?」


 広川君の顔が、わたしの目の前数センチのところまで迫ってくる。


「や、やめて!」とわたしが叫んだのとほぼ同時だった。

「俺、もう行くよ。大園、それじゃあ……」と吉永君が言ったのは。


 麻美に向かってそれだけ言い残し、吉永君がその場から走り去ってしまったのだ。麻美も彼の後ろ姿を見ながら呆然と立ちすくんでいる。

 ようやく広川君から逃れ、身体が自由になったわたしは、麻美に歩み寄り小さい声で伝える。


「お願い。このことは絵里には言わないで……。それに、あの広川君は、わたしとは何の関係もないの。ふざけてるだけ。ね、信じて」

「わかってる。あの人が優花の好きになるタイプじゃないってことくらい、見ればわかるよ。でもどうして優花がサリたちといるの?」

「それは……」

「なら、あたしと一緒に帰ろ。その方がいいんでしょ? ね、優花?」


 わたしの歯切れの悪さを不審に思ったのか、麻美がこの場からわたしを救い出そうとでもするように帰ろうと言ってくれる。でも……。


「ダメなの。このあとちょっとだけ一緒に遊ぼうって、約束したから……。それよりマミはいいの? 吉永君、行っちゃったよ?」

「う、うん……」

「デート中だったのでしょ?」

「ま、まあね……」


 今度は麻美が元気がない。デート中なのになぜ? 麻美を置き去りにして行ってしまった吉永君の態度も不可解だ。

 麻美にしてみれば、ここでわたしに時間を取られたことを吉永君に申し訳ないと思っているんだよね。ごめんね、麻美……。


「早く吉永君のところに行った方がいいよ。マミ、ありがと。わたしは心配いらないから」

「優花……」

「あんたたち、何こそこそやってるのよ。マミ。あんたも一緒に来るの? どうするのよっ!」


 サリが言葉を投げつけるように言う。


「あ、あたしは……」

「あっそう。なら、また明日ね。バイバイ……。石水さん、マミは帰るって言ってるんだから。もたもたしないで早く行こ!」


 サリはまるで麻美を追い払うようにそっけなく手を振り、再びわたしの腕を引き寄せた。出来る限り明るい笑顔を作って麻美を見ると、口をきゅっと堅く結んだまま、バイバイと手を振ってくれる。

 麻美の顔は今にも泣き出しそうに……見えた。


 五分くらい歩き、雑居ビルの下で立ち止まった。ここの五、六階にあるカラオケルームがお目当ての場所らしい。

 エレベーター前に私服姿の知らない男の人が立っていた。ミコとヒロが形相を崩しながらその人に近付いていく。


「えへへ……。タカシ。昨日はゴメン……」


 ミコがタカシという背の高い大人っぽい人に謝りながら、突然しな垂れかかる。それを当然のように受け止めた彼が、ミコの頭を腕で抱え込むようにして、彼女の額のあたりに……き、キスをした。わたしは目の前で繰り広げられる生々しい二人の姿に、目のやり場を失った。


「ヒロ、せっかく誘ってもらったけど……。わりぃな。俺ら、これから別行動ってことで」

「いいけどよ。おもしろくねえな、全く……」


 広川君が少しふてくされたようにして足元のプラスティック片を蹴る。

 時折、上目遣いでタカシを見上げるミコも、サリに向かってゴメンねとしおらしく頭を下げる。ついさっきまでのミコとは別人みたいだ。


「サリ、あんたもこの後、用があったんじゃないの? 駅まで一緒に行こうよ」


 ミコがタカシの腰に手を回し寄り添うようにしながらサリに目配せする。ど、どういうこと? 二人ともいなくなったら、わたしは、広川君と二人っきりだよ?

 なんとか二人のどちらかをひき止めようと横にいたサリの腕にしがみつく。


「そんなあ……。わたしを一人にしないで。お願いだから帰るなんて言わないで。それならわたしも……帰る」

「おいおいゆうかちゃん……。そりゃあないっしょ? 俺を一人にする気? じゃあ、カラオケやめて、どっか違うとこ行こ」


 広川君がにじり寄り、わたしの背後に張り付いた。


「石水さん。そんなこと言わずにさ。ヒロだってもうその気なんだし。ね? ためしに付き合ってみてよ。二人だけの方がお互いのこと、もっとよく知れるしさ。さーて、あたしもそろそろ帰ろっかな。連日の夜遊びで、さすがに親がキレちゃってさ。今夜くらい機嫌とっとかないと、試験中、遊べないしね。じゃあミイ。あたしもそこまで一緒に行く」


 三人の姿が瞬く間に人ごみに呑まれて見えなくなる。エレベーターの前に、わたしと広川君が残された。


「ったくタカシの野郎、昨日はあれほどミコのこと、ボロクソに言っておきながらよー。ミコの顔を見たとたんアレだぜ。やってらんねーな。さあ、邪魔者はいなくなったことだし、俺達は二人で楽しくやるとしますか。なあ、ゆうかちゃん?」

「わたし、広川君とは付き合えません。あの……。好きな人が……いるんです」


 わたしはそう言いながら、肩に回りかけた広川君の手をやんわりと払いのける。


「へ? 今ごろなんだよ。おまえ、ちょっとおかしいんじゃねーの? でもそいつとは付き合ってるわけじゃねえんだろ? それとも、フリーってのも実は嘘だったり?」

「い、いえ。嘘じゃないです。本当に誰とも付き合ってません」

「なら、いいんじゃん。実らない恋なんか、とっとと見切りをつけて俺と楽しもうよ。な、ゆうかちゃん?」


 周りには通勤帰りの人の波が途絶えることなく続く。もうわたしには広川君の声は聞こえていなかった。

 今ならこの人ごみに紛れて、広川君から離れられるかもしれない。彼が油断した隙にここから逃げればいいんだ。

 わたしは雑居ビルのすぐ前にある横断歩道の信号が青になった瞬間、その場から走り出した。

 後ろを見てはいけない。そのまま前だけを見て、バスターミナルを目指すんだ。そして……。ドラッグストアの前で試供品を配っているお姉さんに進路を妨げられた瞬間、誰かにぐいっと手を引かれた。


「ゆう……」


 どこかなつかしいその声に導かれるように、わたしはゆっくりと後ろを振り向いた。



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