21.そしてヒロ
夕方の繁華街は学校帰りの高校生達が何をするでもなく、あちこちに仲間同士のかたまりを作っておしゃべりに夢中だ。制服はどこも似ているけれど、よく見れば学校によって微妙にデザインが違うのがわかる。合服の人もいれば冬服の人もいる。
わたしの学校は今は移行期間中なのでどっちを着てもいい。でも冬服の方がかわいいので、ほとんどの人がすでにブレザーを着ている。中にはニットのグレーのベスト。胸元に覗くリボンがキュートだと評判だったりする。
ミコとサリはこの界隈で顔が利くのか、すれ違いざまに次々と声を掛けられる。遊び人風の人もいれば、普通の高校生もいる。フリーターっぽい人もいた。
この二人は一見遊び人風なんだけど、そんなにスレているようには思えない。サリは長いカールした髪の間から小さなピアスが見え隠れしているけど、ショートカットのミコには見当たらない。
ミコのスカートの丈はかなり短めで長い足がすらりと伸びているけど、サリはわたしと同じくらいの長さだ。カバンだって、二人とも同じようなボストン型のもの。取り立てて言うほどの物でもない。
ただ、二人の携帯のデコレーションが派手目だったのには度肝を抜いたけどね。スワロフスキーがところ狭しとぎっしり並んでいた。
ちなみにわたしの携帯はハートのラインストーンが二つ貼ってあるだけ。だって全面に貼って剥がれ落ちたりしたら絶対に後悔しそうだもん。
大通りを曲がって、路地に入ったところにコンビニがある。そこの店の前で立ち止まり、ミコが例のキラキラした派手なデコ電を取り出した。
「サリ、この子見張ってて。あたしが中に入ってヒロを呼んで来る」
ミコがそう言って、ローファーのかかとを踏んだまま、携帯を片手に店の中に入って行った。会って欲しい人っていうのは、きっとそのヒロって人だ。多分、男の子だと思う。さっきの二人の話してる様子で、なんとなくそうじゃないかってわかった。
わたしに会わせてどうするのだろう。まさか、紹介……とか? でもわたしには自信がある。そんなことになっても、わたしなんか絶対に相手にされないって。
ミコにサリ。悪いけど、あなたたち……。根本的に人の選び方、間違ってるよ。
「よお、サリ。今日は、はえーのな。何、さっきのメール」
ミコと連れ立って知らない男の子が店から出てきた。どこの制服だろ。うちのに似てないこともないけど、ネクタイの色が違う。もしかして、付属? ここからそう遠くないところに、私大付属の男子高がある。そこの人かな? わたしはこっそりその人の顔を覗き見た。
えっ? うそ! 吉永君に……そっくり。なんで? あっ、でもよく見ると違う。あごのラインとか、口元の形とか。声もこの人の方が少し高めだ。髪だって吉永君よりずっと長い。
「メールのとおりだけど。ミコがさ、この子、あんたにどうかって言うから」
サリが面倒くさそうに答えながら、わたしを彼の前に突き出す。やっぱり思ったとおりだ。この人に紹介されてる。
すると、上から下まで舐められるようにその人に見られた。わたしは意味もなくブレザーの裾を引っ張って、膝をくっ付ける。その人のじっとりとした目がどこか気持ち悪い。
「ふ〜ん。誰? この子」
「同じ高校の同級生。あんたの彼女にどう? 今、フリーなんだって」
「あっ、そう。別にいいけどー。ねえ、カノジョ。名前は?」
吉永君に似てると思ったけど、やっぱり違う。しゃべり方がとてつもなく……軽い。
「ちょっと、あんた。名前くらい言いなさいよ」
突然サリに背中を突かれた。それも、おもいっきり強く。えっ? そ、そうか、目の前のこの人が、わたしに質問してるんだよね。
「あっ、ごめんなさい。わたしは、石水……です」
「石水さん? ふ〜ん。俺、ヒロ。広川太郎って言うんだけどね。そこの付属の。太郎じゃシャレになんねえからヒロって呼んで。で、石水さん。ホントにカレシ募集中?」
「い、いえ。別に」
やだ……。またじっと見てる。おまけに薄ら笑いまで浮かべて。
「俺、メンドくせえの嫌だけど……。でもまあ、今までにないタイプだし。石水ちゃん、よろしくな」
その人が急に横に来て、わたしの肩を……抱いた。なんで? そんなの……困る。
わたしが身体をすぼめて固まっていると、耳元に生暖かい息が吹きかけられた。
「ひ、ひやあ……。や、やめてください! 何するんですか?」
いたたまれなくなったわたしは、身体をよじるように捻って、なんとかその人から離れた。
「何、慌ててんの? おもしれえな、石水ちゃん」
その人は肩を小刻みに揺らしてクックックと笑いをこぼす。
「ヒロ、悪ふざけはやめなよ。この子、まだそういうの、慣れてないみたいだし」
サリがわたしの腕を掴んで、自分の方に引き寄せた。あれ? もしかしてわたしを庇ってくれたの?
「なんだよ。おまえがこいつを俺にくっつけようとしたんじゃねえか。イミわかんねえ」
「一応、この子も今日からあたしたちの友達なんだし、少しは優しくしてやりなよね」
「わかったよ。ったくうるせえな。でもな、石水ちゃんって、よく見ると結構かわえーし。おまえらみたいにケバくないのが新鮮っつーか。俺のダチもきっとびっくりするぜ。で、これからどうする? ゲーセン? それともカラオケ?」
「あたし、のど渇いたし……」
黙って成り行きを見ていたミイがデコ電をいじりながら言った。
「ならカラオケで。いつものとこにしようぜ。俺、他のやつも呼ぶわ」
ヒロ……いや、広川君も携帯を取り出し、メールを打ち始めた。これからこの人たちはカラオケに行くんだ。わたしはどうなるんだろ。もう帰してもらえるのかな?
その時サリがわたしをちらりと見た。そして決まり悪そうに視線を逸らし、つぶやいた。
「言っとくけど……あたし。あんたを許したつもりはないから。鳴崎君のこと……好きじゃないって証拠にヒロと付き合ってよ。あいつ、軽そうだけど、根はいいやつだから。あたしが保証する」
「で、でも……。わたしは付き合うとか、そういうのは……」
「もうっ! なにうじうじしてるのよ! とにかくあんたと鳴崎君を遠ざけるためにはこうするしかないんだから。つべこべ言わずに言うとおりにして」
「わたし、ヒロさんのこと今日初めて知ったばかりだし……」
「なら、この後もっと知ればいいでしょ。さ、一緒に行くのよ、あんたもカラオケに」
「さ、サリさん!」
無理やり腕を組まれて、まるで連行されるかのように大通りを歩いて行く。今どき高校生風な三人と地味なわたしという妙な取り合わせの四人組は、誰の目にも異様に映るのだろう。何人もの人が不思議そうに振り返る。
わたしは下を向いたまま、なんとかサリの歩調に合せて、しぶしぶ歩みを進める。今、五時だ。行きたくないけれど、仕方ない。一時間だけ我慢しようと腹をくくった。
そして、はっきりと広川君にこの交際を断ろうと決心した。勇人君を好きじゃないって証明は他の方法でも出来るはず。それを見つけて、サリにも納得してもらおう。
サリだって、本当はいい子なのかもしれない。さっきも広川君の行動を諌めてわたしを庇ってくれたしね。
そう思ったとたん、急に心が軽くなり、幾分身体の緊張感が取れたような気がした。
さっき広川君に肩を抱き寄せられた時はどうなるかと思った。苦しくて息が止まりそうだったけど、もう大丈夫。勇気を出して顔を上げて、真っ直ぐに前を見た。
「ゆうか? 優花だよね? 優花!」
誰かがわたしの名前を呼びながらこちらに向かって来る……。麻美だ。麻美の横には、もう一人、よく知った人がいる。今、この場を一番見られたくない……人。
吉永君は、目を見開いて驚いたようにわたしを見た後、すぐにその目を向こう側に逸らした。