20.ミコとサリ
「あたしたちさあ、鳴崎と同じクラスのミコとサリ。あんた、ウチのクラスの才女マミと友達だよね?」
「そうだ……けど」
「あははは。やっぱそうなんだ。で、そのマミが吉永と付き合ってるって噂じゃん? あんたが鳴崎に馴れ馴れしいのは、マミに対抗するためなんでしょ? だって所詮女の友情なんて見せ掛けのものなんだからさ。吉永の上を行く男なら後は鳴崎くらいしかこの学校にはいないし」
いったいこの人たちは何が言いたいんだろ。わたしが勇人君と親しいのはそんなんじゃない。なんで麻美に対抗しなきゃならないの?
「何とか言ったらどうなの? それともあたしの言ったことが図星すぎて、何も反論できないとか……」
「わたしは……。あなたたちが何を言ってるのかさっぱりわからない。いったいどういうことなの?」
「どういうこと、だって。ねえ、サリ、聞いた? この子、とぼけてる。あのね、あんたが抜け駆けするから、こっちは迷惑してんの。サリはね、どういうわけかあのおぼっちゃん鳴崎が気に入っちゃってさ。あたしは正直、苦手なタイプなんだけどね。やだ、ホントのこと言っちゃった。サリ、ゴメン……」
背が高くてショートカットのミコという人が両手を合せて謝った後、ペロッと舌を出す。
「ミコったらヒドイよ。あとで覚えておきなさいよ! でも、この女の方がもっと性質が悪い。何が勉強教えてよ。鳴崎君が誰にでも優しいからっていい気になるんじゃないわよ!」
ミコを押しのけるようにして、マスカラをたっぷり付けたまつ毛を揺らしながらありえないほど大きな目をしたサリという人が迫ってくる。怖い。わたしがいったい何をしたって言うの?
「だ、か、ら……。石水さん、あたしたちの言いたいこと、わかるでしょ?」
今度はミコがわたしを威嚇するようにして迫ってくる。
「わ、わからない」
「あんた、バカじゃない? さっきから何度も言ってるでしょ? 鳴崎に近寄るなって! そんなこともわからないなんて、相当重症だわ。サリ、どうする?」
「ミコ、この子はちゃんと言ってやんないとわからないクチよ。今まで、黙って泳がせてたけど、もう我慢ならない。なにさ、そのやぼったい顔。かわいいかどうか知らないけど、そんなんで彼に取り入られたんじゃ、こっちだって黙っちゃいられない。二度と鳴崎君にベタベタ話しかけないで。いいわね!」
サリがとがったあごを突き出し、わたしを蔑むように言い捨てる。
「さ、サリさん……。誤解だよ。わたし、その……。鳴崎君とはそんなんじゃない。同じ部活だし中学も同じだったから他の男子よりは、ちょっとだけ、仲がいいだけ。取り入ろうだなんて、そんなこと考えたこともない。ホントなの。信じて」
鳴崎君、だって……。我ながらよく言えたと思う。勇人君なんて言ったら、ますますこの人たちを怒らせてしまうものね。
「サリ。この子はこう言ってるけど……」
「フン。そんなの信じられるわけないじゃん。ちょっとだけ仲がいいだけだって? はあ? よくもそんなことが言えたわね。あんたのその甘えたような態度が、鳴崎君の気を惹こうとしてるって、見え見えなんだってば」
「サリさん。じゃあどうすれば、わたしが鳴崎君をそんな風に思ってないって信じてもらえるの? 鳴崎君とは帰る方向が同じだから、たまに一緒に帰ってるだけだし。他の部員の人も一緒だよ。それに、それに、鳴崎君は……」
麻美が好きなんだよ……と言いかけて、慌てて口をつぐむ。これを言ってしまうと、ますます大変なことになりそうだ。じゃあ、どうすればわかってもらえるの?
「何よ、はっきり言いなさいよ。ほら、見なさい。それ以上、言えないじゃない。やっぱりあんた、鳴崎君のことが好きなんでしょ?」
「違う。本当にそんなんじゃないって。わたしが好きなのは鳴崎君じゃなくて……」
「ねえ、サリ。あたしにいい考えがあるんだけど……」
わたしが最後まで言い終わらないうちに、ミコが話に割り込んできた。そして急に声を潜めて、サリの耳元で何か話している。
「ねえ、いいと思わない? それなら、この子が鳴崎のこと好きじゃないって証明できるし、もし好きだったとしても、こっちで監視できるじゃん?」
「う〜ん。まあね。でも、ヒロがいいって言うかな? あいつの趣味とは違うような気がするけど……」
「大丈夫だって。この子だってちょっと化粧すりゃ、あたしたちよりずっと上物だしさ」
次第に二人の会話がはっきりと聞き取れるようになり……。わたしがとんでもないことに巻き込まれそうになっているのは、もうすでに明らかだった。
「これからちょっと寄るところがあるんだけど……。石水さん、あんたも来てくれる?」
ミコがニヤリと笑いながら、わたしの腕を掴んだ。
「わたし。その……。テスト勉強しなくちゃならないし。母さんが働いてるから、夕食の準備もしないと……」
「テスト勉強? まだ一週間も先だよ? 誰も勉強なんかしてないって。ちょっとだけだからさ、一緒に行こうよ。あんたに会わせたい人がいるんだ。鳴崎と何でもないんなら、別にいいじゃん。その人と会っても……」
ミコの手がさっきよりきつくわたしの腕を締め付ける。彼女の目には怪しい光が宿り、それは、もうここから逃げられないとわたしに悟らせるのに充分なほどだった。
「わかった。そこに行くから……。だからお願い。この手、離して……」
わたしはミコとサリに両脇を囲まれるようにして、バス停とは反対の繁華街の方向にゆっくりと歩き始めた。