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そばにいて  作者: 大平麻由理
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19.誰?

 今日から中間テスト一週間前だ。部活動は一応基本的に活動休止になる。試合前の運動部はそんなことも言ってられないのか、マミも、……吉永君も普段と変わらずグランウンドに姿を見せている。


 わたしはこの一ヵ月間、信じられないくらい熱心に部活に打ち込んだ。それは勇人(はやと)君も同じだ。エレベーターホールでのあの出来事にはお互い全く触れないけれど、何も言わなくてもわかる。

 全てを忘れるためには、部活に没頭するしかないのだから。


 わたしがボランティア部に入ったのにははっきりとした理由があった。それは、絵本の読み聞かせと朗読のボランティアがあったから……だ。


 わたしは将来、アナウンサーになりたいと思ってる。いわゆる女子アナってやつだ。容姿端麗でない分、実力でその地位を獲得しなくてはいけないので、前途多難なのは言うまでもない。本当なら放送部に入ってバリバリ活動したかったのだけれど、残念なことにうちの高校には放送部なるものは存在しない。その代わりに放送委員会があるにはあるけれど……。

 学期ごとにメンバーが変わるし、なりたくないのに無理やり推薦されたり、くじ引きで適当に決めるクラスもあったりで、必ずしもやる気のある人ばかりではない。

 そこで、ボランティア部に迷わず入部を決めた……というわけだ。

 

 勇人君は、これまた変わった動機で、ボランティア部に在籍している。この部は、設立されたきっかけが生徒会の発案だったということもあって、部長、副部長ともに、生徒会の執行部の人が兼任している。

 なので中学で生徒会長をしていた勇人君が、どうも入学と同時に、リーダーシップを買われて引き抜かれたみたいなんだ。

 つまり、生徒会執行部予備軍としてボランティア部にいるということ。もともと彼はボランティアにも興味があったらしくて、その手腕は誰もが認めるところだ。


 テストが終わった後の施設訪問に間に合うように、訪問先の介護施設で使う紙芝居を手作りしたり、誕生日カードを作ったりと、昨日までは目が回るほどの忙しさだった。

 がんばったかいがあって、今日からテスト最終日の前日まで部活はお休みだ。あとは個人個人が家で自分の担当を練習しておくことになっている。

 わたしは家に帰る前に、朗読のための夏目漱石の本を取りに行こうと、部室に向かった。


「よっ! なんか用か?」


 勇人君が何か書き物をしながら軽く左手を上げ、ちらっとわたしを見てそう言った。


「本を取りに来ただけだよ。勇人君は今日も部活?」

「いや、あと一行書いたら帰る。今度の介護施設の誕生会は企画もすべてまかされただろ? その時の進行予定計画を立ててたんだ。えっと、こうして……。おお! 出来た! 後はこれを副部長に見てもらったらパソコンに打ち込んで印刷して完成だ」


 わたしは勇人君の肩越しに、紙に書かれた計画表を覗き込んだ。時系列にそって、細かく内容が書き込まれている。勇人君ならではの見事な仕事ぶりだ。

 そこにはわたしの名前もある。ちょうどプログラムのまん中あたりで朗読が割り当てられていた。


「ゆうちゃん、一緒に帰ろうか? 誰かと約束してんの?」

「ううん。マミは部活だし、絵里は先輩と図書館」

「絵里って、めちゃくちゃ美人な本城さんだよな?」

「そうだよ」


 絵里はお目当ての先輩にテスト範囲のわからないところを教えてもらうんだって。そうやって少しずつ仲良くなって、十二月までには気持ちを伝えるつもりだって言ってた。

 一緒に図書館に行こうって、わたしも誘ってくれたけど、それはさすがにね……。いくらなんでも、のこのこついて行くなんてKYなまねは、出来ないよ。

 美人な本城さんとして学年中にその名を轟かせているけど、これが絵里の初ロマンスだから大切にしてあげたいんだ。


「じゃあ、寂しい者同士、そろそろ帰りますか」


 メガネの奥の目を細めて、勇人君が立ち上がった。

 別に一緒に帰るのは構わないんだけど……。周りの視線が痛いのが少々辛かったりするんだよね。

 部員は、わたしたちが付き合ってるわけでもなんでもない、ただの同級生だって知ってるから何も言わないけれど、そうじゃない人に時々ギロリと睨まれる。

 校門に、卒業した中学の後輩が待ち伏せしていたこともあった。同じ高校の先輩からも誘われて困っているとも言ってた。

 そんな勇人君の現状を考えれば、本当なら学校で並んで歩いたりしない方がいいんだけどね。

 まあテスト前だし、もうあまり生徒たちも残っていないだろうから大丈夫かなとついつい気を緩めてしまった。


 わたしはちょうどチャンスだとばかりにバス停までの道のりを使って、化学のわからないところを勇人君に尋ねようと思いついた。

 ロビーで靴を履き替える時、カバンから教科書を出して、勇人君ににじり寄る。


「ねえねえ、勇人君。お願いがあるんだけど。ここのね、この化学式なんだけど……」

「何? ああ、これ? これはね……」


 さすが勇人君だ。わたしのわからないところをすぐに察知して、噛み砕いて説明してくれる。なるほどね。やっぱり化学式はある程度暗記しなくちゃ始まらないんだ。

 とっても基本的なことなんだけど、嫌な顔ひとつせずに丁寧に教えてくれる。

 そりゃあ、学年トップだもん。特に化学と物理は先生より勇人君の方が詳しいって噂もある。部室で、入試レベルの問題を三年生の先輩に混じってすらすら解いているのを見た時は、腰を抜かすほどびっくりしたもんね。だから、ちょっとやそっとのことで、もう驚かない。


「教科書に出てるくらいは全部暗記した方がいいよ。それから問題集をやって、応用問題を押さえておけば九十点は確実だから」


 へえ、そうなんだ。でもね、多分応用問題までは手が回らないよ。取りあえず平均点を目指してがんばるね。こんなこと恥ずかしくてとても勇人君には言えないけど……。

 次は日本史。全部覚えてたら寝る時間がなくなっちゃうので、ヤマをかけてもらおうと、カバンの中にある教科書をごそごそと探す。

 すると勇人君がきょろきょろと辺りを見回して、ポケットからシルバーの携帯を取り出した。

 一応学校内では携帯の使用は禁止ってなってるので、先生が近くにいないかどうか確認したんだと思う。


「ゆうちゃん。ごめん!」


 携帯の画面を見た勇人君が突然謝る。急用かな?


「一緒に帰れなくなった。副部長に呼び出されたよ……。俺、部室に戻るわ。また何かわからないところがあったら夜にでも電話して来て。じゃあ」


 そう言って、勇人君は、瞬く間にわたしの視界から消え去る。バイバイって言う間も無いほど、あっという間にいなくなった。

 いつまでもじっとここに立っていても仕方ない。わたしは教科書をカバンにしまうと、ふっと息を吐き、バス停に向かって歩き始めた。


「いしみず……さん」


 誰かが後ろからわたしの名前を呼んだ。誰だろ? 振り返ってロビーを見渡したけど誰もいない。


「石水優花。こっち。こっちだけどお。あははは。やだ。マジ、気付いてない」

「ちょっとー、こっちだってばー」


 靴箱の陰からどこかで見たことのある二人組みの女子が現れて、わたしの顔を見ながらけたけた笑っている。いったい、何なの?



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