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そばにいて  作者: 大平麻由理
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1.クラスメイト

「優花! おっはよー」

 わたしの前の席に座って、くるりとこっちを向いたのは、本城絵里。高校に入学してすぐに仲良くなった親友だ。

「夏休みなんて、あっという間だよね。うちの大学生のアネキなんてさ、まだ夏休み続行中なんだよ。ずるいと思わない? 夕べ飲みすぎたとか言ってさ。あーーん。はやくあたしも女子大生になりたい」

 絵里はぷにぷにの柔らかそうなほっぺを肘を突いた両手で支えながら、口を尖らせる。絵里とは夏休みにも何度か遊んだので、久しぶりというわけでもないけれど、尖がった唇がいつもと違う感じがするのはなぜ? ……あれ? なんだかきらきらしてる。

「ねえねえ、絵里。グロスつけてる? 」

 彼女の唇を穴が開くほどじっと見つめて、そう聞いた。

「えへへへ。わかる? ……内緒なんだけどさ、アネキの化粧ポーチの中からひとつ拝借してきちゃった。だって、すっごいいっぱい持ってるんだもん。ひとつくらいもらったってわかんないって。次から次へと新しいのをお試し買いするものだから、ポーチはパンパン。ファスナーが壊れる前に、あたしが救ってあげてるんだから。ある意味、人助け、的な」

 絵里はそう言って、大きな目をくりくりと動かす。

「次の休み時間に、優花にもつけてあげるね」

「ええ? わたしは、いいよ」

「何遠慮してんのよ? 無くなったらまた別のを借りてくるから大丈夫だって」

 絵里はさっそくポケットをさぐって、本日の戦利品をわたしの目の前にかざした。透明のチューブに入った明るいピンクのそれは、どこか大人の香りがするような眩しい物に見えた。

「だってさ、絵里はグロスに負けないくらい美人だし、とても似合ってるからいいけど……。わたしがつけたらきっと変になるよ。似合わないって。わたしには薬用リップがちょうどいいんだってば」

 メイクにあこがれはあるけれど、実際に使ってみる勇気はまだない。ほんのり薄ピンクになる薬用リップで十分事足りる。

「優花ったらさ、自分のことちっともわかってないんだから……。もう一度、よーく鏡見なさいよ」

「鏡? 」

「そう。優花はかわいいの。磨けば光るんだから。素材としてはクラスでも一、二を争うくらいにいい線いってるし」

「そ、そうかな……。でも、誰もそんなこと言わないよ。妹にはブスブスって言われるし、よしな……いや、近所の男の子にも、小学生時代にさんざんブサイクっていじめられたし」

 危ない、危ない。まだクラスの誰にも、吉永君と同じマンションに住んでいるって言ってない。だっていろいろ詮索されたくないしね。本当に同じ中学出身なの? って、絵里にびっくりされるくらい疎遠な関係だから、今さら昔はそれなりに仲良しだったなんてことは口が裂けても言えない。

 あれ? 彼女の顔が真っ赤になって、目が吊り上ってきた。

「ひっどーい! 誰? 優花をいじめた奴。今日学校終わったら殴りこみに行ってやる」

「あ……。絵里、落ち着いて。昔のことだから、もういいんだってば」

 そうだった。うっかり忘れるところだった。絵里が誰よりも正義感溢れる真のヒーローだってことを。でなきゃ、誰がこんなにきれいな顔立ちをした美人を放っておく? 自分のお姉さんには誰よりも辛口なくせに、一歩家を出ると友達思いで、曲がったことが嫌いな絵里は、男子生徒からも一目置かれる存在なのだ。その絵里がグロスをつけて来たってこと事態が本日の大異変なわけで。わたしの過去の話は今ここでは関係ない。

 怒りに震えて立ち上がった絵里の肩をなんとか押さえこみ、再び席につかせると、とにかく話題を変えるため、隣のクラスのもう一人の友人、大園麻美(おおぞのあさみ)の話を持ち出してみた。

「そうそう、マミったらさ、夏休みに家族で沖縄に行ったんだよね。うらやましいな。わたし、まだ行ったことないんだ」

 本当はあさみって言うんだけど、しょっちゅう読み間違えられるので、いつのまにかみんなからマミって呼ばれるようになったんだって絵里が教えてくれた。絵里と麻美は出身中学が一緒なので、わたしもいつの間にか仲良くなっていたんだ。麻美んちのお父さんは開業医だ。お盆休みには、毎年家族でどこかに旅行に行くって言ってた。きっとうちと違ってお金持ちなんだろうな。沖縄のおみやげ買ってくるからねーと言っていた麻美の嬉しそうな顔が今でも目に焼きついている。 

 わたしはこうやってちゃんと話題を変えたはずなのに。吉永君のことはたとえどんな小さなことでも話題にしたくなかった……。だから麻美の話を持ち出したのに。

 なのに、絵里ったら……。

「そうだったね。ほーんとうらやましいよ。でもさ、あたし、知ってるんだ。マミね、好きな人ができたって言ってたでしょ?」

「う、うん」

 そういえばこの前、三人で買い物に行った時、麻美がそんなこと言ってたような気がする。

「その相手がこのクラスにいるってわかったの。誰だと思う? 」

 絵里がさっきよりいっそう尖らせた口の前で人差し指を立てて、ぴこぴこと左右に動かす。

 誰って言われても……。あの時麻美は恥ずかしそうにして、まだ好きな人の名前は言えないって真っ赤になってた。麻美は陸上部のマネージャーをしている。ということは、やっぱ、同じ部活の誰かってこと?

 わたしはそういうことにめっぽう疎い。誰が誰を好きとか、言われるまで気付かないことが多い。言われても、知らない人だったなんてこともあるくらい、世間知らずだ。ましてや麻美は隣のクラスなんだよ。いくら仲が良くても麻美が自分から言わない限り、誰を好きかなんてわかるはずがない。しばらく首を傾げ考えたあげく、絵里に言った。わからないよってね。

「そうだと思った。優花はいつだってのん気だもんね。へっへっへ。ちょっと耳貸して」

 絵里はわたしの方に顔を寄せて、きらきらした唇をぷるると揺らしながらこのクラスの男子の名をささやいた。

「え、えーーーーっ!」

 たった今聞いたばかりのその名前に、わたしは全身硬直状態に……なった。


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