17.夕焼け空
勇人君が麻美を好きだなんて……。
このことは麻美もきっと知らないのだろう。わたしだって、今、初めて聞いた。
「勇人君。吉永君はそのこと知ってるの?」
「知らない……と思う。あいつとはあまりそういった話はしないんだ。向こうは陸上のことしか頭に無いし、俺も自分の部活のことしか話さない。男同士なんて、大概そんなもんさ。女子は好きな男の話とかいつもやってそうだもんな」
「そうだね。そういった話をしてる子は多いかも……。でも、わたしはあまりしないよ」
そうだ。わたしは吉永君への想いを、誰にも話していない。もちろん絵里に知られるまでは……だけどね。
「ふ〜ん。そうなんだ。でも俺、ゆうちゃんは真澄のことが好きだとばかり思ってたよ。真澄だっておまえが好きで、両思いなんだとずっとそう思ってたんだぜ」
「は、勇人君! そんなわけ、な、ないじゃん!」
何てこと言うの? せっかく静まった心臓がまた暴れ出したじゃない。言っとくけど、わたしと吉永君は仲が良かったためしがないのに、どうしてそんな風に思われるんだろ。誰にもこの想いがバレないようにって、しっかり隠してきたつもりだったのに。
「そうだよな……。真澄のことは何とも思ってないから大園の想いを伝えてやったんだもんな。でも真澄は絶対におまえが好きだと思う。これ、俺の勘。結構当たるんだけどな」
残念だけど今回は当たらなかったみたいだね、勇人君。もしそれが本当なら、夕べみたいにひどいこと、言われたりしないよ。
「昨日おまえらさ、バスで仲良く並んで座ってただろ? やっとくっついたか……ってほっとしたのによ。真澄の奴、夜には違う女と付き合うって言い出すし……」
「そのことだけど……。勇人君から見れば、わたしって、相当ひどい人間だよね……」
「まあな。でも、おまえは何も知らなかったんだし、仕方ないよ」
知らなかったとはいえ、勇人君にとってわたしは面白くない存在に決まってる。好きな女の子を彼の親友の彼女になるようにしむけたのは、紛れもなくこのわたしだというのに。なのに責めるでもなく……。
「本当にごめんね、勇人君」
部活でも自分のことは二の次で、みんなのために地味な裏方を一手に引き受けてくれているのも知っている。そんな彼に常に甘えている自分が恥ずかしくなる。謝って済まされることではない。
「もたもたしてた俺も悪かったんだし。振られたらどうしようって弱気になってて、告白できなかったんだ。それに、大園が俺を見てないってのも薄々気付いてたしな。ああ。俺。人生初の挫折だよ」
そうだよね。今は文化部だけど、中学時代はサッカーもやってて、運動神経も抜群な勇人君は、よくもててた。当時、付き合っていた子もいたはずだ。挫折なんて言葉とは無縁の人生。
なのに、麻美に告白できないくらい弱気になってただなんて、到底信じられない。わたしが勇人君だったら、その持ってるものを最大限に生かして、もっと自信に満ち溢れた人生を送るだろうな。そしてわたしが女版勇人君だったら絶対に吉永君に告白してると思う。
吉永君だって、そんな生き生きした明るい性格のわたしだったら、本当に好きになってくれてたかもしれない。
「でもさ、勇人君は偉いよ」
肩を落としてしょぼくれている勇人君に向かって言った。
「なんで? こんな煮え切らない男なのに?」
「だって、頭も良くて見た目もかっこよくて、みんなから一目おかれてる立場なのに、それをちっとも鼻にかけなくて……。それに自分に嘘ついてないし」
「えらい褒め言葉だな。ゆうちゃん。あまり関心のない男に向かってそんなこと言うもんじゃないよ。俺は昔からおまえのこと良く知ってるからそれなりに受け止められるけど、そうじゃなければ自分に気があるのかなって誤解されるぞ」
「ええっ? そうなの? でも、ホントのことなのになあ……。わたしっていろんな面で案外誤解されやすいんだよね。勇人君、ありがと。これから気をつける」
男女のことなんてよくわからないことばかりだ。思ったことを軽々しく口にしてはいけないってことだよね。なんかいろいろと勉強になるなあ。
「で、ゆうちゃんは自分に嘘ついてるのか?」
へ? なんでそうなる? でも……。確かに、わたしが吉永君を好きなことは勇人君には内緒のままだ。勇人君が吉永君の親友であれば尚更知られたくない。それに、まだこんなにも吉永君のことが好きなのに、気にならないふりをして強がっている自分がいるのも事実だ。
「いや、そういうわけじゃ……」
「ホントに? なんか無理してない? やっぱ、真澄のこと、気になるんだろ?」
ダメだ。やっぱりバレてる。だからって、はいそうですなんて、言えるわけないしね。ここは否定し続けるしか残された道はない。
「違うって。ホントに違うんだってば!」
わたしの嘘なんてとっくに見抜いているだろうけど。
「わかったよ。もういいって。それにしても意味不明だよな。おまえも真澄も……」
勇人君はブランコから降りると、ショルダータイプのスポーツバックを背中側に回して腕を組みあきれたように首を横に振る。
勇人君だって失恋したばかりで辛いはずなのに、わたしのことを気遣ってくれてばかりだ。彼が男女問わず人気者の理由が少しわかったような気がした。
「さあ、日も暮れてきたし、俺達もそろそろ帰ろうか」
「うん」
砂場で遊んでいる小さい子が、黄色いバケツにスコップやカップを入れて片づけ始める。すでに西の空には夕焼けが広がっていた。
「ゆうちゃん。いろいろありがとな。でも俺、まだあきらめないぞ。いつかはきっと彼女を振り向かせて見せる。だからおまえもがんばれ!」
「ええっ? だから、わたしはそんなんじゃないって……」
いくらがんばれって肩を叩かれても、もうどうしようもないのに。わたしが少しふくれて口を尖らせていると、勇人君がお腹を抱えて笑い出す。
そうだった。昔からこの人は笑い上戸だったんだ。吉永君にからかわれて、ふくれたわたしを見て笑いこけるのはいつも勇人君だった。
「あははは……。ゆうちゃん、昔と変わんないな。おもしれえ」
読んでいただき、ありがとうございます。
なんか優花と勇人がいい感じなのですが、どうなりますやら……。
嵐の前の静けさということで、許してやってくださいね。次回、またまた修羅場? です。