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そばにいて  作者: 大平麻由理
16/49

15.ごめんね、呼び出したりして

「何?」


 階段横の壁にもたれるようにして吉永君が立っていた。わたしを見つけるなり、不思議そうに尋ねる。

 袖のところが黒く切り替えてあるスポーツメーカーの白いTシャツにハーフパンツ姿の吉永君は、いつもより少しだけ、子どもっぽく見えた。

 お風呂に入ったばかりなのかな? 髪も学校で見るのと違って、パサパサと無造作にいろんな方向を向いている。


「あっ。ご、ごめんね。急にこんなところに呼び出したりして……。あの……。そうだ、今朝は、ありがと」

「ん?」


 きょとんとした顔でじっとこっちを見る。そうだよね。そんなこと言うためだけに呼び出したわけじゃない。吉永君もきっと困ってるよ。


「あっ、いや、今朝はいろいろお世話になっちゃって……。もうこれから、気を遣わなくていいよ。わたしも子どもじゃないんだし、一人でも大丈夫だから……」


 やだ。どうしよう。ちゃんと麻美のこと言わないといけないのに。関係ないことばかりしゃべってしまう。吉永君もきっと変に思ってるよ。早く言わなきゃ。


「何か話があるんじゃないのか? 用がないなら、俺、もう帰るけど。明日から部活の朝練始まるから、とっとと勉強して寝ようと思ってる」

「ま、待って……」


 もたれていた身体を壁から離して、階段を上がろうとする吉永君を引き止めた。


「あの、あのね……。マミのことなんだけど」

「まみ?」


 上りかけた階段の途中で止まって、吉永君が振り返った。


「うん」

「誰? それ……」


 えっ? 誰って……。もしかして知らない? でも陸上部のマネージャーだよ? あそこでもみんなからマミって呼ばれてるはず。同じ部活の吉永君が知らないはずない。


「四組の……。そうそう、勇人(はやと)君と同じクラスの大園さん……なんだけど」

「ああ、大園か。あいつがどうかしたのか?」

「うん。そ、その……。真澄ちゃんのことが……す、好きだって。だから、真澄ちゃんも、マミのこと、どう思ってるのかなって、そう思って……」


 吉永君がそれを聞いた瞬間、はっと息を呑んだのがわかった。そして開きかけた口をそのまま閉じてしまった。

 こんなこと突然言われたら誰だってびっくりするよね。でも、どっちなんだろ。嫌だったのかな? それとも……。


「ねえ、真澄ちゃん。気を悪くしないでね。わたし、でしゃばりすぎたかも……」

「…………」


 こんなことして、麻美の印象が悪くなったらどうしよう。わたしのせいだ。


「こんな話、迷惑だったのかな? ホントにごめんね。忘れて……。今言ったこと、全部。ね? 真澄ちゃん……」

「…………」


 吉永君はじっとわたしを睨むように見つめた後、天を仰ぎ、大きくため息をつく。そして同じ段のところまで追いついたわたしを真っ直ぐに見て、おもむろに話し始めた。


「話って、そのこと? それで、俺はどうしたらいいんだ? 大園と付き合えばいいのか?」

「真澄ちゃん……。無理にとは言わないよ。ただわたしは、マミの願いを叶えてあげたくて」

「友情の証か?」

「そんなんじゃないよ……。もし真澄ちゃんもマミのこと、少しでも興味持っててくれたらいいなって、そう思って……」

「…………」


 吉永君が、ずっとわたしを見ている。何かを探るような、強い眼光が……怖い。

 わたしと吉永君の間に長い沈黙が横たわる。居たたまれない。これ以上彼を見ていられなくて、視線を逸らした。


「あ、あの……。乗り気じゃないなら別にいいんだ。マミだって、片想いでもいいって、そう言ってたし」


 うつむきながら、やっとのこと、それだけ言えた。


「おまえはどうなんだ?」

「へ? どうって……」


 急に吉永君の声がわたしの頭上に降りかかる。なんでわたしなの? そんなこと聞いてどうなるの? 


「大園のために、いい返事を持って帰らなきゃならないんだろ?」

「えっ? べ、別に、そんなことない……と思う。ダメならちゃんとそう伝える……。でも」

「でも?」

「マミはいい子だし、それに、真澄ちゃんのことが、大好きで、それに、スタイル抜群でかわいいし……。それに、勉強だって、できる。わたしなんか比べ物にならないくらい、すべて揃ってて、それに、それに……」


 ああ、ダメ。なんだか泣いてしまいそう。我慢しなきゃ。わたしのせいで、麻美が吉永君に嫌われることにでもなったら一大事だ。ここはなんとしても踏ん張らなきゃ。


「それに、真澄ちゃんのこと……。誰よりも大切にすると思う」


 言えた。声が震えてしまったけど、わたしの言いたいことは伝わったよね? 吉永君、それでも、ダメかな……。


「わかった。付き合うよ」




 え。


 付き合うんだ……。



「後で、大園のアドレス、俺の携帯に転送しといて。ゆう? 聞いてるのか?」

「あっ、う、うん……」

「じゃあ。おやすみ、ゆう」


 吉永君が階段の上まで上りかけた時、わたしの心臓が凍りついた。吉永君のアドレス……さっき……消した。


「真澄ちゃん、ごめん! 転送……できないっ!」


 わたしは吉永君の背中に向かって大きな声で叫んだ。


「なんで?」

「真澄ちゃんのアドレス、わたし、その……。消しちゃって」

「はあ? 消した? なんで?」

「それは……」


 吉永君。あなたのことを忘れるためだよ、なんて、言えるわけなくて。


「わかったよ。もうおまえには頼まない。勇人にでも聞くよ。おまえとせっかく仲直りできて元の鞘に収まったと思ってたの、俺だけだったってわけだな。そんなに大園のことが大事なら、おまえの言うとおりにしてやる。俺は、俺は……」

「真澄ちゃん……。ごめんなさい。わたし、そんなつもりじゃなくて」

「言い訳はもういい。おまえにとって俺は、所詮それくらいの取るに足らない存在なんだよ。もう、俺の前をうろつくな。俺も二度とおまえには話しかけない。いいな!」


 吉永君が、階段を駆け上がっていく。そして瞬く間にわたしの視界から、彼の後ろ姿が消えていった。


 

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