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そばにいて  作者: 大平麻由理
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プロローグ

そばにいて、にお越し頂きありがとうございます。

優花視点、一人称の文体になります。

どうか、最後までお付き合いいただけますように。

尚、この物語は連載中に小説家になろう内の恋愛部門におきまして、ランキング一位をいただきました作品になります。

皆様の応援のおかげで最後まで書き続けることができましたこと、この場をお借りしまして御礼申し上げます。

「優花、忘れ物はない? 」

「うん。ないない。だいじょーぶ。じゃあ、行ってきまーす!」

 サイドが少しこすれた黒のローファーを履き、心配そうに見送る母さんに笑顔を返す。そして元気よく玄関からマンションの廊下に飛び出した。少し遅れて、パタンとドアが閉まる。

 今日から二学期だ。宿題も入れたし、お茶も持ったし。準備は完璧のはず……だった。

 お気に入りの夏の制服は、昨日、クリーニングから仕上がったばかり。胸元のリボンをエレベーターホールの鏡で確認する。いい感じに結べた日は、何かいいことがありそうな気がするんだ。今日はまあまあってところかな。眠そうな目をした自分がちょっぴり情けないけれど、夏休みはもう終わったのだし、気持ちを切り替えなくちゃね。

「優花ちゃん、降りるけど? 」

「あっ、おばさん、おはようございます」

 くるりと振り向き、ぺこっと頭を下げた。隣のおばさんだ。片手にごみの大きな袋を持ち、もう片方の手で閉まろうとするエレベーターの扉を押さえながらわたしを待ってくれている。ところがわたしときたら、手を振るだけで一歩もそこから動かない。だってわたしは……。

「わたしは階段で行くから、いいです。おばさん、ありがとうございます」

「そうかい? じゃあお先に」

 おばさんは怪訝そうな顔をしながらも扉から手を離し、エレベーターの四角い箱ごと階下へと降りて行った。

 わたしは毎朝登校の時、必ずエレベーター横の階段を使って下におりる。ここは六階だから、下まで降りるのにちょっと時間がかかるけど。だけど、平気。足腰のトレーニングにもなるしね……というのは家族や近所の人に訊ねられた時の建て前的な言い訳。

 だって、このマンションの三階には。三階には、あの人が住んでいるのだから。

 わたしの初恋の人。吉永真澄君がいる。

 階段を下りていくと、三階の廊下の前で少しだけ立ち止まる。そして左手奥の通路を眺めるのだ。五つ目の扉が吉永君の家になる。いちいち扉の数を数えなくても一目で彼の家が区別できる。小学校一年生の時からここに住んでいるだけのことはあって、網膜にくっきり焼き付いていて見間違いようがない。

 そして、ホントにホントに、たまーにだけど、吉永君がエレベーターホールに立って待っているところにばったり出会ったりすることもある。三階だと階段の方が早いかもしれないのに、彼は絶対にエレベーター利用派なんだよね。

 そんな時は、階段の踊り場にいるわたしをチラッと見て、黙ってそのままエレベーターに乗り込む。もしかしたらチラッとも見ていないのかもしれない。いつも、こいつ誰? みたいな不思議そうな顔してるんだもの。まあ、全く知らないとは言わせないけど、中学生になった頃から、わたしたちはもう三年半も口をきいていない。

 それでもいい。無視されても知らんプリされてもいい。学校に行けばずっと同じ教室で勉強するんだし、クラスの仲間達としゃべっている声ならいつだって聞けるんだし……。

 わたしは彼にどんなに冷たくされても、階段を使うのは当分辞めないつもりだ。吉永君が生活してる三階を、ちゃんと自分の足で踏みしめなきゃ一日が始まらない。ささやかなわたしの幸せタイム。これくらい許してくれるよね。

 それと、もしもだよ。エレベーターで吉永君と二人っきりになったらどうしたらいい? とてもじゃないけど心臓がバクバクしすぎて耐えられなくなると思うんだ。おまけに三階でエレベーターのドアが開いて、わたしと目が合ったとたん、彼が身体を翻してどこかに行ってしまうなんてことになったら、もう二度と立ち直れない。やっぱり階段を使うのが一番安心だ。 

 今日は、吉永君に会わなかった。もう一本後のバスでも余裕で学校に間に合うから、きっとそれに乗るんだろうな。バスの窓から遠ざかっていくマンションを見上げながら、ふうっと小さくため息をついた。


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