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東京会品川組系秋葉組

秋葉シュウが意識を取り戻した場所は、青色に染まっていた。

手足の骨は砕かれ、動かすことも出来ない。喉は潰され喋ることも出来ない。

辛うじて目で見る事は可能だった。

秋葉シュウが、放り込まれていた場所は、ブルーシートで覆われたトラックの荷台の中だった。

トラックは移動しており、それは秋葉シュウも感じる事が出来た。

閉鎖された荷台の中には、秋葉シュウの他に二人の男が体育座りをしていた。

彼らは喋る事もなく、静かに座っていた。

一言も喋らないのは、国籍を偽装している為。

偽装といっても、中国系マフィアではない。

相手に国籍をわからせないようにするのは、ヤクザの常套手段。

だが、秋葉には、自分をこんな目にあわせた相手がわかっていた。そして、自分のこれからの運命も。

恐らく、このトラックは、和歌山へ向かっている。

秋葉は、そう理解していた。

昔と違って、ヤクザが死体を処理できる場所は極端に少なくなった。

昔であれば、死体を処理してくれる漁港は全国に数多くあったが、現在では、和歌山と山口の2カ所しかない。

東京から山口だと距離的にも遠い上、越えなければならない検問が兵庫と福山の2カ所存在し、警察にも同業者にもバレる危険があるので、山口の線は消える。

よくドラマや映画で、ヤクザ同士の抗争から死体があがる事があるが、そんな事はない。

漁師はヤクザより怖い。

こんな言葉が、聞かれる地方が昔は多々あった。

こう言われている場所は、間違いなく死体処理をしている漁港だ。

漁港では、魚の臓物を焼却する施設がある。

ここで、人間の臓物を焼却し、残りの死体は海に沈める。

臓物を焼却する理由は、死体を浮上させないようにするためだ。

秋葉シュウが、まだ生きているのは、臓物を焼いた時に独特な匂いが出ないようにするため。

人間の死体も新鮮なうちに血抜きをすれば、焼いたときの異臭も少なくすむ。

自分の運命を悟った秋葉シュウは、静かに目を閉じた。



大学を卒業した秋葉シュウが、最初に就職した会社は、消費者金融の会社で、当時は勢いもあり、業界は活気にあふれていた。

テレビCMをやっている会社もあったり、一部上場企業もあったりと大卒が就職しても、おかしくないような業界だ。

秋葉シュウが、就職した会社は大手ではなかったものの、条件は悪くなかった。

しかし、直ぐに状況は一変する。

弁護士や司法書士の間で言われていた過払い金バブルが到来したからだ。

これにより、秋葉の勤めていた会社はあっけなく倒産した。

行き場を失った秋葉を拾ってくれたのは、会社のケツ持ちだった、東京会品川組だった。

品川組で、ある程度仕事をこなすようになった秋葉は、ある日、組長に呼ばれた。

「そろそろどうだ?」

組長は、秋葉にそう告げた。

「俺に、組を作れと?」

「若いのを連れてってもいいぞ。」

そう組長に言われたものの、秋葉の弟分は一人しか居なかった。

ヤクザ社会では、親の言う事は絶対で、断る事は出来ない。どうだ?と聞かれてはいるが、それは決定を意味するものだ。

「ありがとうございます。親父。」

そう言って、秋葉は深く礼をした。

正直な話、組は作りたくなかった。

組長の話が終わった後、秋葉は弟分を探した。

「おい、秀。」

「兄貴。」

人懐っこい顔で、弟分は秋葉の方へ寄ってきた。

品川組で一番の下っ端である中川秀。

現在の品川組で、直系の子分であり、組に属してないのは秋葉と、この中川だけだった。

「組を作る事になった。」

「マジっすか、兄貴。」

「ああ。」

「やっぱ、兄貴は出来る人だからなあ。」

「それでだ、お前も来るか?」

「いいんすか?俺でも?」

本当は良くない。

秀は、人は悪くはない。

兄弟分の中でも、可愛がられている方だ。

が、自分の組にとなると、他の兄貴分たちも遠慮している、そんな状態だ。

ヤクザに向いてないのだ。それにアホだし。

しかし、親父に連れて行けと命令されている手前、秋葉には選択権が無い。

「当面は、俺とお前の二人だけになるが、頼んだぞ。」

「任してくださいっ!」

秋葉は、ため息をつきたい気分になった。

ヤクザが組を持つという事は、上部組織への上納金が必要になってくる。

品川組の場合は、当面、月30万。

最終的には、月50万となる。

更に、秀の食い扶持まで、と考えるとため息しかでない。

これからの稼ぎ(しのぎ)を考えると見通しは暗い。

そんな、憂鬱な時に、秋葉は、あまり好きではない相手に呼び出された。

好きではないからと呼び出しを無視するわけにもいかない。何せ相手は兄貴分。

東京会品川組若頭 品川組系目黒組組長は、秋葉を自分の組事務所に呼び出した。

ソファーに横柄に座り、直立している秋葉を睨み付けるように見た。

「おい、インテリ。組作るらしいなあ。」

「親父に言われたので。」

「ほう、お前もぬかすようになったのう。秀坊も連れてくそうじゃないか?」

「ええ、親父に言われたので、兄貴の方で面倒見て貰えるなら?」

「い、いや・・・親父が言ったんならしょうがない。」

目黒も秀は、弟分として可愛いとは思ってはいるものの、さすがに自分の組には・・・。

「でだ、まあ祝いだ。とっておけ。」

そう言って、机の上に権利書をほうり投げた。

「第2までは、取ってある。第1は自分でなんとかしろ。」

それは、土地と建物の権利書だった。

秋葉が手に取ってみると、土地には第1抵当が設定されていた。

「建物には抵当はついてないんですか?」

「ああ、まあ理由があるんだが、それ位、自分でどうにかしろ。事務所もあては、なかったんだろう?」

「ありがとうございます。」

秋葉は兄貴分に深々と礼をした。


品川組の事務所に戻ると、秀が秋葉を出迎えた。

「目黒の兄貴もいい所ありますね。」

秀は、手放しで喜んだ。

「どうだかな。訳アリ物件だと思うがな。」

「でも兄貴、ビルっすよ、ビル。秋葉組の事務所できるじゃないですか?」

「簡単な話ならな。」

秋葉は、兄貴分の目黒に嫌われていた。

秋葉が大卒と言うのも要因の一つだが、性格的にウマが合わない。それはどうしようもない事だった。


人目につかない喫茶店は、東京には多々ある。

なんでやっていけているんだろうという場所に。

喫茶店の奥に秋葉が進んでいくと、そこには見知った顔があった。

「悪いな仕事中に。」

秋葉が言った。

「気にするな、これも仕事なんだろ?」

大学の友人は、そう言って笑った。

「これなんだが、お前の所の抵当がついてるが。」

「ああ、これかあ。確か目黒組に流れたんじゃなかったか?」

「俺んところにきた。」

「そうかあ。」

「問題物件なのか?」

「まあ潰れた会社のビルなんだがな。アレだよ。」

「耐震偽装の時のか?」

「そう。だから建物には価値がない。」

「ノーしゃぶ野郎の建物はまだあったんだな。」

「表沙汰になってないだけで、一杯あるさ。」

ノーしゃぶ野郎とは、耐震偽装を指導した官僚のあだ名で、ヤクザ業界ではそう呼ばれていた。

「土地には価値があるだろう?」

「それなんだがな、そこは周りのビルに囲まれて、建て直しが出来ない。特定条件地区に認定されてしまってな。」

「最悪だな。」

「そうなんだよ。何か事業しようとしても、補強工事をやらなければならない。まあ補強という名の気休めだけどな。」

「で、お前の銀行は、どうする?」

「1800万の抵当はついてるが、そんな価値はないしな。800万てところかな。」

「もう少しなんとかならないか?」

「そうだなあ。ヤクザ物件は銀行でも敬遠されるしなあ。お前はどうするんだ?そのビル?」

「とりあえず一番上の3階には事務所を作る予定だ。」

「事務所?ついに組長か?」

「まあ組員0、弟分一人だけどな。」

「おいおい、大出世じゃないか?」

「お前に言われたくねえよ。銀行に就職なんて、中々出来ないだろ?」

「お互い消費者金融に就職したのにな。」

「お前の所のバックが銀行で、俺の所がヤクザだったのが運の尽きさ。」

「就職先なんて、他にもあったろうに。」

「まあ、そうだがな。」

「わかった。開所祝いだ。500でいい。」

「いいのか?」

「ぶっちゃけ目黒組の手に渡った時点で、諦めてたしな。500も貰えれば銀行としての格好がつく。」

「悪いな。」

「まあ、同窓のよしみだ。」

抵当権も外し、秋葉はまっさらな権利書を手に入れることが出来た。

とりあえず、中川と二人で物件を見に行くことにした。

ビルとビルの間に挟まれ、大通りからも遠く、隠れた怪しい場所へと進んでいく。

「なんとまあ。どんな会社だったんだ。」

思わず呟く。

「でも兄貴、俺達にはピッタリの場所なんじゃあ?」

「まあな。」

二人が進む裏路地に、今にも崩れそうな3階建てのビルを発見した。

「浮浪者ですかね?」

ビルの前に草臥れたスーツをきた男が蹲って座っていた。

「どうだろうな。」

二人は気にすることなくビルに入っていった。

一瞬蹲っていた男が、秋葉たちの方を見たが、特に気にすることもなく再び蹲った。

「これは相当な金がかかるな・・・。」

「どうします?」

「三階を事務所にしようと思う。」

「なるほど。」

「1階は、まあラーメン屋にでもするか。」

「こんな辺鄙な場所にですか?」

「裏路地通れば、飲み屋街からも近いだろ?」

「ああ、なるほど。」

「仕事帰りのサラリーマンも居るし。」

「いいっすね。2階はどうします?」

「まだ考えてない。」

「あ、あのう、兄貴。」

「ん?」

「2階は俺に任せてくれないでしょうか?」

「お前に?」

「はい。」

「何するんだ?」

「抜きキャバでも、やろうかと。」

「なるほどねえ。そういやお前、そういうの手伝いに行ってたもんな。」

「はい。」

「まあ、考えとく。どっちにしろ補強工事やらないと話は進まないしな。」

「そうすね。」

二人がビルを出ると、蹲っていた男が話しかけてきた。

「あんたらヤクザか?」

蹲っていた時は、年老いた風に見えていたが、話しかけてきたのは、若い男だった。

「なんだお前?ヒットマンか?」

そう言って、秀が前に出た。

「ここの会社の元社長に用がある。」

「ここの?」

「なんだ、お前、この会社の元従業員か?」

秋葉が聞いた。

「そうだ、社員でもあるがな。」

「あれか?潰れる前は、給料が株だったわけだ。」

「1円の価値もない紙きれだがな。」

「で、社長に何の用だ?」

「会社の金を持って海外に逃げたという噂がある、それを問いただしたい。」

「ああ、思い出しましたよ。兄貴、ここの社長。」

「何かあったっけ?」

「あれですよ、海外に逃げた社長を弾く仕事が前に回ってきたやつ。」

「ああ、海外の若い女と結婚して、そっちで暮らしてるっていうあれか?」

「やっぱり、噂は本当だったのか・・・。」

「結局、そんな仕事受ける組なんて居ませんでしたけどね。」

「俺がやる。」

「無理だな。」

「なんでだ?俺たち従業員は会社が潰れる半年間、無給で頑張ってたんだ。絶対に殺ってやる。俺に殺らしてくれ。」

「あのなあ、ヤクザに回ってきた仕事だぞ、堅気に回せるわけないだろう。」

「だ、だったら俺をヤクザに。」

「お前をヤクザにして、俺に何のメリットがあるんだ?」

「社長を殺った後は、あんたの言うことを何でも聞く。」

「お前、人を殺したことは?」

「あるわけがない。」

「じゃあ簡単に社長が殺せるとか思うんじゃねえよ。」

秋葉は強めの言葉で、若い男に言った。

「・・・。だ、だったら俺はどうすりゃいいんだ・・・。」

「忘れて普通に生きる事だな。」

「そうだぜ。ヤクザになんてなるものじゃない。」

秀がしみじみと言った。

秋葉はそれを聞いて、じゃあお前は何でヤクザになってんだよと突っ込みたかったが辞めといた。

「親も死んで、兄弟も居ない。金も家もない俺には、もう普通に生きるなんて。」

「簡単なんだよ。そういう方がな。何もない奴には、お上は優しいもんなんだよ。ただし、一たびヤクザになっちまえば、そういった物も失っちまうがな。」

ゴクリと若い男は唾をのんだ。

「役所に行って生活の助けを求めるのが一番の最善手だ。しかし、それでも社長を殺したいってのなら、うちの組で拾ってやってもいい。但し、百人以上は人を殺してもらうがな。それくらいの覚悟がお前にあるか?」

「・・・。」

若い男は、それ以上何も言わなくなった。

その場に若い男を残し、秋葉と秀は、ビルの前を去っていった。

「あいつ、どうしますかね?」

秋葉と二人になった秀は、聞いてみた。

「さあな。何も失う物がない分、肝は据わっていたけどな。」


ビルの補強工事も目途がついた秋葉は、1階の店を任せるべく、小汚いアパートの一室を訪れていた。

「おやっさん、久しぶりです。」

「ヤクザが俺に何の用だ?」

「田舎に帰らなかったんですね。」

「帰った所で誰も待っちゃあ居ねえからな。」

「屋台の予定は?」

「ねえよ。場所がねえからな。やれ道路使用許可だのここは商売禁止区域だの、うるせえからな。嫌な世の中になったもんだ。」

「よかったら、俺の話に乗りませんか?」

「よせやい、ヤクザの話に乗ったって碌なことにならねえ。」

「そんな、おやっさんを嵌めるような事はしませんよ。」

「まあ、俺なんか嵌めたって何もないしな。」

「実は、俺こんど組を立ち上げることになりまして。」

「へえ、そりゃあご愁傷様。」

一昔前なら、出世と言うことだが、今の世の中、上納金というものが重く圧し掛かってくる。

「3階建てのビルが手に入りまして。」

「おいおい、そりゃあすげえな。」

「まあ、訳あり物件ですが。」

「そりゃそうだろ、この東京でビルを手に入れるなんて、訳ありでもなきゃあ無理だ。」

「3階を事務所にしようと思ってるんですがね。」

「まさか俺に1階でラーメン屋やれってか?」

「ええ。」

「ヤクザの溜まり場になるんじゃねえのか?」

「ヤクザも寄り付かないような辺鄙な場所にありまして。」

「おいおい、結局やっていけなくなって、借金こさえる羽目になるんじゃねえのか?」

「引き受けてくれるんであれば、赤字は全て組で補填しますよ。まあ、おやっさんのラーメンなら、場所は関係ないと思ってるんですがね。」

「旨い話には裏があるんじゃねえのか?」

「軌道に乗ってもらえれば家賃収入が見込めますしね。」

「経済ヤクザのお前が言うからには、勝算があるんだな。」

「ええ。」

「まあ、国民年金なんてたかがしれてるし、死ぬ前にもう一度くらい勝負してみるのもいいか。」

「引き受けてくれますか?」

「ビルを見てからだな。」

「案内します。」


「本当に辺鄙な所にあるんだな。」

「ええ、隠れ家的な感じでしょ?」

「まあ、でもラーメン屋をやるには悪くないな。」

飲み屋街からも近く、近隣のサラリーマンが気軽に帰りに寄れる距離にある。

「結局のところ、ラーメンなんてのは味だからな。」

「おやっさんのラーメンなら間違いないかと。」

「ヤクザに煽てられても嬉しくねえよ。」

「補強工事と合わせて改装工事にも入りますので、要望を言ってくれれば添えますよ。」

「そうだな、とりあえずラフ画引いてみるわ。」

「設計担当決まったら、また連絡します。」

「おう。」

二人がビルを出ると、若い男が土下座した。

「誰だ、お前?」

坊主頭の男に秋葉が聞いた。

「覚悟を決めました。俺を組に入れてください。」

「お前、あの時の。」

頭を丸めていたので、秋葉はわからなかった。

「おい、兄ちゃん。ヤクザと関わるのはやめときな。碌なことになんねえからな。」

おやっさんが、忠告した。

「人を殺す覚悟も出来てます。お願いします。」

若い男は地面に額をこすりつけた。

「とりあえず、おやっさん。人手は要りますか?」

「そうだな、一人くらい居てもいいかもな。」

「よし、わかった入れてやる。後でこの住所に訪ねてこい。」

そう言って秋葉は、名刺を渡した。

「いいか、盃ってのは軽いもんじゃねえぞ。これが最終的な別れ道だと思え。いったん盃を受け取れば、抜けれないからな。よく考えて事務所に来ることだ。」

秋葉は最後通告した。

「覚悟は出来てます。」

若い男は、そう言って去っていった。

「やだねえ。前途ある若者がヤクザに堕ちていくのを見るのはよ。」

「それ、昔の俺の事ですか?」

「おめえはもう、手遅れだろ?でもあの兄ちゃんは、まだ引き返せるのになあ。」

「ですねえ。でもアイツは、来ますよ。」

「だろうなあ。」

そう言って、おやっさんは切なく感じた。


品川組の実質的な構成員は、現在、秋葉と秀の二人だけ。普段は、下部組織から若い衆が交代で常駐している。

頭を丸めた若い男が、事務所を訪ねると見たことない男が出迎えた。

「なんだてめえ?」

「あ、あのう。おれ秋葉さんに用があって。」

「シュウさんに?おい秀、何か聞いてるか?」

「あ、はい。うあっ、本当に頭丸めてる。」

秀は頭を丸めた若い男を案内した。

「兄貴、来ましたよ。」

「嬉しそうに言うんじゃない。」

「だって、組員一号でしょ?」

秀はあくまで弟分であって、子分ではない。

「最後に言っとくが、後悔はないな。」

「はい。」

若い男の決意は固かった。

「名前は?」

的場浩まとばひろしです。」

「俺は秋葉シュウ、こいつが中川秀だ。当面はこの3人体制でやっていくからな。しばらくは秀について勉強しな。」

「はい。秀さん宜しくお願いします。」

「お、おう。そういう時は、兄貴って呼んでくれ。」

「わかりました。兄貴。」

初めて兄貴と呼ばれた秀は、なんだかこそばゆいものを感じた。


覚悟をもってヤクザになったはずの的場だったが、仕事はというとラーメン屋だった。

秋葉組のあるビルの1階ラーメン屋で働く日々。

とてもヤクザと言えるような仕事ではなかった。

兄貴分の秀はというと、殆ど秋葉組にいることはなく、常に何処かの組の手伝いへと行っており、的場が何かを教えてもらうということも皆無だった。

「このままラーメン屋をやってみたらどうだ?」

店が閉まった後、おやっさんが後片付けをしながら、的場に聞いた。

「すみません、おやっさん。俺は殺したい相手がいるんです。」

「話は聞いてるがな、元社長だろ?世の中、腐った奴は星の数ほど居るもんだ。どうしてそんなに固執する?」

「俺に良くしてくれた先輩は、首を吊って死にました。他にも経済的理由で離婚せざるをえなかった先輩もいます。忘れたくても忘れられないんです。」

「せつねえなあ。一人だけいい思いしてる元社長が許せないって事か。」

「はい。」

「ヤクザに見せしめの依頼が回ってくるってことは、その元社長、ヤバい所の金も借りてるってことになる。」

「そうなんでしょうか?」

「このビルだって、権利書がヤクザに回ってたしな。」

「そういえばそうですね。」

「世が世なら、その元社長とっくに消されてるんだろうが・・・。今の世の中、ヤクザもわざわざ面倒くさいことしなくなったからなあ。」

「だからこそ、俺がやらないと。」

「せんないことだなあ。」

おやっさんは、しみじみと言った。


深夜、3階の組事務所で、秋葉とおやっさんは二人で酒を酌み交わしていた。

「的場のやつはどうです?」

「よく働いてくれてるよ。」

「それは何より。」

「ただ、まあ・・・。」

「元社長を?」

「ああ、決心は固いようだ。」

「そうですか。」

「どうするつもりだ?」

「弾く話が回ってくれば受けようと思います。」

「そうか・・。」

「このままラーメン屋をやってくれても俺は構わないんですが。」

「そうもいかんだろうなあ。恨みつらみってのは、忘れるのが一番だと俺は思う。ただ忘れられないのが人だからなあ。」

「人がそんなに簡単な生き物なら俺たちヤクザは居ないと思いますよ。」

「せんないことだなあ。」


秋葉が秋葉組を立ち上げたため、品川組の事務所に常駐する者は居なくなった。それ故、毎日交代で下部組織の若手が、事務所の番をしていた。

今日は、秋葉組から秀と的場の番だった。

「この事務所、普段は誰も居ないんですね。」

「ああ、俺と兄貴が出てったからなあ。」

「組長さんは?」

「親父?親父は入院してるよ。」

「お体が悪いんで?」

「ガンだそうだ。多分、自分がガンだって診断されたから兄貴に組作れって言ったんだと思う。」

「?、品川組だって、人が居なけりゃあ跡継げないんじゃ?」

「品川組の若頭は目黒の兄貴だから、次の組長は目黒の兄貴だよ。」

「えっと・・・。よくわからないんですが、目黒組の組長さんですよね?」

「ああ、そうだよ。」

「でも品川組の若頭なんですか?」

「そうだよ。兄貴だって品川組の幹部だし。ヤクザの世界ってそんな感じだ。」

「品川組の組長さんが、親父を独立させる意味があったんですか?」

「まあ、あれだ。兄貴と目黒の兄貴は仲が悪いから・・・。親分と子分の関係になると、色々とな・・・。」

何やら複雑な事情があるようだが、的場にはよく理解できなかった。

「おう、ちゃんとやってるか?」

目黒組組長が品川組の事務所に顔を出した。

品川組若頭でもあるから、別段変わった事ではない。

「兄貴、ちわっす。」

「こんにちは。」

的場は勝手がわからず、丁寧にお辞儀した。

「そいつが、インテリのとこの新しい奴か?」

「はい、的場って言います、おい的場、目黒の兄貴に挨拶しな。」

「はい、的場浩といいます。」

「へえ、いい目してるな。インテリには勿体ないな。困ったことがあれば、いつでも俺に言いな。目黒組に入れてやるよ。」

「ちょっと兄貴。俺にはそんな事言ったことないじゃないですか?」

「そ、そりゃあ。お前は品川組の組員だからな。下部組織に入れれる訳ないだろ。」

「そうなんですか?兄貴が品川の跡目をついだら、俺は子分って事になるんですよね?」

「当たり前だろ?そん時は、直ぐに呼び戻すからな。覚悟しとけよ。」

と、調子のいいことを言う目黒組組長。

「はい。」


品川組の総会は月に1度、行われる。

下部組織の経過報告や、東京会からの仕事の依頼があったりと、普通の会社の会議とそう変わりはない。

今は、組長が入院中の為、総会を仕切っていたのは目黒組だった。

総会の進行は、目黒組の若頭が務めていた。

「次に、前に回ってきた海外に逃亡した元社長を弾く話ですが。」

秋葉がすっと手を挙げた。

周囲がざわつく。

「シ、シュウさん。シュウさんの組で受けるつもりですか?」

目黒組の若頭が聞いた。

「毎回流してたら、東京会にも悪いだろ?」

「おい、インテリ。誰に殺らすつもりだ。」

目黒組組長が言った。

「ご心配なく、うちの若いのは一人しか居ませんし、秀にこんな端した仕事はやらせませんよ。」

「いいか、こんな端した仕事はな、流したって東京会から何か言ってる事なんてねえんだ。無理してやる必要がない。」

「まあ、そうでしょうね。」

「今のご時世、ヤクザになるような若い奴は、貴重なんだよ。こんな端した仕事なんかやらせるもんじゃない。」

いつになく、熱く語る目黒組組長。どうやら的場の事を気に入っているようだ。

「うちの若いのは、この的の会社の元従業員です。」

「因縁があるのか。」

「はい、残念ながら。俺も目黒の兄貴が言われるように、殺らしたくはないんですが。」

結局、秋葉組が依頼を受けるということで話は終わった。


総会が終わり、引きあげようとしたシュウを、目黒組若頭が呼び止めた。

「シュウさん、すみません。実はお力沿いを願いたく。」

「兄貴は?」

「もちろん、親父も承知です。」

「なら聞こうか。」

「実は、ある企業から依頼がありまして。」

依頼の内容は、端的に言えば煽り運転をして欲しいという依頼だった。

「なるほど、もっと特需が欲しいってことか。」

「そうなんですよ。ただこんな仕事の実行犯に組員は使えませんし、関係する人間も使えません。」

「そりゃあそうだな。ヤラセがバレたら、それこそ大問題になるからな。」

「何かいい手はないかと。」

「わかった。考えておくよ。」

「すみません。」


シュウは、まっすぐ組へとは帰らず、郊外にある、とあるマンションを訪ねた。

「丸藤生きてるか?」

ゴミだまりのような部屋をかき分けて入っていく。

「辛うじて生きてますよ。」

「ほれ、焼肉弁当。」

そう言って、シュウは手に持っていた焼肉弁当を渡した。

「ありがたい。」

「金は腐るほどあるんだから、もっといいとこ住めばいいのによ。」

「ネットがあって、寝るとこがあれば他は特に。」

「相変わらずだな、お前は。」

「まあ俺みたいに執着がないから、警察にもヤクザにも見つからないんですよ。」

「俺には見つかったじゃねえか。」

「シュウさんは、ちょっと頭おかしいから。」

「アホか、そこは頭が回るって言え。」


丸藤とシュウの出会いは7年前に遡る。

当時、警察の裏金とヤクザの表に出せない金がネットバンク上から忽然と消えた事件があった。

警察は裏金だった為、表立った捜査は出来ず、ヤクザに情報提供するに留まった。

サイバーテロの前科がある者、ネットでの侵入前科、これは表立った前科だけでなく、注意を受けた者も含まれる全員の個人情報がヤクザに流れた。

しかし、結局犯人は見つかることは無く、数十億の金の行方も分からなかった。

シュウは、アメリカの伝手を辿って、アメリカの大学の卒業名簿を手に入れた。

ヤクザの金だけならまだしも、警察の裏金も狙われたことから、シュウは犯人を日本人と決めつけた。

アメリカのコンピュータ系の大学を卒業し、犯罪経歴が真っ白で、この事件を起こせそうな人物、そして日本に在住する者は、丸藤しか該当しなかった。

丸藤に目星をつけたシュウは、丸藤を監禁し脅した。

結果、シュウは数億の金と丸藤という人材を確保できた。

いくらネットバンク上の金と言っても、額が額であり丸藤一人では、現金化するのは不可能で、アメリカとロシアに協力者が居た。その為、丸藤の手元には数億の金しか残っていなかった。

当時は、仮想通貨の走りであり、シュウは、丸藤を通じてロシアとアメリカに取引所を開設させた。現在は東京会のマネーロンダリングとして機能している。

それ以外では、仮想通貨を利用したカジノをマカオのWEB上にも開設しており、日本からもアクセス可能でかなりの額を動かしている。

「カジノの方で金が回らなくなってるような奴は居ないか?」

「居ますよ。」

仮想通貨カジノの良いところはマイナスが無いところ。持っている通貨しかベット出来ないのでマイナスがない。

「負けがこんでて、新たに1千万の仮想通貨を購入した奴が居ます。多分もう火の車じゃないですかね。」

シュウは個人情報を仕入れると、部屋を後にした。ここには長居すると関係がバレる可能性がある為、いつも直ぐに引き上げる。

「あ、そうそう。ドライブレコーダー関連の株を買っておいてくれ。」

「は?今は天井から若干は落ちてますが、高いままですよ?」

「有り金全部よろしく。」

「ま、まあ。シュウさんが言うなら。」

シュウは帰り際に指示を出した後、マンションを後にした。


数日後、シュウは、目黒組の事務所を訪れた。

「すみません、シュウさんわざわざ。」

目黒組の若頭が出迎えた。

「気にするな。それよりこいつ何だが。愛知の人間で結構つまんでる感じだな。」

そう言って、資料を渡した。

「結構あちこちからつまんでますね。」

「愛知の大村のオジキに頼むといい。」

「なるほど。」

「組との関りがバレるのは、まずいから2つくらいかました方がいいな。」

「わかりました。大村のオジさんに頼んでみます。」

「あとは煽って襲わせるなら、大手のトラックにしとけ。」

「大手のトラック?」

「大手であれば、ドライブレコーダーは必ずつけてるだろ。」

「なるほど。」

「まあ、これ位かな。」

「ありがとうございます。」

「今日は兄貴は?」

「親父は出かけてますよ。」

「そうか、悪いんだが頼まれてくれるかな。」

「はい、何でしょう。」

「フィリピンの講習を手配してくれるか?」

「わかりました。本気であの仕事やるんですね。」

「まあな。勝手にやってお前が怒られてもしょうがないから、兄貴にはちゃんと言っとけよ。」

「はい。」


後日、シュウはテレビをみて口が閉じられないほど驚いた。まさにあんぐりしたという感じで。

「兄貴、テレビ見ました?ポン刀持った馬鹿の映像。」

ポン刀を持って、ドライバーを脅すチンピラがドライブレコーダーに撮られてテレビで何度も放送されていた。

「どっから、ポン刀なんて仕入れたんでしょうね?」

「そ、そうだな・・・。」

シュウが調べた限り、建設系の一人親方で、裏の繋がりは一切ない。

大村組も関係を知られたくないだろうから、そっちから流れた可能性もないはずだが。

シュウは心配になって目黒組の若頭に連絡を取った。

「あ、シュウさんですか、テレビ見てもらえましたか?」

「あ、ああ。ポン刀なんて持ってたが大丈夫か?」

「大成功ですよ。うちのクライアントも喜んでます。」

「大村のオジキの所に迷惑は掛からないだろうな?」

「ああ、大丈夫ですよ。この馬鹿、ポン刀とか非合法に収集してたらしいです。あと口調を聞いてもらえばわかると思いますが、薬もやってるみたいですよ。」

「とんでもない奴だな・・・。」

「いい馬鹿を紹介してもらってありがとうございます。」

「ま、まあ上手くいったならいいよ。」

「あと講習の件、出来てますんで。」

「ああ取りにいかしてもらうよ。」

「いや、そんなこっちから行きますよ。」

「まあ兄貴にも挨拶しときたいし。」

「そ、そうですか。じゃあ親父の機嫌がいい時に連絡させてもらいます。」

「ああ、宜しく頼む。」


後日、シュウが目黒組に出向こうとした時に丸藤からメールがあった。メールの内容は。

「20 全」

とだけ書いてあった。

購入時の金額の120%で全部売ったという意味だった。今回の事件で数億の利益をあげたことになる。

目黒組につくと、いつものように若頭が出迎えた。

「わざわざ、すみませんシュウさん。」

「こっちが頼んでるんだから気にするな。」

「こないだの件、報酬を振り込んどきますんで。」

「いいよ、気にするな。」

「勝手なことするんじゃねえぞっ!」

組長室の扉を開けて、目黒組組長が顔をだした。

「しかし、親父。シュウさんに紹介して貰って上手くいったんだし。」

「そいつが、何もして無い訳ないだろがっ!おいインテリ幾ら儲けた?」

「たかが20%ですよ。」

幾らとは言わなかった。

「ほらな。しかし20%って、40%は上がってんだろ?」

「うちは、程よくを心掛けてるんで。」

「ふんっ、売れるうちにさっさとうっぱらおうって事だろ?」

「ええ、兄貴の言う通りです。」

「まあいい、インテリ、こっちにこい。」

シュウは、若頭に軽く手をあげ、報酬は気にするなと言って、組長室へ入っていった。

「座れ。」

そう言って、目黒はシュウにソファに座るように言った。

「失礼します。」

そう言って腰をおろした。

「フィリピンの研修の件、これにまとめてある。」

そう言って、封筒を投げ出した。

「お手数をかけて申し訳ありません。」

「本当に殺らすのか?」

「ええ、まあ。前にお話ししたように、的場には的と因縁がありますから。」

「そうか、お前、うちの一番若い衆憶えてるか?」

「1週間で居なくなった奴ですか?」

「ああ。あまりにも仕事が出来ないんで、一発小突いたら来なくなりやがってよ。仕方ないから若い衆に迎えに行かせたら、サツに駆け込みやがった。」

「どっかからの紹介で?」

「いや、自分から来た奴だ。」

「とんでもない奴ですね。」

「まあ、そういう時代だって事だろ。嫌な時代になったもんだな。」

「まあ、俺たちの時代も碌なもんじゃなかったですけどね。」

「ありゃあ品川組の暗黒時代だろ。今、あんな事あったら、若い奴は一人も続きゃしねえよ。」

「あの時代だって、俺の後は皆、逃げ出しましたよ。」

品川組は、シュウが入ってから、秀が入るまで直系の組員は一人も残ってなかった。

「俺たちにとっちゃあ、クソみたいな時代だったな。」

「本当に。」

そう言って、二人は昔を懐かしんで笑った。

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