プロローグ
この世界に来て、冒険者としては、駆け出しペーペーのシュウが、踏み入れたダンジョンは、外観は普通のダンジョンだった。
地下1階と地下2階では、モンスターと呼ばれる敵も存在しない。
しかし、3階へ降りる階段を見つけて、シュウは立ち止った。
濃い霧が視界を遮り、尋常じゃあないくらいの圧力が襲い掛かる。
「ダンジョンの3階ってレベルじゃあないだろうに。」
それは、決して踏み入れてはならないという警告に他ならない。
ペーペーであるシュウが踏み入れるレベルではない。
それでも、シュウは先に進むしかなかった。
行方不明になった恩人を探すために。
この世界に来て色々と世話をやいてくれた恩人。
その恩人がこのダンジョンで行方不明になったのだ。
いや、恩人だけじゃあない。
このダンジョンで、多くの行方不明者が出ている。
今では、危険指定を受けており、このダンジョンに挑もうとする愚か者も殆どいない。
3階へ降りながらシュウは思った。
【これは普通の人間では、無理だな】と。
3階にもモンスターは居なかった。
かなり広い部屋を見つけて、シュウは足を止めた。
そこには石造りのベッドが、50いや100はあるだろうか。
ベッドには人が置かれていた。
身動き一つしない人々。
そんな中に、恩人を見つけた。
「人がこのような所に何の用だね?」
気配もなく表れた人型をしたもの。
「知り合いを探しに。」
「よく来ることが出来たね?普通の人には無理だと思うのだが?」
「一人でいい。たった一人でいいから返して貰えないか?」
相手は人ならざる者。自分が敵わないのは見ればわかる。
相手は、シュウの問いには答えず、間合いを一気に詰めてシュウを殴った。
恐ろしいほどの力で殴られたシュウは、壁に激突した。
「ふむ、お前、人ではないな。」
壁に埋め込んだ状態から、埃を払ってシュウは起き上がる。
「ここに踏み込んだのは謝罪する。一人だけ返して貰えないだろうか?」
人ならざる者は、シュウの話は一切聞かない。
いつのまにかシュウに近寄り、シュウの体を探り出す。
「ほう、継続魔法か。体は硬化してあるな。ふむ、魂を定着させているのか。実に面白い。」
「俺を実験材料にしたいなら、それでも構わない。一人だけ、助けてもらえないか?」
シュウの言葉も人ならざる者には届かない。
「よし、お前は魂の実験材料にしよう。そうしよう。」
「こちらの要望は受け入れて貰えないわけか。」
腹をくくるしかなかった。
腰のショートソードを抜く。
相手は身構えるわけでもなく、なんと後ろを向いて何か考えだした。
シュウは一気に間合いを詰めて、ショートソードを突き刺した。
いや突き刺さることはない。
見えない障壁に阻まれて。
「しかし、ここに侵入する者が後を絶たないのは、結界が弱いせいか?」
そんなことを言いながら、シュウの攻撃には無関心だった。
「化け物め。」
何度も何度もショートソードを突き刺すが、見えない障壁に阻まれる。
「ふむ、君、鬱陶しい。」
そう言って、コバエを払うかのような動作で、シュウを吹き飛ばす。
再び壁にのめり込むが、シュウは引き下がらない。
ショートソードを持ち何度も突きかかる。
「そういえば、魂を定着した人形というのは気絶するのだろうかね?」
人ならざる者は、シュウをまじまじと見つめた。
そして、迸る雷撃を食らわす。
「なるほど。効かないのか。厄介な体をしているね。」
シュウは、ショートソードを構えて対峙しているが、もう為すすべがない。
相手が攻撃に飽きてくれるのを待つくらいしか。
「では、これはどうだろう?」
そう言って、人ならざる者は、光球を作り、それをシュウにぶつけた。
自分の周囲に光が纏わりつくのをシュウは視覚でとらえた。
これが何だというのか?と思い始めた瞬間。
「ぐ、ぐあああああああああああ。」
激痛が全身を駆け巡る。
この世界に来て、今まで痛みを感じたことは一度もない。
「なるほど、やはり精神への攻撃は効くようだ。」
人ならざる者に戦っているという感覚はない。現在も実験をしているだけだ。
激痛が、魂を揺さぶり、そして意識が途切れる。
「なるほど、気絶はするようだね。それでも魂は定着していると。」
誰に言うわけでもなく、自分で確認するためだけに呟いていた。
「面白いものだね。継続魔法ピノキオというものは。」
人ならざる者は、まるで子供が欲しい玩具を手に入れた時のような眼をしていた。
動かなくなったシュウを片手で掴み。
「これは、ここではあれだから。」
そう言って、何もない所にゲートを開き、シュウを何処かへと送った。
再び自分の実験に戻ろうとした人ならざる者は、背後の暗闇に目をやった。
「今日はやけに来客が多いね。」
「遅かったか。」
暗闇から姿を現したのは、見た目は幼い少女だった。
「黒の魔法使いが何のようだい?」
「人形を取り返しに来たと言ったら?」
「それは出来ない相談だね。それにもうあちらへ送ったよ。」
「ちっ。」
「用がなければ帰ってくれないか?私も実験が忙しいのでね。」
黒の魔法使いは、石造りのベッドを見渡す。
その中に鎧を身に纏った女騎士を見つけた。
「あれを返して貰いたい。」
そう言って、女騎士を指さした。
それは、シュウが取り返したかった恩人でもある。
「嫌だと言ったら?」
シュウの時とは違い、今回は会話が成立していた。
「力づくで。」
そう言って黒の魔法使いは、間合いを詰めて人ならざる者を殴った。
やはり見えない障壁に阻まれはしたが、それごと人ならざる者を吹き飛ばした。
壁に大きな窪みが出来る。
「まったく、魔法使いというのに肉弾戦かね?」
人ならざる者は傷一つついてない。
「ダンジョンが吹き飛んでもいいなら魔法を使うけど?」
「制約を受けし、魔法使いが魔法を?」
「試してみようか?」
そういって、黒の魔法使いは笑う。
「辞めだ。実験に差し障りがでるからね。いいよ、一人くらい持っていけば。」
黒の魔法使いは、女騎士を担いだ。
「こんな浅い階層に実験場を作るなんて、何を考えている。」
黒の魔法使いが、人ならざる者に問う。
「だって、その方が実験材料が集まりやすいだろ?」
何故そんな当たり前の事を聞くのかと言わんばかりに人ならざる者は答えた。
ダンジョンを出ると二人の若い男性がいた。
黒の魔法使いが女騎士を地面に降ろすと。
「か、母さん。」
そう呼んで、女騎士の元に駆け寄る。
一人がポーションを飲ませると。
「う・・・。」
女騎士は目覚めた。
「母さん、黒の魔法使いが母さんを。」
「エレノアが?」
女騎士は、黒の魔法使いをそう呼んだ。
「あ、あのう。シュウさんを見かけませんでした?」
一人の若い男が、エレノアに聞いた。
「あっちの世界に連れていかれた。」
「なっ、シュウが?そう言えば、他のパーティーメンバーは?」
女騎士は、共にダンジョンを探索したパーティーの心配をした。
「諦めることね。」
「ふ、ふざけるな。」
「今はもう地下3階は、神の領域よ。人が踏み込んでいい場所じゃない。」
「・・・。」
「昔の好でせっかく助けてあげたんだから、私の努力を無駄にしないでね。」
「シュウは、どうするんだ?」
「あれだって人じゃないんだから、そう簡単に壊れたりはしないでしょう。」
「えっ、シュウさんって人じゃないんですか?」
若い男性は、驚いてそう言った。