第8話 3本の矢が優秀すぎてヤバい!
余りに突然の事でクラスに静寂が訪れる。
教師が突然追いかけっこを始めるという常軌を逸した事態に皆、呆けていたのだ。
とは言え、その静寂もほんの10秒ほどで破られる事となる。
「あぁ、そういう事ですの。潰して差し上げますわ。瞬間転移」
マリアの足元に彼女の体を包み込みようにして、淡い赤色の魔法陣が浮かび上がり、数瞬後には視界から消え去っていた。
それと同時、クラスの止まっていた時間が動き出す。
次に動いたのは、扉から最も近い席に座っていた、身長2mは優に超えようかという体格のいい《竜人族》の男だった。机から飛び出し、一目散に扉へと駆け出す。
周りを見回してみれば殆どの生徒がそれに釣られ、負けてられるかと立ち上がり、我先にと扉から出ようとしている。
が、この教室にドアは一つしかない為、全員が出るにはまだまだ時間が掛かるようだ。
シロに目配せをするとこくりと頷き扉とその周囲で足踏みしている生徒を観察し始めた。
さっすがシロ、この状況でこっちの意図に気づいてくれる。
一応妖精ちゃんにも目を向ると、小さな腕を組みながら目を瞑ってらっしゃる。
何も言うつもりは無いらしい。 ……過去の行いが原因? いやいや、これは本当に俺のためになることだからこそ静観をしている……のだと信じたい。
『童心に帰って追いかけっこをしよう!』
とかいう生産性のかけらもない事が後期最初の授業だったりしたら悲しいものが……
少しすると最後まで残って居た黒縁眼鏡をかけた黒髪の女の子が扉の目の前でずっこけて、顔を赤くしながらいそいそと教室から出て行った。
「シロ!」
「分かってます!」
机から立ち上がった彼女は持ち前の瞬発力を活かし、一気に扉へと近づき、そしてそのまま軽い回し蹴りでドアを閉める。
軽いとはいえ、飛んだ勢いをそのままドアへと流しているので空気の壁を破って音速を超えちゃったドアが爆音を出して閉まった。
んー微妙にドアが歪んじゃってませんかねこれ?
というかよく閉まったな
ま、一応しっかり仕事はしてくれた訳だし、親指を立てて
「シロ、グッジョブ」
「グッジョブじゃない!」
クラス居残り組のミリアからツッコミが1件
「大体シロちゃんも強く閉める必要無かったじゃない。多分先生に見られた訳だし、これ言い訳出来ないわよ?」
「あ、あははー。一応生徒に紛れて先生が部屋を出ることは無かったと思います」
と頬を掻きながらシロが席へ戻ってくる。
一応周りを見渡して見れば居残り組は俺たち3人だけ、残りは全員本棟を探しに行ったみたいだ。
「シロは俺と同じ考えだとして、ミリアもこの教室に居ると思うか?」
「そう思うんだけど、そうなるとマリアちゃんがなんで動いたのかが引っかかるんだよね」
「そこなんだよなぁ」
マリアは決して頭が悪い訳ではない。むしろかなりいい方だと思っている。
そんな彼女が何故この教室から出たのか、何に気づいたのかが俺たちには分からない。
「とりあえず状況を整理しよう」
「まず最初に先生が消えたとこですね。扉を開け、そして恐らく精霊魔法で姿を消した」
席に座ったシロが目を上げて思い出すように言う。
「精霊魔法ってそういう細かいことも出来るのか?」
こういう時はやはり《エルフ族》のミリアが詳しいだろう。
ミリアの方に視線を移すと首を振って彼女が話し始める。
「まず精霊魔法ってのが何かを説明し直そっか。精霊魔法ってのはこの世界に存在する精霊にお願いして魔法を発動してもらうの。
精霊が魔法を代わりに使ってくれるから私達《エルフ族》には魔法陣は要らないんだけど、対価として精霊は私たちの魔力を貰う。
って言っても私も精霊が見える訳じゃないし、何となくそこに居るんだろうなってのが分かるくらい。お願いも頭の中でイメージしたのをやって欲しいなぁって何となく思うだけで勝手にやってくれる感じなの。結構感覚的な部分が多いから伝わり辛かったらごめんね」
この中で何が厄介かというと《エルフ族》以外はそもそも精霊を認識する事すら出来ないと言う点だ。
彼女達はお願いと言ってはいるのだが、イメージを脳内で伝え、完結させる為、喋る事もせず、魔法陣も展開せず、尚且つ精霊の場所も分からないためどこから、いつ魔法が飛んでくるか予測が出来ない。
精霊魔法とは聞けば聞くほど強いのだが、それなりの弱点があったりする。
「んで、さっきのレイ君の質問ね。私の考えだと多分無理だと思う。精霊が使えるのは、《火》《水》《風》《土》の4属性。これを工夫して複合すれば確かに姿を消すことは可能だと思うけど、それだと匂いが残って《獣人族》の鼻に引っかかると思う。仮に風の流れを調整して私達の方に匂いが行かないようにしたとしてもそれを見逃すシロちゃんじゃないからね」
ミリアがシロの方に視線を流す。
シロにも先生が消えた事をどう感じでいるか喋って欲しいのだろう。
少し考える仕草したシロは、うーん大丈夫かな、と小さな声で呟いた後、話し始める。
「私の勘だと風を操って匂いを消そうとはしていないと思います。
もう一個言っちゃうと私の勘は姿を消したというより私達の認識出来ない存在に変わったと言っていますし、精霊魔法で起こした現象という事にも違和感を感じています」
《獣人族》の持つ第六感というのは極められた直感ようなもので、彼らの勘は恐ろしい程に鋭い。
その中でもシロは銀狼族。《獣人族》の中でも特に第六感と瞬発力に優れた種族と言われており、シロの第六感は最早予言と言っても過言ではない。
「シロちゃんの勘が言うなら間違いないね。裏付けすると精霊魔法の最大の弱点は複雑な魔法を扱うことが難しい事、相手にイメージを伝えるのは複雑になればなるほど難しいから、姿を消して、尚且つ風向きまで調整する。先生が相当な実力者ってのはよく聞くんだけど、それでも不可能だと思う」
「まず先生ってどんな人なんだ? 俺とシロは《エルフ族》っていう事以外知らないんだが」
「あ〜そうだね。どこぞの変態が人を馬鹿にしたせいで完全に頭から抜けてたや」
鋭い目で睨まれた。
完全な被害妄想で頭突きを食らってその上で睨まれるとは……もう少し大人な体だったら悪戯もする気が起きたんだがなぁ
余りに体が貧相すぎて
「レイ君その憐れみの目は一体何なのかな?
あーもう話が進まないや。えっと先生ね、とりあえず名前はメア先生、下は私も知らないわ。
直接的な面識も無いんだけど、彼女もレイチェル魔法学院出身でランキングは1年生の頃から常に1位。
卒業してからは100年くらいぶらぶらと放浪した後に1位の報酬を使って学院の先生になったんだって」
お、おう。思っていた以上に凄まじい経歴というか、1年からずっと1位って何というか
「なんかマリアちゃん見たいだね」
「実力は下手すればマリア級、もしかしたらそれ以上もあることも……捕まえるの無理じゃね?」
「まぁ純粋な力だと今の私達じゃ厳しいんだろうね。取り敢えず捕まえる事を考えるのが後にしても、何か先生が姿を現わす条件があるって考えて良いんじゃないかな?」
「条件かー、パッとは出てこないなぁ
シロは何か思いついたりするか?」
軽い感じでシロに振ったが彼女は目に涙を溜め込み、苦しそうな表情で立ち上がり、
「第六感のお陰で分かるんですけど、多分これはレイさん達が自分で見つけるべき答えだと思うので、ごめんなさいっ!!!」
首が吹っ飛ぶんじゃないかって勢いで体を折って謝った。
うおっこの思い悩んでる表情はまずいパターン
とにかくフォローせねば
「だ、大丈夫だって、俺たちの事を思って言わないだけだもんな。ありがとうシロ」
そういうと彼女はゆっくりと背筋を伸ばすのだが、顔は俯いたままで
「……うぅ……ぐずっ……レイさぁん」
わ、思いっきり泣いちゃってるよ
お、おいミリアお前友達だろ! お前もなんか言ってカバーしろよ!
視線で訴えかけた俺だったが、ミリアは首を横に振って何もする様子はない。
お、俺にどうしろと言うんだ。
「わたしっ……わたしっ……2人に嫌われたらどうしようって……どうすればいいか多分全部分かってるんです……でもっ……でもっ……やっぱり2人に嘘を付くのが苦しくて……教えたいけどそれじゃ2人の為にならないし……うぅ……」
あーそっか、シロの第六感ってこういう謎解きとかで抜群に強いんだよな……最初っから分かってたけど必死で俺たちに話を合わせてくれていたのだろう。だが、正義感の強い清純系美少女シロちゃんは隠し事をしている罪悪感に耐えられなかったのか……
立ち上がった俺は俯いているシロに抱くように両腕を回し、話しかける。
「俺達の為に必死に我慢してくれたのに嫌う訳無いだろ? シロは俺がそんな屑野郎に見えるか?」
「人の胸に触る屑野郎」
ミリアから冷や水をかけるような罵声が飛んで来るがお前には聞いていない。今は無視だ。
首を下げてシロの方を見ると必死にちっちゃな頭を横に振って思ってないとアピールをしている。
「だろ? なら俺たちを信用しろって、な!ミリア!」
ふふふ、ミリアよ、お前も友人なら何かするんだ。上手く纏めてシロを元気付けるんだ。お膳立てはしたぞ?
「そうよシロちゃん!私達の絆はこんな事で切れる訳ないじゃない!」
お、思っていた以上に演技くせぇ
まぁ俺たちがシロを嫌う訳がないと言う事は十分伝わった筈だ。
「レイさん……ミリアちゃん……ありがとうございます……ぐずっ……」
泣き顔なんて見られたく無いだろうし、暫くは俺の腕の中でゆっくりしていててくれ。実はもふもふな銀髪の触り心地と匂いが素晴らしすぎて俺も離したくなかったりする……役得!
暫くしたらシロも泣き止んで
「えっと答えられない事は答えられませんって言いますね。出来れば私の表情とか返答から答えを予測するって事はやめて欲しいです」
「了解っと、まとめると先生が現れるには条件があるんだよな。それを考えようか」
っていうかこれじゃ追いかけっこじゃなくて隠れんぼだな、そう思いつつも俺は思考の海を潜って行く。
ここまで読んで下さった皆様に格別の感謝をm(_ _)m
ミリアに何故マリアの胸を触ったことがバレているのか!?
閑話でレイが気絶していた間のお話とかも書いてみたいれす