天然姫の素敵すぎる妹
二年生になって、教室の階が三階になった。
ここ十越高校の校舎は四階建てで、一年が四階・二年が三階・三年が二階となっている。
教師陣のいろんな考えがあってこのような設計になっているそうだが、こっちとしては階段登る数が減ってラッキーだ。
女性陣のパンチラが見えるチャンス減少は惜しむべきことだが、それでも楽なのは良い。
腹を下す機会も減ることだしな。
今日からは二年A組だ。俺の席は窓際最後尾。
教室から見える景色が一段下がっただけで、一年の頃と比べても特に変化はない。
「よぉし、全員揃ってるな。HRやるぞー!」
ガラッと教室のドアを開けて入ってきたのは、鬼の進路指導教諭こと坂崎先生。
オールバックの黒髪に、スーツの上からでも分かる筋肉。
愛用のネクタイは筋肉の柄が施されている。奥さんからのプレゼントだという噂もある新婚さんでもあるのだが……。
どんな不良生徒でも、一週間あれば更正させてしまうほどの手腕を持っているおっかねー人だ。
進路指導の坂崎か……二年の初っ端からついてねー。
教壇に上がった鬼教師は荷物を机に置くと、早速HRを――始めない。
「今日はHRを始める前に転入生がいるからな。紹介しておこう。入ってきなさい」
偉そうに腕組みをして出入り口の方を見やる。
転校生!?
そんな情報初耳だが……
まぁ男でも女でも、良いやつなら構わない。
……やっぱ女の子が良いな。
そうしてドアが開かれ、そこから姿を現したのは――
「んなっ!?」
『きゃあああああああああああああああああああ! バジル様よ!』
前方に座る女子がそう騒ぐやいなや、教室にいるほとんどの人間が歓喜の声を上げた。
動くたびに揺れる髪の毛はサラサラとしていて、遠目でも手入れが行き届いていることが分かる。
また、彼女が着ると、うちの制服じゃないみたいにその衣服は映えた。なんつーか……これシルクでできてんじゃねーか、みたいな。凡人が百円の回転寿司なら、彼女の場合は回らない寿司の大トロみたいな感じだ。
最近、急激に認知度を増し、ファッションモデルなんかに全く精通していない俺ですら、毎日テレビで見かけるクールビューティーなカリスマ性。かっこよすぎる女子高生。
この有名すぎる転入生の名は、皇バジルだ。
苗字から分かるように、ティアラちゃんの妹でもある。
姉妹揃ってなんちゅー美貌だ。
同じ人間なのかも疑えてしまうような人類の完全体が、壇に上がってゆっくりと教室を見渡す。
何かを探している? じっくり一人一人に目を合わせているみたいだ。
女子の中には、声にならない声を上げて悶えているやつまでいる。
こうして教室を見渡すと、最後に目に留まるのが窓際最後尾にいる俺になる訳なんだけど……
ピタッ。
やっぱり俺で止まったね。
「えーと皇。改めてで悪いが、自己紹介を――」
キッ!
「ひぃっ」
俺に注意を向けていたバジル様は、担任に話しかけられるとその視線を隣に移し、鷹のような目で威嚇した。
獲物の気分ってのはこういうもんなのかもな。俺が直接見られたわけではないのに、悪寒がこっちまで伝わってくる。
カエルに狙われたトカゲ。蛇に待ち伏せされたカエル。人間の道に出てしまった蛇。
私に指図するな。
そんな意思の込められた睨みだ。
「自己紹介を、なんだ?」
「いや、自己紹介を……してもらえないでしょうか」
あの鬼教師が、生徒相手にあそこまで下手に出るとは……
それだけの気迫が彼女にはあるということか。
「ふんっ」
バジル様は仕方ないと言うように無言で後ろの黒板に名を刻むと、簡単に挨拶をした。
「名は皇バジル。世間では私のことを過大評価する輩が多いそうだが、私も、皆と同じ人間だ。これから一年間、よろしく頼む」
暫しの沈黙。
それから、
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!
溢れ出すような大喝采。
それに応えるように、手を挙げるバジル様なんだが……
ずーーーーーっと、俺のこと見てるのね、やっぱり。
すっごい気まずいから何度か視線を逸らしたりしてるんだけど、何度見ても目が合いやがる。
拍手が止むと、担任がおそるおそる席に着くよう促した。
やっとあの視線の呪縛から解かれる。
なんかずっとあの目で見られてると背筋がぞわっとするんだよな。殺気でも込められてるような感じ? いや、俺そういうの感じられるような達人とかじゃないけど。
「じゃあ皇……さん。空席に座ってく――ださい」
怯えすぎだろ坂崎教諭。歯がガッチガチしてるのが遠目でも分かる。
おっかない完璧超人が座る席ねぇ――
「担任よ、私の席はどこだ?」
「静寂音の隣です」
俺の隣かぁ……
静かに、だが鋭くすぐ隣までやってきたバジル様は、音もなく席に着く。
「これからよろしくな」
「え!? あーはい! よろしく――」
差し出される手。
傷やシミ一つ無い、手入れされきった手だ。
触ったらこっちまで浄化されそうなくらいには美しい。
ギュッ。
でもさ、普通の握手って、こんな握力測定みたいに力強くするものだっけか?
グリグリグリグリ。
それと勘違いかも知れないけど、足の甲も力強く踏まれている気がする。
なんで俺、初対面の女の子にこんなにも嫌われてるんだろうね。
ん? 初対面?
自分で思ってみて気付いたが、本当に初対面か?
――否。
この人と俺、どこかで会ったことあるな。
正確に言うと三年前。俺が毎日のように通っていたバーガーショップで、一緒に美食について語り合った女の子にそっくりだ。
あの時は食料危機にもなってなくて食に興味を持っているやつも少なかったから、彼女のことはよく覚えている。
俺以外にも食べ物愛を分かち合えるやつがいるんだな……って。
「なんだ? 私の顔に何か付いているか?」
「ああいや。もしかしてあんた、三年前の――」
「はい、じゃあHR終了な。次の時間の準備遅れるなよー」
俺の言葉を遮って、担任がHRを終わらせる。
お前、ビビってるからって早急に終わらせすぎだろ!
バジル様の紹介しただけじゃねーか!
HR終了の合図を聞いた女子は、待っていましたと言わんばかりにこちらへやってきて、バジル様を囲んでしまった。
「いて! いて、痛い!」
俺は空気同然のように足を踏まれ、転ばされ、挙げ句の果てには蹴り飛ばされるという見事な三連撃を食らった。
容赦なしかよほんと……。いや、俺もティアラちゃんが目の前にいたら同じようなことしてたかもだけどさ。
三年前のあの娘。あんなに話の合う人あんまいなかったのに、急にいなくなっちまったからなぁ。
バジル様があの娘なら、俺が忘れていたことに怒ってたのかも知れない。
……んま、この話するのは今度でいっか。
3話目でした! バジル様まじバジル様。