シフォン【閉鎖的アナザーワールド】:女の企み
とあるマンションの、とある一室のベランダから、避難梯子を降りていく四つの人影。そしてその光景を遠く離れたビルの屋上から双眼鏡で見つめる、一人の女がいた。
「……美雨お母様」
女に話しかける、少女。
「……なに、紗雪」
「……まだ、麻子さんのことを気にしているの?」
少女の問いに対し、振り返った女……菊川美雨は答えた。
「当然」
「私……あまり麻子さんのこと、好きじゃない。美雨お母様の左目にそんなに大きな傷をつけて、左目の視力を奪った麻子さんのことが……うっ!」
少女の胸ぐらを掴み、女は迫った。
「先輩のことを悪く言うの?」
「そ、そんなつもりじゃ……あ、あう…………」
少女の体は簡単に持ち上げられ、少女の着ているワイシャツの繊維がミシミシと音を立てる。
「お、お母様……お母様!?」
持ち上げられた少女の体が、屋上のフェンスに擦り付けられる。
「な、なにをするの!? お母様!? ねぇお母様!」
「紗雪、あなたは元々マスターに……蔵梨大に取り入るための道具でしかなかった。あの男が死んだ今、もうあなたは必要ない」
「お、お母様……きぁあああっ!」
少女の体はいとも簡単にフェンスの上を越えて、そのまま数十メートル下の地面へと叩きつけられた。
「……断捨離は、怠らない」
女がそう呟いた直後、この屋上へ続く扉が重い音をあげてゆっくりと開いた。
「おー怖い怖い」
「……佐久間吉美」
「実の娘も手にかけるなんてねぇ」
「……実の娘『も』? ……まるで、私が殺したかのような言い方」
「違うの?」
「……あなたこそ」
「……ふふっ、それはどうかなー」
「あの男が死んだのに、悲しまないの。世界中の女性が、混乱の渦中にいるのに」
「んー……。……まあ、好きだったよ? 大のこと。でもさー。ちょっと飽きちゃって。ふふふっ」
「……狂ってる。先輩もそうして、振って……!」
「ちょっと、怖い顔しないでよぉ。いろんな人とお付き合いして、人は経験を積んでいくの。何十年もあーちゃん一人に執着してるみーちゃんとは違うんだよ?」
「……私は、許さない。先輩を悲しませたあの男も、先輩を『飽きた』だなんて理由で振ったあなたも。…………だから私が、先輩の隣に立つ。私は、先輩に相応しい、先輩に釣り合う人間になる」
そう言って、女は懐からナイフを取り出した。
「え、ちょっと、本気にしないでよ。ここにはみーちゃんを冷やかしに来ただけなんだから。やだなぁもう。未練がましい人間は嫌われる…………よ?」
そのとき既に、険しい顔の女が握っていたナイフは笑顔の女の喉を切り裂いていた。
「……この努力も、きっと、報われる。だから待っていてください、先輩」
◆
混沌を極めている町中を歩く少女が、一人。
少女は、ポエムのようなものを詠っている。
「家族も、友達も、仲間も、全ての繋がりが引き裂かれて、世界を霧が包んだ。そしてその中心に立つは、霧の子ひとり。霧の子ひとり」
最後までご覧いただき、ありがとうございました。他の『ゆりんぐ』関連小説もご覧いただければと思います。