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シフォン【閉鎖的アナザーワールド】:終わったはずの悪夢、これから始まる悪夢。

 わたしの名前は、倉田歩優くらたふゆ、七歳。倉田邑くらたゆうと、倉田楓くらたふうの娘。


 そんなわたしは、ゆうさんと、ふうさんと、お婆さんの麻子あさこさんと、四人で暮らしている。お爺さんは生きているらしいけれど、一度も会ったことがない。



 ◆



 太陽が傾いてきたこの時間、わたしはふうさんにお願いして一緒にクッキーを作っていた。テレビでクッキーの特集をしているのを見て「作ってみたい」と、わたしが言い出したから。もう少しで、ゆうさんが帰ってくる。だから、二人で作ったクッキーをあげるつもり。


 麻子あさこさんは、いつも通りテレビゲームで遊んでいた。


 いつも通り。そう、いつも通り。いつもと、なにも変わらない日常を送っていた。


 送っていた、はずだった。


 試行錯誤の末、クッキーが焼き上がった。あとは、冷ますだけ。


 そんなとき、大きな音を立てて玄関の扉が開いた。


「は、はあっ! はぁ、はぁ…………っ!」


 息を切らせたゆうさんの声を聞いて、わたしとふうさんは慌てて玄関へ向かった。


「お姉ちゃんっ!」

ゆう……さん……?」


 わたし達の目に映ったのは、力無く壁にもたれかかったゆうさんの姿だった。


「うっ、うぷ……はぁ、はぁ…………」

「お姉ちゃん、なにかあったの!?」

「うっ、ふう、ふう……。………………に、ニュースを……」

「ニュース……?」


 ゆうさんがそう発した直後、リビングの隅に置いていたラジカセからニュースの音が聞こえてきた。どうやら麻子あさこさんが、即座にラジカセの電源を入れてくれたらしい。



『番組の途中ですが、ここで臨時ニュースをお送りします。本日十六時四十九分頃「蔵梨大くらなしだい」さんが心筋梗塞によりご逝去されました。…………えっ!?』



 ラジカセの中でアナウンサーの女の人がニュース原稿を読み上げると、驚いていたり、泣いていたり、色々な声が聞こえてきた。アナウンサーの女の人も、泣きじゃくっているようだ。



『ま……また、匿名の情報によりますと、これは他殺の可能性が高く、蔵梨大くらなしだいさんに恨みを持った者による犯行とみて、日本警察が全勢力を挙げて捜査しており、恨みを持っていると思われる元妻の倉田麻子くらたあさこと長女の倉田邑くらたゆうの二人を全国指名手配いたしました。ポーイツ共和国のメリケン首相も『私を含め、全国民を救ってくれた彼が亡くなり、とても悲しい。彼を未来永劫、永遠に称え続けていきたい』と述べております。このことを受け、地球連盟は日本時間の本日二十時から緊急総会を開く方針です。繰り返し、ニュースをお伝えします。本日十六時四十九分頃………………』



「…………」

「…………」

「…………」

「……仕事帰りに外を歩いていたら、ビル壁のテレビでニュースが流れて……急に回りがパニックになって……慌てて、私は、逃げ帰って…………」

「お姉ちゃんっ! お姉ちゃん大丈夫!?」


 ふうさんが、頭を抱えているゆうさんの背中を優しくさする。


「……町が、あんなことになるなんて…………。私は、私はどうしたら……」


 ゆうさんは体を震えさせて、怯えている。


「おい」


 わたしの後ろから、麻子あさこさんの声が聞こえてきた。

 振り返ると、そこには麻子あさこさんが立っていた。

 初めて見る、麻子あさこさんの表情だった。


「……あのときの、お母さんと同じ顔だ…………」

「……あのときの……?」

「……わたし、自宅出産だったのだけど……破水したときにすぐに動いてくれた、あのときの、真剣な……顔」


 ふうさんが見つめる麻子あさこさんの瞳には、ついさっきまでは無かったはずの光が、宿っていた。


「……しっかりしろ! ゆう!」


 屈んだ麻子あさこさんは、今にも泣いてしまいそうなゆうさんの手をとって、叫んだ。


「いいかゆう、お前はもうガキじゃねぇ。大人で、歩優ふゆの親なんだ。人のこと言えねぇが、親には親の義務と責任がある。そんなツラしてたら、歩優ふゆが不安になるだろうが」

「で、でも私は……」

「……けどな、今のお前は一人じゃねぇ。お前が歩優ふゆの親であると同時に、お前は私の娘だ。…………遅くなって……待たせて悪かったな、ゆう。私はもう、お前を……お前達を不安にはさせない。させてたまるか。お前には、私達がいる」

「……ゆうさん」

「……お姉ちゃん」

ゆう

「……歩優ふゆふう麻子あさこさ………………お母さんっ……! ……みんな、ありがとう、ありがとう………………!」


 ゆうさんはわたし達三人の手を握り、涙をこぼした。


「そうと決まれば、さっさとここを出る準備、始めようぜ。誰の企みかは知らねぇが、こんな容疑をかけられて、私達は日本中を敵に回したんだからな。……ほら、もう来やがった」



倉田くらたさーん。警察の者です。お話お伺いいただけますか』



 麻子あさこさんが言い終わる前に、玄関の扉がドンドンと激しく音を立てた。そしてその向こうからは、男の人の声。


「世界が滅びる」。

 白い杖の女の人は、確かにそう言っていた。まるで予言していたかのように。わたしの日常は、突然終わりを告げた。でも、わたしはあの女の人に言った。『冬には雪が降る。雪は、冷たい。……でも、そんな冷たい雪で作ったかまくらの中は、温かい。……たとえ、外の世界がどれだけ冷たくゆうさんとふうさんに吹きつけても、その冷たさは……温もりに変えられる。わたしの名前は『ふゆ』だから。……だからわたしは、そういうふうに変えていきたい』と。


 この四人の誰か一人でも「温もり」を持ち続けていれば、きっとわたし達はやっていける。そしてまだ悲しみを知らないわたしが、その熱源になれるのなら。





 わたしの名前は、倉田歩優くらたふゆ、七歳。倉田邑くらたゆうと、倉田楓くらたふうの娘で、そして、倉田麻子くらたあさこの孫。

 ……でもまだ子どもだから、難しいことは、よくわからない。





 たとえば、テレビ画面に映っていた英語も、よくわからなかった。

 画面の真ん中に「GAME OVER」と表示されていて、その左下に「CONTINUE」、右下に「QUIT」と出ていた。

 わたし達が荷物をまとめている時に、なにかの拍子でコントローラーの上に物が落ちて、左側のものが選択されたことくらいしか、わからなかった。

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