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シャルロッテ・スピアーズ、かく咲いき  作者: しかも・かくの
第一章 あってはならない出来事
7/44

007

“はひ?”

 陽虎は魂が抜け落ちたような間の抜けた反応しかできなかった。シャルロッテは楽しそうに口の端を吊り上げた。

「あたしの体に欲情してるんだろ? まだあんまし興味なかったけどさ、一ぺん試してみるのも有りだよな。初めての相手が地上人ってのも面白そうだし」


 まずは落ち着け。冷静になるんだ。陽虎は自分に言い聞かせた。どうせ冗談に決まってる。ガキだと侮って、からかって遊んでるんだ。

 だけどもし本気だとしたら。


 悪戯っぽい笑みを湛えるシャルロッテの顔から陽虎は視線を逃がした。下へ。

 無駄のない首筋の線を通過して胸に届けば、シャルロッテはばっちこいとばかりに胸を覆っていた腕をどける。さらに陽虎の意識が猛るのに合わせてゆっくりと膝を開いていく。


 ──死んじゃったなんて嘘だよね、陽虎。

 果たして偶然か必然か、その時またしても櫻子の幻影が陽虎を捉えた。

 暗い部屋に独りうつむいて涙をこぼしている。その一滴の冷たさを、陽虎は感じた気がした。


“いいぜシャルロッテ、あんたの下僕になってやる”

 謎の女剣士を直ぐに見据えて、陽虎は言った。

“だけど誤解するな。あくまで自分の体を取り戻すためだからな。あんたの体目当てとか、そういうんじゃない”

 シャルロッテは目を見張り、そして深く笑みを刻んだ。


「覚悟はできたっぽいな。じゃあ早速契るとするか」

 一挙動で立ち上がる。黒豹のようにしなやかな肢体に陽虎は再び目を奪われて、だがシャルロッテにもはや誘惑するつもりはなさそうだった。右腕を宙に掲げて力強く振り払う。

 白銀の光が閃いた。まるで見えない鞘でもあったかのように、右手に抜き身の剣が握られている。

 さらに左手を振ったのちに出現した物に陽虎は驚愕した。


“俺!?”

 まさしく自身の生首だ。

「この時に備えて空穴(くうけつ)にしまっておいたんだ。先見の明ってやつだな」

 シャルロッテは得意げに陽虎の生首を床に置くと、右手に握った剣の切っ先を脳天の辺りにあてがった。まるでそのままぶっ刺そうとでもいう風情である。


“おい何する気だ、待て、や──”

「せいっ!」

「──めろ、この人殺し! ……あれ?」


 シャルロッテは容赦なく刃を突き立て、今さら過ぎる非難をぶつけようとした陽虎は、さっきまでと様子が違うことに気付いた。

 声が出ている。

 明らかに喋っている実感があり、聞こえ方も自然になっている。


「確か俺は幽霊になったはずだよな」

 覚束ない心地で瞬きを繰り返し、しかし改めて考えてみると、瞬き自体まぶたがあるからできることだ。


 試しに目を閉じる。同時に視界も閉ざされる。

 再び開いてみると、日暮れが近いらしく光量は不足気味だが、物はきちんと見て取ることができた。

 目の前には黒褐色の二本の足があった。もちろんシャルロッテのものに違いない。つまり今陽虎は全裸の女の文字通り足元にいるわけだ。

 視覚の入り口たる眼球が少しずつ上へと角度を増していく。むき出しの脛から膝、太股、そして両腿が一つに合わさるところにまで至り。


「もういいだろ」

 上から声が掛かると同時、視点がいきなり跳ねた。シャルロッテの顔が間近に迫り、思わず仰け反りそうになったものの、現在頭はシャルロッテの手に吊り下げられている。実際はぴくりとも動かない。


「もう何がなんだか……俺は一体どうなっちまったんだ」

「お前の魂の核はシュリギアに封じてある。元の頭と直に繋いだから意識の主体が移ったのさ」

 思わず我が身の有為転変を儚む陽虎に、シャルロッテが雑な調子で説明する。


 シュリギアというのはきっとあの剣の名だろう。シャルロッテの言葉を要約すると、魂は剣の中、意識は頭の中ということか。

 しかし幽霊でいるのも落ち着かないが、生首としての人生を謳歌するのも嬉しくない。


「これって意味あるのか? なんかかえって虚しいんだけどさ」

 たとえ目の前にごちそうがあったとしても、これでは文字通り手も足も出ない。

「我慢しろ。お前は霊体としてあることに慣れてないし、そもそも存在自体が不安定だからな。魂を結ぶには形があった方がいいんだよ」

 シャルロッテは陽虎の不平を抑えると、真剣な面持ちに改まった。

「陽虎、誓え。シャルロッテ・スピアーズに己の魂を託すと」

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