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「……前とちょっと感じが違いますね。元気そうになったというか、解像度が上がってるみたいに見えます」

 正直認めたくはない。けれど今のシャルロッテは、うっかりすれば晴日でさえ見惚れてしまいそうなほどに魅力的だった。

 シャルロッテは無造作に頷いた。


「たっぷり寝られたからな。ここは地上のわりには霊気が濃くていい場所だぜ。だからあの珠士(じゅし)野郎も根城を作ったんだろうけどよ。あとは」

 掌に握っていた物を軽く空中に放り投げる。


「こいつのせいだ」

 落ちてきた所を受け止めて、差し出したのは表面の黒ずんだ丸い石だ。晴日は眉をひそめた。宝石のように綺麗なわけでもないし、特別な物とは思えない。


「え?」

 だが見切ろうとした刹那、漣が立つように石の表面に光が走った。瞬きをしたあとにはもう消えていて、錯覚かと疑う。


「それ……」

 櫻子が震える指を丸石へ伸ばした。熱に浮かされでもしているみたいに、目の色が変わっている。

「触んな」

 シャルロッテは素早く丸石を引っ込め、同時にもう片方の手で櫻子の頬を張った。パンっといい音が青空に抜けていく。


「痛っ!? ちょっと、いきなり何するのよ……って、あれ? わたし今何しようとしてたんだっけ」

「気をつけろよ。こいつに魂を吸われたらただじゃ済まないぜ。下手したら二度と生身に戻れなくなるからな」


「なんでそんなやばい物持ってるのよ! 早く人の手の届かない所に捨ててきて!」

 頬にくっきりと赤い手形をつけた櫻子が、慄きつつ後ろに退る。

「冗談じゃねえ。この世界にはこれ一個かもしれない貴重品だぞ。もしなくしたら帰れなくなっちまう」


「つまりどういう物なんですか? もし近くにいたら危険とかなら、おにぃと櫻子ちゃんを連れて即行で帰ります」

 晴日が通告すると、櫻子は深々と頷いた。陽虎は文句がありそうな風情だが、いざとなれば妹権を発動して強制執行するまでだ。可愛い妹に兄が逆らえないのは人の世の定めである。

 シャルロッテは晴日の問いに答えた。


「こいつは霊珠って言ってな、高密度の霊気の塊だ。地上人の魂なら少なくとも一万個分にはなるぜ。珠の外からもっと霊気を取り込んで蓄えたり、逆に中から取り出して使ったりなんてこともできる。小っさい宇宙をぎゅぎゅっと縮めて固めたようなもんだな」

「はあ」

 そうですか、としか言えない。ともかく肝心な点を確かめる。


「シャルロッテさんはちゃんと扱えるんですか」

「あたしのシュリギアも本質的には同じ代物だからな。珠士(じゅし)みたいにこせこせしたやり方は性に合わねえけど、目的を果たすには十分使えるさ」

「目的……」


 即ち、天に還るための門を開く。

 もしそれが上手くいくなら、シャルロッテはもうすぐこの世界からいなくなる。

 いいことだ。いいことのはずだ。少なくとも、晴日にとっては。


「実際に過去にやった経験があるんですね? それなら一応信用しておきます」

「任せとけ。出たとこ勝負は得意だからな。まるっきり初めてだけど、すぱっと決めてやるさ」

「……そう願います」

 晴日はため息をこらえた。しょせんはこういう人だった。


「どうしてだ、シャルロッテ」

「あん?」

「どうしてここに俺を誘ったんだよ。どこだろうと勝手にあんた一人で行けばいいじゃねえか。別に俺は必要ないだろ。それともまさかまた厄介事に巻き込もうってつもりか?」

 上目遣いに陽虎は睨む。


「けじめだよ、陽虎」

 シャルロッテは微かに笑った。

「確かにお前にすりゃ迷惑な話だろうさ。なにしろいっぺん自分を殺した相手だ。もう顔も見たくなければ思い出すことさえ嫌かもしれない。それでもあたしはお前に会っておきたかった。たとえお前があたしのことをどう思おうと、あたしの気持ちは変わらないからな」


「え、シャル……」

「ちょ、ちょっと待って、あんたいきなり何を言い出して」

 陽虎が息を呑み、櫻子が露骨に動揺するが、シャルロッテは止まらない。


「陽虎、お前は永遠にあたしの下僕だぜ」

 そして唖然とする陽虎に、短いくちづけをくれた。

「お前とあたしの魂はもう繋がってるんだ。この先どれだけ離れたって、絶対に切れやしない。だから……元気でいろよ」

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