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032

「陽子?」

 矢部は怪訝な顔をした。

「そんな娘は知らんな……いや待て、そもそも貴様は勘違いをしとるんだ。ここにいる娘達は本物の人間ではない。全て医療研究用に作られた精巧な人体模型じゃぞ。儂が誘拐だの人身売買だのに関わっているという噂があるらしいが、全て悪意あるデタラメだぞ。むしろ儂を中傷してる連中こそ犯人に違いないわい!」


 とうとうとまくし立てる矢部にシャルロッテは眉一つ動かさず、その喉首に手を添えた。

「で、陽虎の首から下はどこにあるんだ? 娘じゃなくて若い男だ。知ってるよな」

 でっぷりと肉の余った体を片腕で吊り上げる。


「実は首を斬り飛ばしたのはあたしなんだよな。だから取り返す義理があるわけだ。分ったか?」

「……ぐっ、離せ、苦しっ……」

「分ったのか?」

 足が完全に宙に浮き、顔面をドス黒く変色させながら矢部がかろうじて頷くと、シャルロッテは床に放り捨てた。


「話せ」

「ごほっ……あ、あれなら、奥の小部屋にあるはずだ。ヴラドがまだ、処分していなければな」

 視線を追うと、倉庫にありそうな地味な扉があった。

「一応信じてやる。てめえは寝てろ」

 矢部のこめかみにつま先を蹴り入れる。ごく軽い一撃に見えたが、矢部は即座に白目をむいてくずおれた。


 シャルロッテは奥に向かう。

「ちょっと待ってくれ、こっちはどうしたらいいんだよ?」

 陽虎は慌てた。周りには幾人もの眠れる少女達がいるのだ。放っておくのはさすがに気が咎める。


「片が付いたら蜷川がどうにかするだろうさ。今は先にやらなきゃいけないことがある」

 シャルロッテは余計な同情を示さない。確かに、元兇たる術士を倒さない限り、病院に運んでも無意味だろう。

「分った」

 陽虎は自分を納得させると、シャルロッテの後について奥の扉の前に立った。


「障壁のせいで中の様子がろくに見えねえな。待ち伏せでもしてやがんのか?」

 シャルロッテが口先を尖らせる。どうやら霊覚を阻害するような仕掛けがしてあるらしい。

「罠かもしれないってことか」

 陽虎は恐る恐るノブを掴んだ。試しに捻ってみると、難なく回る。


「鍵はかかってないぞ」

 慎重にドアを押し開け、隙間から中を覗いてみる。

「あれって……」

 台の上に男の体が載っていた。何も衣服を着けておらず、そのうえ首から上がないので、誰なのか判別する手掛かりはない。


「いやいやいや、俺の体じゃねえかよ!」

 陽虎は小部屋の中に飛び込んだ。これでやっと元に戻れる。霊体なんてわけの分らないものじゃなく、晴れて普通のオトコノコへと復活を遂げられるのだ。

 首から上がないことを別とすれば、体は全く健康そうだった。外傷は見当たらず、肌の色も普通に血が通っているかのようで、今にも動き出しておかしくない。


「え!?」

 台上で首無しの足が生き生きと翻った。走り寄ってきた陽虎の鳩尾に、直蹴りがカウンターで突き刺さる。

「げふっ」

 重い痛みが炸裂し、陽虎はひとたまりもなく吹き飛ばされた。もしシャルロッテが受け止めていなければ、小部屋の壁を突き抜けていたことだろう。


 首無しの〈陽虎〉は台から床に降り立った。目も耳もないのに正確に陽虎の方を向き、拳をぎりぎりと後ろに引き絞る。

「やる気かよ。上等じゃねえか」

 〈陽虎〉が右ストレートを放つ。間際にシャルロッテは抱えていた陽虎を突き退け、自らも攻撃をかわしながら、空穴から霊剣シュリギアを引き抜いた。


 目を射る清冽な光が閃く。だが〈陽虎〉は刃を恐れたふうもなく、逆にシャルロッテを指でくいくいと差し招く。

「野郎!」

 シャルロッテは大上段に剣を振りかぶった。


「シャル、待て!」

 陽虎は咄嗟にその腰にしがみついた。

「うがっ、いてっ」

 高々と蹴り上げられた〈陽虎〉の足裏が鼻面に直撃し、シャルロッテが仰け反る。

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