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シャルロッテ・スピアーズ、かく咲いき  作者: しかも・かくの
第二章 復活の時はいつ
13/44

013

 客の少ない喫茶店は、十代半ばと十代初めの女の子二人で過ごすには些か落ち着かない場所だった。奥のボックスに座った櫻子は見るともなしにスマホをいじり、晴日は静かに文庫本に目を落としている。


「……あのおっさん、あてになるのかな。本当に来てくれるかしら」

 櫻子はテーブルにスマホを置いた。実際問題、自分達だけで陽虎の「遺体」の場所を突き止めるのは不可能に近い。たとえ少しばかり危ない趣味の持ち主だとしても、警察内に協力者を得られれば大変心強いだろう。

 少し経ってのち、晴日が文庫本を閉じて顔を上げた。


「一応、約束は守ってくれたみたいです」

 晴日の視線を追うと、ちょうど蜷川刑事が店に入ってくるところだった。すぐにこちらの姿に気付き、真っ直ぐに近付いてくる。


「待たせたな。晴日ちゃん」

 そして当然のように晴日の隣の椅子に座った。疲れ気味なのか淀んでいた顔つきに、鮮やかな生色が戻る。砂漠でオアシスに出会ったみたいな変貌振りだ。


「おにぃ……兄の体がどこにあるか分りましたか?」

 晴日は余計な前置きを挟まず尋ねた。蜷川は再び憮然とする。

「残念ながら。まだだ」

「櫻子ちゃん、帰りましょう。口ばかりの能無しに用はないです」

「いや、待ってくれよ。実は心当りがなくもないんだ」


 晴日が即座に席を立とうとすると、蜷川は追いすがるように語を継いだ。真剣な表情を見る限り、まるっきりの嘘でもなさそうだ。だがそれにしてもさっきから小学生の方ばかり向いているのが、櫻子としては複数の意味で気に障る。


「だったらもったいぶらないで教えてくださいよ。わたし達には知る権利があるはずです」

 櫻子は関係者として主張したが、蜷川は冷たかった。

「しかし民間人であることには変わりない。それに守秘義務を別としても厄介な事情があってな。おいそれと話すわけにはいかないんだ」


「では取引をしましょう」

 鼻白んだ櫻子に代わり、晴日が蜷川の方に身を寄せる。

「機密情報その他の対価として、相応の謝礼をお支払いします。といってもお金は余り持っていないので、わたしの体を使ってです」

 櫻子はミルクティーを吹き出した。


「晴日ちゃん、何言ってんの!?」

 口の周りに薄茶色のひげを作ったまま、妹にも等しい相手を咎める。蜷川も眉間に深く皺を寄せていた。いかにロリコンの疑いが濃厚とはいっても、そこは法の番人たる刑事である。援交まがいの申し出に強く反応するのは当然だった。


「蜷川さん、今のはただの冗談で……」

 フォローしようとした櫻子を、蜷川は片手を挙げて遮る。晴日に向けた視線が獲物を狙う猟犬のようだ。

 さすがにいきなり補導はないだろうけど。櫻子ははらはらして蜷川の言葉を待った。


「具体的な条件は?」

「ぶっ」

 櫻子は鼻水を吹き出した。

「げほっ、おいこら刑事、通報するわよ!?」

 だが晴日はあくまで覚悟を決めた表情だ。


「おにぃの命が懸かっていることです。自分の身は惜しみません。もしも受けてくれるのなら、わたしは――」

 思わず櫻子は押し黙った。悪い期待の色を浮かべる蜷川に向かって晴日は告げる。


「あなたのご主人様になってあげます」

「最高かよ」

「ではポチ、報告を」

「はい、ご主人様」


 小学生が軽やかに命じ、刑事が恭しく頭を垂れる。櫻子は戦慄を覚えた。即席に誕生したとは思えぬ主従の息の合い方だ。

 蜷川は慎重な口振りで話を始める。


「矢部製薬という会社をご存知でしょうか」

「面倒なので敬語はいいです。社名ぐらいはわたしも聞いたことあります」

 晴日の返答に櫻子も頷く。風邪薬のCMなどもよく見かける。

「それがおにぃと関係あるんですか?」


「実はその会長の屋敷がこの野見市にあるんだが。高水陽虎の遺体、ああ、いや」

 蜷川は気まずげに視線を伏せた。言葉遣いを戻した流れでつい不躾になり過ぎたと思ったのだろう。だが陽虎の現状を知っている櫻子達にとっては何でもない。

「気を遣わないでいいです。先を続けてください」

「もしかしたら遺体はそこにあるんじゃないかと俺は思ってる」

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