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001

 美しき光と闇の乱舞だった。

 もし地上の者がこの場に迷い込み、繰り広げられる光景を目撃したなら、心を奪われ我を忘れて立ち尽くしたに違いない。

 そしてほんのわずかののちに、圧倒的なエネルギーに弾き飛ばされ散り散りに消し飛んでしまうだろう。


「せいやぁっ!」

 シャルロッテ・スピアーズの振るう霊剣シュリギアが空を切り裂く。竜を狩りその膨大な潜勢力を封じて鍛え上げた業物だ。たとえ直撃を免れたとしても、余波だけで巨岩を粉々に打ち砕く。


「どうした、シュシュ・クライシュ? 史上最高の天才珠士(じゅし)なんだろう? 少しは根性を出してみろよ」

 滑らかな黒褐色の頬を片寄せて、シャルロッテは嗤った。


 腿の半ばまでを隠す黒革の短ズボンに、上半身は同じく黒革のぴったりした胴衣が薄く盛り上がった胸を覆っているが、腕や腹はむき出しになっている。

 およそ戦闘にはふさわしからぬ軽装だが、細身ながらしなやかに鍛えられた艶のある肢体は、並の鎧よりもよほど力感に満ちている。


 対峙するシュシュ・クライシュは、別の意味でやはりひどく場違いな白いロングドレスのスカートの脇を摘むと、たおやかに一礼した。


「いいでしょう。余り手加減するのも可哀想だし、少しだけ真剣にお相手してあげます」

 その白皙の頬が切れて、うっすらと血が滲んでいる。だが幼いながらも気品ある美貌は些かも損なわれていない。


「それと一つ訂正を。わたくしはもう魔法使いの称号を得ているの。ただの珠士ではないわ」

「ははっ、珠士は珠士だろ。(たま)をいじって屁みたいな霊気を飛ばすだけの臆病者だ。あたしら剣士からすればどっちでもおんなじだよ」

「お馬鹿さんね。それじゃあ、その剣を振ることしか考えられないお粗末な脳に教えてあげる。魔法使いと呼ばれる者にどれほどのことが為し得るできるのかをね。もっとも」

 シュシュの碧い瞳に、新たに金色の輝きが宿った。丁寧に編み上げられた金髪とあいまって、黄金の灯し火のように照り映える。


「お分りになった時には、その脳がちりあくたに変わっているでしょうけど!」


 シュシュが胸に下げた霊珠から、まばゆい光弾が放たれた。

 シャルロッテは漆黒の瞳を凝らし、冷静に射線を見極めシュリギアの刃を立てて弾く。


「うおっ?」

 しかし衝撃は予想を超えていた。剣を押されて危うく体勢を崩しかける。

 これまで幾人もの珠士を叩きのめしててきたが、段違いの威力だった。ほとんど一流剣士の打撃に匹敵する重さがあった。


 急ぎ次弾の襲来に備えるが、その時にはシュシュの姿は視界の外へと移っている。

「ちっ」

 気配以前の勘に従い、即座にその場から飛び離れる。直後にシャルロッテが立っていた地面が爆ぜた。はるか高みから巨岩でも落ちてきたかのような大穴が開き、土くれや砂利が肌を叩く。


 へえ、やるじゃん。

 シャルロッテは愉快そうに笑みをこぼした。

 弱冠十一歳にして魔法使いと称される珠士がいるとの評判を聞きつけて、わざわざ潰しに来た甲斐があったというものだ。


 よほど空間の潜勢力を引き出す術に長けているのだろう。

 並の珠士であれば最後の切り札としてもおかしくない強さの光弾を、軽々と連発してくる。しかもあの小さな体でだ。もし自前の霊気だけを使っていたらとっくに種切れになっているはずだった。


 とはいえ感心してばかりもいられない。

「お前な、さっきからちょこまかと鬱陶しいんだよ。正面から来いってんだ、気取り娘が。その目障りなひらひらした服をすっぱり刻んで動きやすくしてやるぜ」


 シュシュの動きの素速さは異常だった。ただの体術ではあり得ない。霊気操作の応用だ。

 光弾をシャルロッテに向けて放つ合間に、自らの足元へも打ち込んで、その反動で跳躍している。靴越しに足裏から直接発弾しているふうさえあった。

 移動先も複雑に角度や距離を変えていて読みにくい。珠士を相手に剣士の勝機は接近戦にしかないのだが、容易に距離を詰めることができない。


 シュシュはシャルロッテに見下した視線を投げた。

「正面から角突き合わせて戦うなんて牛のすることだわ。ああ、それともあなた実は牛だったの? どうして下着姿で外に出るようなはしたない真似ができるのか不思議だったのだけど、それは自分の肌だったのね。動物なら裸でも仕方がないわ」


「下着じゃねえ、あたしの気に入りの服だ! 馬鹿みたいに飾るよりよっぽどましだろうが!」

 言い返しながら、真逆の方から飛来した弾をかろうじて受け流す。その間に正面にあったシュシュの姿は霧のように薄れていった。


「ちっ、幻術まで使いやがるのか。本当にひねこびた奴だな。案外その見た目も嘘っこで、正体は百二十歳のしわくちゃ婆さんじゃないのか? もし違うってのなら近くに来て顔を見せてみろよ」

「それならわたくしの前に膝をつくことね。眷属になると誓うのなら、いくらでもわたくしの瑞々しさを確かめさせてあげるわ」

「冗談、弱いお前が強いあたしの下僕になるんだよ!」

 飛び込んで剣を振るうが、端麗なシュシュの顔は刃先の届くはるか遠くへと下がっている。

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