銀河の魚
私の大学時代の話だ。就職先も決まり、何をしようかと迷っていた。遊ぼうにも友人たちはまだ内定をもらず、就職活動で四苦八苦している。そこで私は、ひとり旅を決断した。こんな自由な時間はなかなか学生の時にしかないだろうと、ヨーロッパへ向かってみることにした。
バックパッカーに扮した私はヨーロッパのいろいろな国を回っていた。ある時、ある国のやや町外れのコテージに宿泊することになった。大きな湖の傍らに建てられた、良くいえばクラシック、悪く言えば古めかしい作りのコテージだった。そこの管理人は非常に肥えた、立派なヒゲを蓄えたおじさんで、とても快活な人であった。
その日私外にお客はいなかったようで、おじさんは私のためだけに豪勢な夕食を振る舞ってくれた。非常においしい魚料理で、この地域の料理は少し和食に似ており、なんだか懐かしささえ覚えた。満腹になってくつろいでいると、壁にかけられたカレンダーに目がとまった。今日のその日に大きく赤丸がついていたからだ。
「今日はなにかあるのですか?」
「いや、大したことじゃないよ」
おじさんは軽く笑み浮かべそう言うと、空になった皿を片付けながら、キッチンの方へ去っていった。
夕食もすみ、部屋に戻って明日のスケジュールを確認していると、疲れのためか強い眠気がおそってきた。それから間もなくして私は眠りに落ちていった。
どれくらい眠っていたのだろうか?チャポン、チャポンと水がはねるような音で私は目が覚めた。その音は窓の向こうから不定期に聞こえてきた。おそらく湖の魚が跳ねているのだろうと気にしないようにしていたが、一向に音は止みそうにない。私は意を決して外に出て行くことにした。
コテージを出て湖に向かって歩いていると、星も鏤む夜空から湖に向かって、長い尾をつけるようにして光輝く何かが降ってくるのが見えた。
湖に向かってさらに歩を進めていくと、ほとりに誰かが立っているのに気がついた。目を凝らすと、立っていたのはコテージのおじさんであることが分かった。私はゆっくりとおじさんに近づいていき、声をかけた。
「これはなにが降っているのですか?」
「あぁ、どうも。起きてしまいましたか。これは銀河の魚ですよ」
「銀河の魚?それはなんですか?」
「銀河には多くの魚たちが泳ぎまわっているのです。一般的に流れ星といわれますが、あれは実は銀河の魚たちが地球に向かって降りてきているのですよ。ここは銀河の魚の景勝地でね、今日は年に1回の流魚群の日なんですよ。お客さん、運がいいですよ」
私は驚いた。確かによく見ると空から降っているものが魚の形に見える。これでカレンダーの赤丸に合点がいった。
「はじめて知りました。どうして教えてくれなかったんですか?」
「これは代々この土地に住む者たちにしか伝えてはならぬようにいわれているんです。もし、口外すれば多くの人間がここに押し寄せ、銀河の魚はきっと取りつくされてしまうでしょうから」
たしかにそうだと思う。今まで人類の乱獲によって、多くの貴重な動物たちが滅びてしまった。自然に対する人間の傲慢さに申し訳ないような気持ちを抱きつつ、空から降っては湖に消えていく魚たちをしばらく眺めていた。そこで私ははっと気がついた。
「もしかして、今日出てきた魚料理は・・・」
おじさんは湖を眺めながら、にんまりと笑うだけだった。