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盲目

作者: 安岡 憙弘

盲目


 これから書くストーリーは、フィクションであり、フィクションでない、つまりノンフィクションのようなそうでないような、おかしな話である。


 私いつものように、居眠りをしていて、目が覚めると、いつの間にか列車は目標にしていたトンネルを越えて走っていたようだ。

このようなウララカな昼下がりに、このような怪事が起こるとは思ってもみなかった私は、また列車の中で居眠りをするという失敗をやらかしてしまった。

 何故いけないかというと、私の目標にしていたトンネルこそは、今回の旅の目的である由緒あるトンネルであったのだった。

 私の今回の旅の目的は、トンネルを見ることではなく、実はトンネルの中に入ることであった。

 私はいつか、トンネルというものは、入り口と出口の2つしかないものとばかり考えていた。しかし、ここのトンネルには出口がないばかりか、入り口すらないというのだ。トンネルは、線路の上に立っているのではない。線路の横に立っているのだ。

 線路の横に立っているという奇妙なトンネルを目指して、私は次の駅で列車を降り、ひたすら元来た道をトンネルを目指して歩かねばならなかった。

私はよそよそしい格好かっこうをして今回来てしまったので、サンダルばきという不利な状況を抱え、それでも何とかトンネルのあるところまでたどり着いた。

 トンネルの周りは、茶色いレンガがもうずいぶん古く、風格も出ていたが、私の目に止まったのは、それよりも、ずんぐりむっくりとしたトンネルの姿形であった。

                 

                山  


 トンネルを一目見ようとやって来た私であったが、やはり一目みるだけではもったいなく、どうしても中に入ってみたいという衝動にかられた。

 私は、入り口がないというこのトンネルに入れないとはどうかと思いつつも、すき間さえあればと、やっ気になって探していた。

 私の目をくすぐったある物があった。それはトンネルの脇で咲いていた、それは一輪のたとえようもなく、はかなげでかつ清楚さを保ち凛として咲く、一輪のコスモスであった。私の目には、その花の持つ浮世離うきよばなれした性格が何とも快く思われ、私の持ってる邪悪な、けだもののようなかたまりを一度に溶かせてくれるような、そんな心を持ち私はしばしトンネルのことは忘れていた。

 しかし、私は再び入り口探しに没頭し始めた。入り口がなければ、出口があるであろうと期待したが、

やはり噂通りそれは無駄であった。

トンネルに背中をもたせかけ、私は何故この建造物が一体どういう目的で造られたのかと、思いを巡らせた。


              犬

 私の知ってるおばさんが、あなたは人一倍プライドが高いから、よく注意しなさい。さもないと犬に脇腹を咬まれますよ、注意してくれたものだった。

 私は何故かせつなくなり、一体これからどうしようと、思案を巡らせた。

 私の思い出の一つに、私がまだ幼い六・七才の頃私を慕ってよく家まで遊びに来てくれた近所の男の子のあるのを思い出した。

 私は当時の思い出として、いつも大事にしまっておいた一つの小さな石の塊を思い出した。実に男の子の持つ石としては、もっともらしいものであった。私はその男の子の持っていた赤い、しおらしい程にきれいなコンクリートか何かの固まりと2つを合わせて、子供ながらに友情の証としていたものだ。

 私の居眠りをしていた電車の中で、私が夢ウツツに想像していたのも、その石であったような気がする。何も分からなくなった私は、ペッとつばを草むらに吐きかけ、何もなかったかのように帰ろうとした。しかし、その時私の足をすくったものがある。それは、草を二束まるでトラップか何かのようにしばって出来た草のおもちゃであった。私は、子供か何かのつくったものに

見事に足をとられ、そのまままろび落ちた。

 私はあまりの痛さと羞恥心とで、しばらく我を忘れ、そのトラップをめつけていた。

 穴があったら入りたいとは、このことであっただろう。しかし、そのトラップは、実は不思議な国への小さな入り口に他ならぬものだったとは、後で知ったことだ。


               悪


 私のいつも通っている理容店で、散髪をしてもらうと、いつも帰り際に粗品をくれる。ヒゲソリとかその類のものである。私は、それとこれは別物と思って、元来た道を帰ろうと思った。しかし、その粗品の空想がどうしても忘れられず、私は今一度だけ、そのトンネルの周囲を巡ってみることにした。しかしやはり、何も見るべきものはない。いつもこのようなドジを踏むのが私なのだ。泣きたい気持ちをこらえ、私はの光をびて、目まいをおぼえながら

必死で理性を保とうとしていた。

 このような場面で、私をいつも救ってくれたのが、木に降り注ぎ全てを洗い流してくれる雨であった。雨が降り出したのだ。

 キツネの嫁入り、と世に言うものであろうか。ポツポツと黒い染みが、トンネルの茶色い土壁を汚していく。

 私は、自分の好きなものが、雨に濡れるのは嫌いだ。髪の毛とか、自転車とかそういうものは。しかし、こういった自然の建造物が雨に濡れるのは、見た目にも美しい。

 まだ雨の中に立っていた私は、バカさ加減に気付き、木の下の木陰で休むことにした。

 花、そしてトラップ、トンネル・・・と私は考え、眠くなりそうになるのを必死にまぶたを保ち、ぼんやりとちゅうを見つめていた。しかし、どうにも眠くなり、私はいつしかウトウトと夢の世界へまろび落ちて行った。

 

             完全


 完全なものと言えば、私の家の庭にある一本のくすのきがそうだ。見た目に美しく、どっしりとしていて、若々しく、非の打ち所がない。私はその楠のような完全な眠りに落ちた。

 木の根元で眠りに落ちるとは、まるで不思議の国のアリスのようだが、私のはそんなカッコウの良いものではない。

 いつも私の知らない所で、私に対する悪事が働かれる。私の知らぬ間に、蚊が一匹私の向こう脛に咬みつき、私は眠っていられなくなり、飛び起きた。

 「この野郎!」

 私は滅多に感情を表に出さない方であるが、この時ばかりは頭に血がのぼり、思ってもみなかった言葉が口を突いて出てきた。

私の脳裏にその時よぎったものは、何故この蚊は、他でもないこの私に咬みついたのかということだ。私でなくとも良さそうなものだ。

 今は昔のこと、蚊は世界の生物の中でも、最も早い自分に生まれたと聞く。

この太古の生物が私に最も興味を抱くとは考えにくい。おそらく誰でもよかったから咬みついたのではないか。

 私は、蚊のごとき者にもまた命があり、私のごとき者にもまた命があるということに不思議な感動をおぼえた。

 この話はここでは終わらない。私が次に向かったのは、街の中にある、ある雑貨屋だった。

 私のごとき旅の者に、丁寧ていねいに案内をしてくれて、おいしいあんみつまで食べさせてくれたことに、私はいささかの謝意を表したいと思い、彼ら老夫婦にこう尋ねた。

 「こちらの街では、古い建物を非常に大切にしてらっしゃいますね。どのようなわけで、このような街並みが保存されているのですか?近代化するには何か支障でもおありだったのですか?」

 「いえいえ、特別なわけもございませんが、一つあると言えば、ここからしばらく行った山の中に、ある建物がありまして。」

 老人はそう言ってニコやかな顔で妻の顔をチラとみると、照れ笑いのような表情を浮かべた。

 「へえ、どのようなわけで、その建物はつくられたので?」

 私は、それがまだあのトンネルであるとは気付かなかった。

 私はいつも、後になってから大切なことに気付く、なんてバカな自分だったのだろうと。

 「では、お話ししましょう。今から十年程前、私と妻は新婚から二十年経たのを機に、何か記念になることをと思い立ちまして、山の中に一本の樹を植えたのですよ。」

 「しかしその樹には、どうしても花というものが咲きませんでした。私は不審に思いまして、なんとか花を咲かそうと一生懸命に水をやり、周りの草をぬき、

肥料をやりました。しかし一向に花は咲きません。不思議に思い、村長に、あれは何という樹かと尋ねると、村長が言うに、あれは桜の木だと言うじゃありませんか。それでは春になれば、花が咲くのかと我々は春まで待ちました。しかし春になっても、花は一向に咲く気配を見せません。でも、また来年になったらと、次の年までまちましたが、やはり花は咲きません。私は失望して、これはもうダメかなと、あきらめておりました。ところがある年のこと、見事な花を咲かせたではありませんか。私はうれしくなって、妻と共に桜の樹の下で、いつも花を見ては、この樹を植えてよかったものだと話して、幸福を感じておりました。私達のしたことは、しかしよい結果を生みませんでした。私の所にある日、男の人がやって来て、あそこにトンネルを造るから、桜の木をらせろというのです。我々は絶対にそのようなことはさせませんでした。ところが、工事は強制的に始まり、私達の樹はついに伐られて私達の手許にわずかばかりのお金が残ったばかり。私達は、2人でおいおい泣いて、せめてもの償いにと、あそこに一輪のコスモスを植えたのです。しかし、私はトンネルのことが、どうしてもゆるせませんでした。そこで、ある夜にそこへ行って、

トンネルの出口をレンガで埋めてしまいました。私のしたことは、申し訳できませんが、私のおどろいたことに、あのトンネルもう一つの出口が誰かに埋められていたのです。それが妻の仕業だと知ったのは、それから二十年を経た昨夜のことです。私の妻は私にいきなり、こう言ったのです。「あなたの出口と私の出口は、いつまでも閉じたままね。」と。私の聞くところによると、妻はあの晩、私の出て行くのをつけて行って、トンネルをふさぐのを見て、自分ももう片方を埋めてしまったと言います。私はおどろきのあまり、そんなことをして、もし村の評判を落としてしまったら、どうするのか。行ってもう一度出口を開けなさい。と言いました。すると妻は、あなたの埋めた片方を開けるのなら、私もそうするわ。と言うではないですか。私はくやしくなって、妻の言ったことを、いつまでも反芻しながら、村長の所へ相談に行きました。村長はしかし、私の話をきいてもなじろうともせず、私達のおかげで、この村は無事生き残ることができたのだと言います。私は、あまりのことに村長の言ったことが、信じられませんでしたが、村長は私の顔を見て、私のしたことは村の者みんなが知っている。みんなは初めてそのことを聞いておどろいたが、やがてお互いに励まし合い、なんとかしてこの村からあの線路を追い出そうとして、みんなで話し合い、ついに業者を負かしてしまったのだと。私は、何故私共わたしどもだけこのことを知らなかったのかと村長に詰め寄ると、村長は、知らせたらお前たちはあのトンネルを元に戻してしまうだろう私達は、お前達のためを思って、知らせなかったのだよ。私は、涙がこらえ切れませんで、家に帰って、妻にそのことを話すと、妻は何故か悲しそうに、私に口を聞こうともしません。私は、妻の、怒っている理由がわからず、今朝になってやっと、わかったのです。」

 私は、わくわくする気持ちを押さえ切れずに、あわてて話の先を促した。すると妻が、横から口を挟んで、

 「あなたが先に出口をふさいでしまったから、私はあなたのしたことを隠すためにもう1つの出口をふさいだのであって、あなたのことが好きだからしたんじゃありません。誤解しないでください。」

 妻はそう言うと、プイと横を向いて、ふくれっ面をした。

 「ハハハ、とまあそういうわけで、この村はこうして今でも古い街並み残しているというわけですよ。」

 人のしたことは、たとえ悪であっても、善の結果を生むことがある。

 私はそう思い再び最後の質問をした。

 「では、あな達夫婦は、本当は仲が良いのですか?それとも仲が悪いのですか?」

 「それは私共にも分かりかねますが、一つだけ言えることは・・・」

と夫婦は顔を見合わせ、

 「我々はいつもこう思っているのでございますよ。いつでも我々の所には、神様がついている。だから何をしても、それは善なのだと。」 

 私はなるほどと思い、胸のポケットから煙草を一本取り出すと、プウと空に向かって煙を吹きかけた。

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