惨敗の茄畝
結果から言うと、惨敗だった。
いや、惨敗だなんて生ぬるい表現では足りない。むしろ斬殺である。
一般のアバターとして入り込んだ僕と、付き添いの雨期は世界を半周するまえに暴力的なプレーヤーに文字通り、打ちのめされた。僕のアバターの方は特に執拗にフルボッコにされた。
雨期の言っていた『存在が濃すぎる』とはまさにこの事を言っていたとやっと理解した頃には既に遅く、持っていた金品から衣服まで剥ぎ取られ、一文無しの状態にされて、ゲームが終了してしまった。
勿論、現実に忠実に作った物だから、死んだ後で途中からコンティニューなんて出来ない。
僕のゲームの中では、僕達は教会にいけばナンドデモ甦る勇者でも無いし、不老不死の化け物でもない。
あくまでも、一人の人間に過ぎない。
「この間の中間テスト返すぞー。故暁ぃー、寝るなー」
出席番号順に返されるテスト。寝不足の頭で一喜一憂するクラスメイトの声をBGMに、教師の目を盗みながら机の下で新たなプログラムを作成する。
夜から朝にかけて作業を続けた成果は多少なりともあった。
1つは、暮羽の起こした現象は全く新しいプログラムに反映されないこと。元々あった物を、少し変えただけの物はダメだったが、試しにと思って新たな要素を組み込むプログラムを作ったらあっさりと反映された。
そして、もう1つが重要だ。
彼女が現象を起こした時点で存在するプログラムは、何をどうしても変わらないこと。1つ目で解ったように、書き換えは勿論のこと削除しても消えることはなかった。
「つまり、あいつが起こした現象は”プログラムの停滞”か……」
停滞
書き換えられた訳でもなく、壊された訳でもない。彼女がやったことはプログラム自体を止めるという、物凄く単純なことだった。単純だからこそ、打開策に困る。
自由にした……と言うよりは、プログラムの時を止めた感じ。
「そろそろ茄畝の番じゃないぃ?見て見てぇ、この点数!きっちり平均点だよぉ?なんだか、運命感じないぃ?」
「平均点でで喜ぶなよ……」
平均点に運命を感じる雨期をすり抜けて、教卓まで進む。
「…………」
ジト目で見つめ続ける雨期の視線に気がつきながらも、何も知らないフリを続け、回答用紙を受けとる。
受け取って初めて、このテストが世界史の物だと気がつく。よく見れば、目の前で複雑そうな表情をしている人物は間違いなく世界史の教師、高畑だ。
彼がテスト返却のたび、毎回この表情をしていることをクラス中の、特に僕の前後の番号の生徒は知っていた。理由は簡単だ。
「故暁は、テストの点数は良いんだからもっと授業に集中してくれ……。お前の成績は、それさえクリアすれば文句なしなんだから」
この決まり文句も、耳にタコができるほど聞いてきた。
席に戻ろうとすれば数分前までのジト目はどうしたのか、雨期はもはや彼のテンプレとも言えるニヤケ顔に戻っていた。しつこく点数を聞き出そうとする雨期や、回りのクラスメイトを掻き分け、やっとたどり着いた時には高畑が既に黒板に文字を書き始めていた。
はなから授業を受ける気もなかった僕は、黙々とプログラム作りに専念する。
時間がたち、室長が号令をかけ、周りが椅子を引いて立ち上がる音でようやく機械と僕の世界から現実に引き戻される。不覚にも、慌てて立ち上がる所を雨期に見られてしまった。
「ねぇねぇねぇ、どうだったのぉ?テストぉ。言えないってことは悪かったのぉ?」
「ん、まぁやってしまった感はあるな」
「どれどれぇ……って、ウゲェ。98じゃん。確かにやってしまった感はあるけどぉ、隠すようなもんじゃなくないぃ?」
「あまり自分のことは公開したくないんだ」
ふーん、と薄く反応する雨期。
再び回答用紙に意識を向け、唯一の間違いを確認する。
「グラフの問題か…………」
「んん?このグラフって、すっごく簡単な問題じゃないぃ?」
「資料系の問題は苦手なんだ」
経済の折れ線グラフ。選択式のもの。
時代はバブル経済から世界恐慌まで間。
正解とは程遠い回答を選んだ僕は、解説を見ようとした。見ようとしたが、雨期に取り上げられた。
「何のつもりだ」
「雨期先生のぉ、楽しい楽しい授業ぅ!イン・世界史ぃー」
何を思ったのか、勝手に授業を始めた。
僕と同じシャープペンシルを持ち、正面に腰をおろす。
「はい、今回君が間違えたのはこのグラフですねぇ?」
ニヤニヤしながら解説を読むだけというくだらない授業が始まった。こいつに説明されるまでもなく、解っている。
理解しているが、何故か聞かなくてはならない気がする。このくだらない授業は茶番で、雨期は僕に何かを気がつかせようとしているような、そんな感覚。
「ーーっと、こんな感じで、正に世紀末のみたいな時代だったよぉ。んんんん?世紀末と言えば、茄畝のゲームもそんな感じしゃなかったぁ?」
「僕のゲーム」
「リアルに忠実に作ったのなら、どうにかなるんじゃないのぉ?」
「は?」
「世界には、人間と同じように自然治癒能力があると思うんだぁ。あくまで雨期の持論だけど、時間の流れを使って出来事をプラスマイナス零にする、そんな力を持ってるんだと思うぅ。怪我をすれば、体が勝手に直してくれるし、大木を切れば、その切り株から勝手に小さな芽が出て時間はかかるけど、また新たな木が出来る……」
「プラスマイナス零ね……」
不得手 雨期は、実はそこまで馬鹿では無いのかもしれない。
奴の言葉は、現象突破への何かしらのヒントになるかもしれない。
とりあえず、やることは決まった。
「世界史の教科書、1から読み直してくる」
「えっ?」
話はそこから。
行動はその後。