クリエイター暮羽
「あ……あり得ない…………」
そう、全くありえなかった。
画面を突き抜けて連れてこられた所は、間違いなく僕の創ったゲームの世界だった。僕の創ったゲームの中の僕の部屋、所謂管理室だ。イメージしていたように、四方八方世界を監視する画面が青白い光を発する。
たとえゲームの中でも僕の部屋には変わり無いようで当然のように、パソコンの(パソコン……なのか?)電源はついていた。
目を覚ましたとき、大の字に転がっていた僕を除き混むようにしゃがんでいたのは、紺色のローブを着たどこか浮世離れした人間。顔の二倍は有るんじゃないかと思うほど、大きなキノコ型の帽子に隠れて顔は見えない。
その人物は、僕が目覚めるなり、
「こんなのが、この世界の創設者?」
などと言う、失礼気あまりない言葉を投げてきた。期待外れ、というのが一番しっくりくるような声色だ。
声からして、この人物は女の子……僕よりも年下であろう。
その女の子は、立ち上がるなり猫の様なしなやかで機敏な動きを見せると、何処から持ってきたのか洋風の机と椅子、そして二人分のティーカップの用意をした。ちょうどヨーロッパの貴族とかがアフタヌーンティーに使うような真っ白い物だ。
明らかにこの部屋には不釣り合いな趣味を持つ少女だった。
「……どうぞ、お座り…………ください」
「いや、今君、僕に対して『お座り』って言わなかったか?」
「すいません。言いました」
「少し位は隠そうよ!それに絶対に謝る気無いよね?!」
抗議する僕を見向きもせずに淡々と紅茶をいれる彼女。
終始変わることのない表情の裏で僕の事をどう思っているのやら。おそらくは、良く思われてはいないだろうと思うが、初対面でこの扱い用はいささか問題を感じざる得ない。
あからさまな態度で暫く無視を決め込む姿を怨めしく睨んでいると、視線に気が付いたのか、またはお茶の準備が終わったのか、やっとこちらに顔を向けた。
「床が大層心地良いみたいで何よりですが、生憎私も暇じゃないのでさっさと用件話して帰りたいのです。早く座ってください。あぁ、勿論椅子にですよ」
「あぁ解った、今すぐに座ろう。座ってそのカップに入った茶を飲み干したら帰れ。」
「それは出来ません。私は少々面倒なお願い事を不本意ですが貴方にしに来たのです。ティーカップ一杯分の時間では足りません。それに、今私が帰ってしまえば貴方は永久にこの世界から出られなくなるわけですけど……いいですか?」
およそ人間……いや、生き物としての感情を見せない話し方と、彼女がいなければ『この世界から出ることが出来なくなる』と言う言葉が、完全に僕を支配した。
そして聞き間違い無ければ、彼女は僕に向かって『面倒なお願い事』と、言ったのだ。
初めて会う僕に対して、面倒なお願い事をしにわざわざここまで来て僕を引きずり込んだのだと。
早く話をしたいから座れと。
終始変わることのない表情には、ほんの少しだけ真面目さと誠実さが交わる。ここまで真剣な顔をする女の子を無視するわけにもいかないので、言う通りにおとなしく座ることにした。
高級感溢れる椅子は、今までに座ったことの無いほどの座り心地の良さだった。
「さて、ようやく落ち着いてお話することができますね。えぇと、まずは私の名前から。私クレハといいます。夕暮れの"暮"に"羽"で暮羽です」
「どうも、ご丁寧に。僕は……」
「貴方は故暁 茄畝さんですよね?知っていますよ。あと、そのあからさまな社交辞令はやめてください。虫酸が走ります」
どこまでも嫌みな奴だ。
いや、それよりも今この少女はなんと言った?『僕の事を知っている』と、言わなかったか?
「貴方の事は私が事前に調べて来ました。むしろ、調べたからこそ、こうして貴方にお願い事……依頼をしに来たのです」
紅茶に入れた砂糖をスプーンでかき混ぜながら、事務的に話す彼女の雰囲気が若干感情的になった瞬間だった。
「単刀直入に言いますと、貴方に世界のクリエイターになって欲しいのです」
…………ここまで来て本当に申し訳ないと思うが、汚い話、口に含んだ紅茶を盛大に噴射してしまった。
「落ち着け、落ち着くんだ電波女。世界のクリエイターってなんだよ。てか、今さらだが何で僕は僕の作ったゲームの中にいるんだ?!」
「落ち着くのは貴方の方です茄畝。そうですね、まずは私達の話からしましょう」
*****
まず、世界のクリエイター……私達のことです。貴方達の間では『神様』にあたる存在です。全ての事柄に理由があって、その理由を突き詰めると最終的には私達の元にたどり着きます。えぇ、どんなことでもです。
そしてそんなクリエイターも、役割で分けられてます。
全ての役割の基盤となる役職は『起』『承』『転』『結』の四つです。ご存知ないですか?ここから細かく別れて…………と、この話はまだ話さなくてもいいですね。
とにかく、この四つのクリエイターが世界のバランスを保つのに一番重要なのです。ちなみに私の役職は『起』です。
本来、役職の一人や二人欠けたところで何も異常は無いのですが、今回は特例…………。
……一番いなくてはならない『結』の役職が、表沙汰には行方不明となっているんですが、まぁ、実際にはエスケープしたのです。自分のすべき事から逃げ出したのですね。
お陰でクリエイター達は大混乱です。
何せ、締めくくりの役がいないのですから。永遠に終わらない物語を見続けている様なものです。
終わらない物語が有るはずが無い。
厳密に言えば、そんなものは存在してはいけないのですよ。
命に終わりが有るから儚く美しいように。
人と人との間にも、必ず何処かで終わりが来る……。だからこそ、一緒にいるその一時が愛おしい。
絶対に、どんなことがあったとしても、その役職だけは居なくてはならない。
だから……私達、残りのクリエイターで集まり、今後のことを考えたのです。そして、ほぼ全員一致で新しいクリエイターを迎え入れる事に決めたのです。
そして、星の数ほどいるあなた方"人間"の中から一番クリエイターにふさわしいと思われる存在を一人、ピックアップしたのです。
それが、貴方ですよ、故暁 茄畝さん。
*****
ざっくりとまとめると、逃げ出した人物の後釜として僕を選んだそうだ。
傍迷惑な話だ。
「あぁ、あとは何故貴方をこの世界に引きずり込んだのかと言う話でしたよね」
一気に説明をして疲れたのか小さく溜め息を吐きながら、一息つく暮羽。
ちょうどいい感じに冷めた紅茶を啜る彼女の口から「面倒くさい」と本音が漏れていたが、あえて気にしなかった。これまでの話を聞く限り、本当に面倒くさそうだ。かなり若干だが、彼女に同情している。
何回か水分を口に含むと、ようやくカップを置き、話を再開させた。
「ここに連れてきたのは、一つとしては他の人間にこの話を聞かれたくないからです。この世界の中なら、たとえ聞かれたとしても『電波女と電波男がなにか痛々しい話をしているぞ』程度で済みますからね。そして、本題はこちらです」
そう言うや否や、カップから手を離し一泊だけ小さく手拍子をした。彼女がただ単に手拍子をしただけなのに、僕のゲームが、世界が、歪に歪むような、どこかが欠落してしまった様ななんとも言えない不快な気分になった。
そう、僕の作り上げてきた物が、たった一瞬で彼女に塗り替えられてしまったのだ。はっきりとした事実は無いが、僕には何故か解ったのだ。
その様子を見て、暮羽はどこか納得したように頷いていた。
「やはり、創設者と言うのは嘘でも情報の間違いでもないのですね」
「な……なにを…………した?」
「貴方の世界に異常を『起』こしました。貴方が『結』のクリエイターにふさわしいかどうか、審査させてもらいます。私が『起』こした異常は、ゲーム内での行動の緩和……つまり、プレイヤー全員に本当の意味での自由を与えたのです。49日、時間をあげます。その間に今までとは別の方法でゲームを、貴方の世界を管理してみなさい」
行動の緩和…………
審査することは解ったが、彼女の意図が正直解らない。プレイヤーの行動緩和をしたところで、一体何が起こると言うのだ。今までだって、充分プレイヤー達は自由にゲーム内で生活している。
あの不快な気分が治まったと思うといつの間にかティーセットは片付けられており、彼女がこちらに手を差し出していた。
「さぁ、この世界自体にもう用は無くなりました。お望み通り、もといた場所に貴方をお返しします。お手をどうぞ」
モヤモヤとした思考の中なら、僕は彼女の手を取った。
「それでは、頑張ってくださいね」