プロローグ
初めは中学生の授業で行われたものからだった。
当時、中学二年生に上がったばかりの少年は今学年初のコンピューターの授業に意気込んでいた。内容は、「壁にボールを反射させて落とさないようにするゲーム」の作り方だった。
教師は様々な事を生徒の前で教えるが、少年を除くほとんどの生徒がありきたりなものしか作れなかった。
『周りが評価してくれるのが嬉しい』
中学三年の夏。少年は、とある小説家に心を奪われた。
周りの友人や、両親が若干引いていることにも気が付かず本気で弟子入りしようとまでしていた。その姿は、もはや憧れや尊敬のそれではなく、崇拝や信仰という物へとなっていた。
その小説家の書く物語が、キャラクターが、世界観が、彼を虜として放さなかったのだ。
月に貰える三千円のお小遣い全てをつぎ込むほどにはまり、イベントや懸賞には必ず参加。もはや彼の中では一種の宗教のようになっていた。
『先生の書く世界は素晴らしい!!』
中学生最大の関所、俗に言う受験シーズン。
持ち前の記憶力と勘で取り続けた単位のお陰で難なく越えられた少年は、自分の世界を作ることに恐ろしいほどの快楽を覚えた。彼は小説家を崇拝だけでは物足りなくなっていた。彼自身が、小説家《神》へと少しずつ近づくことを望むようになっていたのだ。
ただし、彼の興味は世界を創るだけで、物語・キャラクターは一切作らなかった。
『こんな世界ならなぁ……。僕なら、僕が創るなら……』
そして、高校一年生現在。
少年は、フリーゲームクリエイターとして広く活躍する事となる。
物語、キャラクターを作らない彼が作成したゲーム【another life】は爆発的な人気を誇り、今やその手のランキングでは一位を独占し続けている。余りのサーバー数に新規登録者の制限までかかるほど、彼の世界は多くのゲーマーに受け入れられた。
動画サイトには実況動画(生放送を含む)が数多くあげられ、ネット上には第三者の手によって二次創作もかなり作られている。
そんな知らない人間がいないようなゲームの内容はいたってシンプル。タイトル名の通り、ゲーム内でもう1つの生活、もう一人の自分を楽しむというもの。プレイヤーの性別・年齢はもちろんのこと、職業や住む地方までもが細かく設定できる。
勿論、どんな悪行もやりたい放題だが余りにも度が過ぎるプレイヤーは彼の手によってアクセス禁止になる。
そんな、ありきたりな物かもしれないが、彼の行き届いた管理の結果、厳しい制限が有るにも関わらず常に登録希望者数は右肩上がりである。
「聞こえはとても幼稚だが、僕は神様になりたい。僕の住む世界のじゃなくて、僕の創った世界のだ」
そんな、まぁ何とも厨二病感満載のセリフを自室で叫びながらパソコンの前に座る少年、故暁 茄畝は愛しそうに恍惚の表情で自分の世界が写し出されている画面をそっと指先で撫でた。
直後、画面を突き出て茄畝の手首を”ガシリ”と掴む腕。
"ギョッ"とする茄畝をよそに、某有名なホラー映画のワンシーンよろしく出てきた腕は何の躊躇いもなく彼の手を引く。
実際は「引く」だなんて可愛いものではなく、捕まれた手首がほんのり赤みを帯びるほどの握力と引力だが……。
「…………は?ちょっ?!なんなんだよこれっ?!!」
ほんの少し……ほんの少し……と引きずり込まれている事に気がついたのは、指先が画面の内側に突き抜けた時に感じた静電気の様な痛みが腕まで来たときだった。
引き戻すには既に時遅く、ものの数分で茄畝の身体はあたまのてっぺんから爪先まで、完全に画面の中に入ってしまった。
ついでに意識も軽く飛んでしまっただなんて、情けなくて誰にも言えない……。
と、言うか、パソコンの中に入っただなんて誰にも信じてもらえない。