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【短編】りん子&関連作

カワウソと自転車

作者: れみ

 夜空の真ん中に、大きな自転車の形をした星座があった。

 りん子は毎晩空を見上げ、あれに乗れたらいいのに、と思った。星と星の間をすり抜けて、夜風を切って走るのは、さぞ気分がいいだろう。


 ある夜、友達のカワウソがやってきた。いつものように晩ごはんをねだりに来たのかと思えば、自転車座に乗る方法を見つけたというのだ。


「カワウソがどうやって乗るのよ」

「そんなことは問題じゃない。これだから人間はいつまでたっても素手で鮭が捕れないんだ」


 それこそまったく問題じゃない、とりん子は思ったが、カワウソの話を聞いてみることにした。

 話はいたって簡単で、とにかく自転車座のあるところまで行ってしまえばいいという。一旦飛び乗れば、重みで車輪が動いて走り出すだろう、と。


 そこでカワウソは、近所の小学校の体育倉庫から、ジャンプ台を借りてこようと言うのだ。


「借りてくるって、こんな夜中に?」

「当たり前だ。昼間に星座は見えないだろう」

「もっと計画的に考えてよね」


 ちくわぶ通りのせせらぎ小学校へ行くと、思った通り正門も裏門も閉まっていた。りん子は柵を乗り越え、カワウソは隙間をくぐり、校庭の隅にある体育倉庫へ走った。

 体育倉庫も閉まっていたが、ジャンプ台は倉庫の外に立てかけてある。計画的だろ、とカワウソはひげを張って言う。


「これって、跳び箱の踏切台じゃないの」

「跳び箱? あんな低い山、話にならんな。道具はもっと賢く使うべきだ」


 カワウソの水かきの手では無理なので、りん子が踏切台を校庭の中央まで運んだ。見上げると、ちょうど自転車座が南の空高くに輝いていた。


 りん子とカワウソは踏切台の上に立ち、爪先で弾みをつけた。


「これならシーソーやブランコで飛んだほうがマシだと思うけど」

「あれは放物線を描いて落ちるだけだ。頭がおかしくなる」


 りん子は少しずつ膝を深く曲げ、弾みを強くしていった。カワウソと目を合わせ、うなずき合う。


「三、二、一……」


 それっ、と声をそろえ、踏切台を蹴った。校庭を取り囲む木が、一斉にざわめく。空気が揺れ、校舎と塀が歪んで見えた。りん子とカワウソは、弾丸のような勢いで空へ飛び上がった。


 町明かりを横目に、大気を突き抜け、星が迫ってくる。

 電飾を散りばめたよりもっと眩しい光が、すぐそこにある。自転車座だ。

 夢みたい、とりん子は思った。遊園地を貸し切りにしても、こんなにすごい乗り物を独り占めになんてできないだろう。


 そうそう、独り占めじゃなかったっけ。

 隣を飛んでいるカワウソを見て思い出す。うまく二人で飛び乗るには、りん子がサドルを、カワウソが前かごを狙うのが一番だ。


 いくわよ、と口を動かすこともできず、勢いのままに手を伸ばした。カワウソは少し前方へ飛ぶ。良い距離感だ。眩しさに目を閉じながら、りん子は手を握りしめた。星の熱さと、確かな手応えを感じた。


「おい、りん子、目を開けろ!」


 カワウソの声が遠くで響いた。

 りん子ははっとして、自分の握っているものを見た。星の粉を散りばめた、巨大なタイヤだ。声のするほうを見ると、カワウソがもう片方のタイヤにつかまり、空を転げ落ちていくところだった。


「大変! このままじゃ、このままじゃ……」


 りん子のつかんだタイヤも転がり出す。慌ててしがみつくが、勢いは止まらない。

 カワウソが前輪を、りん子が後輪をつかんだために、自転車はすっかりバラバラになってしまった。作りが甘かったのね、と思いながら、りん子はたくさんの星とすれ違い、飛行機の音を間近で聞き、コウモリの群れをかわし、一瞬の暗闇を見た。そして町明かりの中へ落ちていった。


 体がちぎれるほど振り回され、頭の中で星が弾けた。りん子とカワウソは、校庭の芝生にぽふんと落ちて転がった。


「ふう、えらい目に遭った」


 カワウソは乱れたひげとしっぽを撫でつけた。

 りん子は腰をさすりながら起き上がった。まだ目の前で星が回っているような気がする。


「見ろよ。俺たち、星座の一部を持ってきちまったぞ」


 カワウソが持っていたタイヤは、光の粉をまぶしたドーナツに変わっていた。ふんわりと大きく、真ん中の穴にカワウソの頭が入ってしまうほどだ。甘いミルクとシナモンの香りに、カワウソはすっかり満悦している。


 りん子の持ってきたほうは、もっと大きくて光もたくさんまぶしてあった。しかしそれはドーナツではなく、ドーナツ型座布団だった。

 カワウソは大声で笑った。


「良かったな、それなら毎日乗れるぞ」

「そうよ、ドーナツは食べちゃったら終わりだけどね!」


 りん子は悔し紛れに言った。真ん中の穴にお尻がすっぽり入ってしまうほど大きいので、ドーナツ型座布団としては役に立ちそうにない。せいぜい、縁に腰かけて星を見上げるくらいだ。


「何かしら、この不公平感は」

「日頃の行いの良いほうがいい目をみるんだ。当然だろう」


 カワウソはりん子の座布団の端にちゃっかり座り、むしゃむしゃとドーナツを食べた。


 その日から、自転車座は見えなくなった。代わりに、タイヤをなくしたキックボード座が夜空を回るようになった。


 ホッピング座だという人もいるし、ムカデ座だという人もいる。いっそのこと蠍座二号でいいんじゃないかしら、とりん子は思った。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] 星座の一部を持って帰る、という発想が素敵だなと思いました。 星座のドーナツ、美味しそう!! ハラハラわくわくさせて頂きました。 今日もありがとうございます。
[良い点] とても命がけだけど、夜空のキラキラに紛れてチャリを漕ぐなんて、すごくロマンティックだと思います。私もそんな体験してみたいなあとわくわくさせてくれる、素敵なお話でした。
[一言] 貴作は凄いと思います。 「りん子はたくさんの星とすれ違い、飛行機の音を間近で聞き、コウモリの群れをかわし、一瞬の暗闇を見た。そして町明かりの中へ落ちていった。」 特に、ここの部分が非常に好き…
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