891.~900.
891.
水の豊かなこの辺りにはたくさんの蛙がいる。特に珍しい亜種の蛙は人間の赤ん坊にそっくりな声で鳴く。あぜ道は勿論、屋内に入り込むこともあるので、知らない人はかなり驚く。遠い昔飢饉で縊られた赤子たちの生まれ変わりと言われている。農薬で減ったが、最近数がやたらに増えた。
892.
乾いた大地が潤され、地中の卵が次々に孵った。ニンゲンだ。自分たちで地球を住めなくしたのに、滅びたくなくて自らを改造し、環境が改善するまで眠っていたのだ。だがもう二度とこの星を痛めつけさせはしない。そう、この恵みの水は罠。孵化させ、次世代を残す前に滅ぼしつくす。
893.
夜空の星を見上げていたら、空飛ぶ円盤が舞い降りてきて、殆ど人外と化した行方不明の母を庭に投棄していった。十年ぶりの再会で、向こうはとても嬉しそう。名状しがたい肉とスクラップのごたまぜの中にある三つほどの母の顔は超笑顔。後妻におさまった母の親友を見ても笑顔だろうか。
894.
マスキングテープにハマり、けっこうな量になってしまった。使う用と保存用とわざわざわ二つ買うのもその一因だ。どんどん使っていかないとね。手帳や小物をデコってみたが中々減らない。でもお金がないからお腹は減る。茹でて食べてみた。美味しい。なくなったから買いに行こうっと。
895.
子どもの頃からコンピュータに強く、ちょこちょことネットマネーなんかをくすねて生きてきた。派手なことをしなければ正義にも悪にも目をつけられない。だけどカミサマは見ていた。ネットの宇宙にたゆたっていた冒涜的で広大無辺なソレが俺に目を向けた。わかりました。仰せの通りに。
896.
透明なマグカップでコーヒーを淹れたら、中に人面魚が出現して元気良く泳ぎ始めた。でもどうしてもコーヒーが飲みたかったので、人面魚ごと飲んだ。次の日同じマグで紅茶を淹れたら人面蟹が。もちろん紅茶ごと飲んだ。毎日いろんなお茶を作り、人面水棲生物と一緒に飲んでいる。
897.
大事にしていたパワーストーンの数珠が千切れた。排水溝の近くだったので、珠は全てなくなった。知人は「きっと身代わりになってくれたんだよ」と慰めてくれたが、たぶん違うと思う。窓の外にべったり張り付く無数の目玉。新しい数珠がブルブル震える。先に逃げているのだ。
898.
寒いなあ、と息を吐いたら真っ黒だった。周りを見ればみんな黒い吐息。見えてないのか、気にする元気もないのか誰も驚いていない。安物のマスクは白いまま、黒い吐息が周囲を満たす。息苦しい。傍らをいく小学生にも黒い吐息がちらほら。あと怖いのは隣にいる人の吐息が真っ赤なこと。
899.
まりもをご存じだろうか。十年以上前に流行った球体状になる藻だ。今でも大事に育てている者は少ないだろう。すくすく育った我が家のまりものため部屋は冷凍庫と化している。行方不明になって戻ってきた弟は日々暑いと訴えていたが、今はまりもの水槽の横で居心地良さそうにしている。
900.
コツンコツンと何かが窓に当たる音がする。虫かなとカーテンを開けたら、歯だった。少し茶色がかった小さな歯。ああこれ、自分の乳歯だ。真っ直ぐ伸びるお呪いに、上の歯は床下に、下の歯は屋根の上に投げたのだ。窓に罅が入る。たぶん20本あるだろう歯が窓ガラスに喰いこみ始めた。




