081.~090.
081.
息子は水が大好きだ。お風呂は勿論泳ぐことが大好きで、夏は海に、真冬でも温水プールに通う。行方不明になった妻が離島の漁民の娘だったからかもしれない。今年の夏も海へ行こうと息子に請われ、妻の故郷、彼女が消えた海へと船で向かう。碧い波の下の魚影が妻の顔で笑った気がした。
082.
二人の話を聞いた相棒は「まるでロミオとジュリエット…いや悲劇にはさせない!」と叫んだ。非常にまずい。相棒は自分自身は鈍感な割に恋愛ごとで容易に冷静さを失う。しかし今まで一人も味方がいなかった深きものどもの娘と河童の青年のカップルは相棒と抱き合い涙を流している。
083.
漆黒の体、目鼻のない卵のような顔、頭部でねじくれる角、被膜の翼、棘ある尾―御伽噺の中の悪魔そのものの姿の怪物・夜鬼が空高くへ相棒を連れ去る。まずい。夜鬼の攻撃に対し相棒は弱過ぎる。案の定、雲の向こうから、けたたましい相棒の笑い声が降ってきた。
084.
アルデバランが眩い夜、娘が産気付いた。ついに待ちに待った御子を授かるのだ。目を焼き潰した産婆が湖のほとりに建てた小屋に入って数時間。産声ならぬ魂が消し飛ぶような絶叫が轟いた。私が歓声を上げる間もなく、小屋の壁を突き破った数本の触手が巻き付いてきた。
085.
双子の姉妹は死産だと聞いていた。私自身は姉妹の記憶がないからなんの感慨も抱いてはいなかった。だが行方不明になっていた姉が警察に保護され、更に双子を妊娠していると聞いた時、解った。私は膨れた姉の腹を撫でる。「久し振り、お姉ちゃん」ぼこりと蹴られ、姉は虚ろに笑った。
086.
連日の熱帯夜で寝付けなかった僕は初めてコンポのラジオのスイッチを入れた。適当にいじっているうちに、なにやらテンションの高い番組を拾った。疲労と中途半端な眠気に侵された頭ではあまり内容は入ってこなかったが「いあいあ」という言葉がやたら繰り返されて、印象に残っている。
087.
ホラー映画をやっていたので録画した。私は好きなので殆ど内容も覚えてるぐらいだが、遊びに来た彼は初見とのこと。主人公の目の前で親友が無惨な死を遂げるくだりで、震え上がってしがみ付いてきた…のはいいのだが、怯え過ぎて触手わさわさが出てるのは指摘した方がいいのだろうか。
088.
いつも本を読んでいる暗い女子がいた。仲間が「気持ち悪ぃ」と言い始め、俺たちも調子に乗って囃したて、本を机から払い落した。異様に古びたその本は、ページが赤茶に塗り潰されていた。以来、視界の隅にいつも磯巾着に似た生き物がふるふる震えながら、徐々に近付いてきている。
089.
実家は田舎の名家だ。玄関の施錠など滅多にせず、近隣住人が平然と家に上がってくるような土地。困った時のサポート力は凄いので嫌いじゃない。けれど―未婚の女性が死ぬと、山奥の専用墓地に綺麗に身を飾り埋葬する風習だけが怖い。延命治療を拒否した私を、村中の視線が見ている。
090.
その動画を見ようとURLをクリックした瞬間、PCの液晶から何本ものタコかイカっぽい触手が溢れ出た。吐きそうなほどの悪臭とPCが壊れそうな粘液を滴らせて俺の顔に伸び――「にゃ!」嬉しそうに飛びかかったうちの猫に噛みつかれ、凄い勢いで引っ込んだ。PCは無事だった。