871.~880.
871.
我が村での成人式はとても平和だ。三箇日を過ぎてから、数日間身を清める。代々伝わる小刀を口に咥え、白装束に身を包んで、山奥の滝へ向かうのだ。そして真っ赤なオニユリを咥えて戻る。小刀は翌朝、成人するに値しないと判断された者が全身に刺して戻り、息絶えて終了となる。
872.
段ボールの中で古布に包まれた捨てハスターが冷たい雨に震えていた。でもなあ、うちにはこの前雪の中で拾った捨てクトゥルフが。しかし放たれる名状しがたい威圧感に抗えず連れ帰ってしまった。クトゥルフとは今のところ仲良くしている。明日、邪神医に診てもらわないとね。
873.
雪国生まれだから、寒さに強いと思っていた。確かにそれもあるが、寒波で体調を崩した老母を見舞いに戻り、違うと知った。巨大な手が母を掴み、母は恐怖と歓喜が同居する叫びを上げながら雪雲の中に消えていく。町の全ての命が凍りつく中、私だけが薄手のニットだけで平然と見ていた。
874.
空からひらひらと落ちてくるのは、蝶の死体だ。小さな地味な蝶から、南国の大きく豪奢な蝶まで。春になったら、夏になったら、生きた蝶は飛ぶのだろうか。掌で受けた揚羽蝶が、ぴくぴくと痙攣している。落ちた蝶は最初は掃かれて埋められたが、今はカサカサと積もっていくばかりだ。
875.
なんやかんやで全生物がゾンビ化して4年。身体を損ない易くなり、修復技術が飛躍的に進歩し、体は改造するのが基本となった。姿かたちの差異などもはや無意味。問題はごく稀に起こる完全な死。新たな命が生まれない以上、確実な滅びが決定されてしまったことだ。
876.
図書館の奥へ逃げ込んで膝を抱えて座りこむ。五時までの隠れ場所。過ぎたら家に帰らなきゃ。埃だらけの古い本達が喋りかけてくるのはうんざりだが、漫画やベストセラーたちの甲高い自慢話よりはマシ。一冊だけ喋らない本がある。血の匂いのするその本は無言で手に取れと訴えてくる。
877.
盗まれた私のスマートフォンが、縁結びの神社の境内で見つかった。見た目は壊れていなかったが、写真や動画でメモリがいっぱいになっている。神社から始まり、私の家路を辿り、部屋まで。必ず黒いみょげみょげしたものが写り込んでいる。最後の写真的に、今ソレは枕元にいる。
878.
電車に乗って顔を上げたら、死んだ母が座っていた。去年交通事故で逝った母。私を見て嬉しそうに笑う。後ずさったがドアが閉まった。歩み寄ってきた母が腕を絡ませてくる。怖気が走る。怖くて動けない。次の駅に着くと母の方から離れた。私が勤めているのが自動車修理工場だからだ。
879.
息苦しくて目を覚ますと、口に綿が詰め込まれていた。ぞっとして吐き出す。一体どこから…顔を上げて、ぎょっとする。枕元のぬいぐるみの腹が裂け、綿が溢れていた。まるで惨殺されたかのようだ。お気に入りだったのに。残念だけど、食べ切れなかった彼氏の骨と一緒に捨ててしまおう。
880.
真っ白なぬいぐるみと恋人の遺骨を抱えた青年が、店の扉を叩く。迎える私を青年は愕然とした顔で見つめてから、泣き笑いの表情になる。どのお客様も私を見るとこうなる。店主を呼んだら私のお仕事はお終い。程なくして真っ赤なぬいぐるみを抱えた青年が扉から出ていく。




