831.~840.
831.
鈴虫の鳴き声が耳から離れないんです、と病院へ行った。耳を覗いた医師が悲鳴を上げる。まさか耳の中に鈴虫がいたのか?怯える私をほったらかしにして、医師や看護師たちが騒然となる。引きつった顔で落ち着いてくださいねとか言われてもな。一体なんなの。ああほんとに鈴虫が煩い。
832.
寒くなってきたので毛皮のコートを出した。ホッキョクグマの毛皮のコートだ。極寒の地で生きる動物の毛皮だけにとても暖かい。家の中でしか着ない。意味がないと言われそうだが理由がある。雌の毛皮なのだ。きっと身籠っていたんだろう。胎にぬくもりと小さな心音。春になると消える。
833.
G用の罠に悪魔がかかっていた。黒くて耳が尖ってて矢印的な尻尾のバイキンみたいなやつだ。顔面が張り付いていて息も絶え絶えだ。深く考えず助けてあげた。お礼にと彼氏が浮気していて私に性病を移したこと、代償は命だが残虐な死を確約してくれる邪神に会う方法を教えて貰った。
834.
細い月が濃い藍の空にくっきりと光っている。今日は空が澄んでいたから一番星もよく見えた。キンと冷えた夜気の中で、星がまたたく。まだ息こそ白くないものの、眼鏡は曇るし、裂かれた腹からはほくほくと湯気が立つ。雲の上で生きたまま喰われながら、いつもより近い星と月を見…あ、目玉啜らないで。
835.
明日世界が滅ぶことが分かった。家族の元へ帰りたいと訴えたが、上司は許してくれない。頷く同僚も何人か。明日何もかもなくなるのに何いってんだ。帰宅を望む者たちで協力し立ちはだかる上司達を殺して会社を出た。だが1時間後に英雄が命を賭して滅びを止めたというニュースが。
836.
臍から芽が出てきた。お腹の中を調べると、ドングリが発芽していることが分かった。「私は朝顔なんですよ」エコー検査をしてくれた看護師がなぜか誇らしげに笑う。診察室に戻ると、医師が服をたくしあげ、たるんだ腹をみっしり覆う緑を笑顔で見せてくれた。木の芽はレアなんだそうだ。
837.
夫となる人の冷静さと度胸を試す為、人骨型の飴を作らせ夜中に貪り食ってみせる昔話があったが、これはそれと同じだよね?居間にビニールシートが広げられ、全裸の彼女が人体とおぼしいものを背から生えた触手で千切っている。生臭い匂いが凄い。彼女が振り向く。試してるんだよ、ね?
838.
幼い頃から、鳥や動物、物の声が聴こえた。最初はそういうものだと思っていて、成長するうち自分だけだと気づき、長じてからは病を疑ったが、悲しいかな私の脳や精神は正常なようなのだ。どうしようもないのだが、最近掛け布団にしつこく口説かれていて貞操の危険を感じている。
839.
これは事故だ。手が滑ってこのやたら重い箱が彼女の頭に直撃して頭がグシャって。ピクリともしない彼女の横にへたりこんでいると彼女がムクリと起き上がっ…えっ。「だいじょぶだいじょぶ」頭蓋骨の隙間から逃げようとするハムスターを押し戻しながら笑う彼女。「ん?中身気になる?」
840.
私の抜け毛は全て毛虫になってしまう。高い金を払って脱毛しても毛が強過ぎてすぐに復活してくる。そして抜け、毒毛虫と成り果てる。やがて蛹となり、異様に美しい蛾になって飛び去る。毛虫に喰われて緑の葉はなくなり、美しい翅の蛾は飛んでいく。きれいなものは私の周りに残らない。




