071.~080.
071.
珍しい酒を手に入れた、と親友が得意満面で袋を掲げた。すぐに室内に招き入れて中身を披露して貰う。梅酒用に似た大きな瓶に、えもいわれぬ色合いの液体が満たされていた。桜色にも薄紫にも紅色にも見え、香りは百合にも薔薇にも似る。浸けこまれているのは、あどけない美少年の首。
072.
twitterをしていた日本在住のニャルラトテップの化身は、ツイートしたりリツイートする夏コミネタを眺めて溜息を吐いた。「これだけの情念が集まればどんな神々も顕現させられるだろうに…」人間の欲の力を利用しきれない自分の至らなさを恥じつつ、今週のジャンプを開いた。
073.
したたかに飲んで、吐いた。だが一向に胃の痙攣は納まらない。既に胃液も吐きつくしたのに、胃袋だけ身を捩り、裏返って口から飛び出さんばかりだ。そういえばラマだかリャマだかって動物が威嚇の為に胃を吐くらしい。笑いながら蹴りを入れてきた若造に俺はぐいっと顔を向けた。
074.:ツイノベの日のお題「猫」
車に轢かれたのか、一匹の猫が息絶えて横たわっていた。美しい茶色の猫。特に猫好きでもないのだが、遺体をペットの火葬業者に頼んでお骨にし、共同供養までして貰った。安くはなかったのだがなぜかそうしたかったのだ。以来、悪夢を見ると美しい茶色の猫が助けに来てくれる。
075.
エアコン取付に赴いた家は古い日本家屋だった。配線を心配したが、母屋は改装されており見た目に反して電化が進んでいた。半日ほどで作業が終わり片づけをしているとふと動くものが目に入った。二階の窓の奥、イソギンチャクに似た白いものがリモコンを触手の先に握っていた。
076.
最近変な男に付き纏われている。魚に似た顔に脂ぎった肌、体臭は磯臭い。バイト先で顔を覚えられたらしい。今日も後を尾けてくる。どうしようか考えていると、大きな塩辛蜻蛉が飛来し男は異様に怯えて逃げていった。無事帰宅した私は、庭のビオトープに川からとってきた小魚を放した。
077.
怖い話は好きだ。襲ってきたのが幽霊にしろ人間にしろ、それは生還した話だからだ。何か失ったのだとしても…職や身体を損なったのだとしても、命を落とすよりは良い筈だ。わたしも、生き残れたら語ろう。黒い粘液状の怪物が差し伸ばしてくる無数の触手腕から逃げ惑う話を。
078.
ダゴン秘密教団日本支部団員たちは戦慄していた。教団は世界各国でダゴン様や大いなるクトゥルフ様の布教活動を行ってきた。そのたびに個人から政府級勢力に、全力で潰された。なのに何故…この国では大王烏賊の標本を写メし、ぬいぐるみを買い、スルメ烏賊美味いと笑うのか、と。
079.
ショットグラスの中には透明な酒。オレンジ色の焔に空かしてから、一気に飲み干す。家系なのか、酒には異様なほど強い。酔う楽しみがないから、自然と味と肴に煩くなった。「お姉さんの眼、スッゴイね。カラコン?」慣れ慣れしく隣に座ってきた君、不味そうだから見逃してあげる。
080.
わたしは酒に弱い。すぐに酩酊してしまう。けれど味や馨りは好きなのだ。ワクの友達がカフェロワイヤルというのを教えてくれた。専用のスプーンに角砂糖を乗せ、ブランデーを染み込ませて火を灯す。暗い部屋で薄青い焔を眺めながら、切り落としたばかりの女の首から滴る血を飲み下す。