671.~680.
671.
「家まで送ってあげよう」そう言って微笑んでいるのは、真っ赤な服に白い豊かな髭を生やしたおじいさん。乗っているのは古風な木の橇。真っ赤な鼻のトナカイは、張り切って白い息を吐いている。「遠慮しないで」「結構です」だって貴方が広げた白い袋の中で、昨日殺した男が笑ってる。
672.
父が作ってくれた義手は、驚くほど我が身に馴染んだ。もちろんリハビリは大変だったけれど、がんばれたのは母の励ましのおかげだ。生身と同じほどに精密に動かせるようになった義手は、私の入浴中に勝手に母の首をへし折った。私が不義の子だと父は知ってしまったのだ。
673.
孤児の私は空腹に耐えかね、山の神の供物を食べてしまった。その日から神は村へ降りて人を喰うようになった。証拠もないまま神の怒りの原因と決め付けられた。偶然にも正解なので黙って私刑を受けていると、異形の神が現れて村人達を殺し尽くす。神は私に囁く。「同じ飯を食べた仲間」
674.
リスが窓辺にいる。薄めのカーテンの向こうでシルエットしか見えないが、きっとリスだ。時々コツコツと窓を叩いてくる。リスが訪ねてくる喫茶店か何かあったような。我が家に来るのも、きっとそういうリスだ。リスが来る毎に、寝たきりの祖母の体が捩じれていくのは偶然だ。
675.
すぼぼぼ。子どもに買ってやった、おもちゃの掃除機の吸い込む音に、似ている。薄暗い路地から、すぼぼぼ。そっと横目で見ると、細長い何かが黒く汚れた豆を吸いこんでいるのが見えた。顔を逸らし慌てて帰る。居間で一息ついて静寂。昨日まいた豆を捨てたゴミ箱から、すぼぼぼ、と。
676.
油断していた。道路のあちこちの黄色い警告板を、見ているようで見てはいなかったのだ。『邪神飛び出し注意』。よりによって、ヨグ=ソトースが飛び出してくるとは。激突すれば時のループに閉じ込められてしまう。死ぬしかない。私はハンドルを思いきり切って、崖から飛び出した。
677.
幼い頃から、鏡を覗くと知らない女が背後に立っていた。最初のうちこそ親に訴えたが、激しく折檻されるだけなので言うのをやめた。思えば、変なことを言うからとあんなに殴るのはおかしい。年々背後の女の顔が歪みを増し、今は正視に堪えない異形になっていることと関係あるのだろう。
678.
耳が猫になってしまった。猫耳になったのではない。猫になったのだ。右は三毛で左は虎猫。音は聞こえる。良くも悪くもなってない。ただ、重くて首が疲れるのと、動物を飼ったことがないから匂いが鼻につく。しかも雄と雌らしく、発情して赤子の泣き声に似た叫び声を上げ続けている。
679.
妹が産み落としたのは、ヒトではなかった。イルカやクジラに似た肌は生成り色で、サファイアブルーの虹彩に横たわる針のような瞳孔、色鮮やかな貝のような殻を持ち、パイプオルガンに似た途轍もなく美しい声で歌う。妹がどうしても殺すと言って泣くので、彼女の首をへし折って殺した。
680.
この家を一代にして築いた先祖が描かれた巨大な絵画が食堂にはある。晩年に描かれたもので、不思議と家の男たちは彼に似始めると死ぬ。対面の妻の絵は若く非常に美しい。血族の女は何故か彼女に似ないが、花嫁の美はどこか似ている。そして必ず、彼女よりも若く死ぬ。




