631.~640.
631.
最初は、うじ虫だと思った。よく見たら、うじ虫サイズの全裸の人間だった。実家から送られてきた林檎の断面に、何匹もいる。不思議なことに両断されたモノはいない。桃太郎的な奴だろうか。よく見ると去年死んだ伯父に似た顔をしている。煙草の火を押し付けると、嫌な臭いがした。
632.
外が騒がしい。ベランダへ行くと、マンションの他の部屋の住人も出てきて空を指差し、動画撮影している人もいる。UFOだ、とあちこちから聞こえる。私も注視するが、沈み行く夕陽しか見えない。何もいないじゃないか。気づくと、周りの人々が白目のない目で私をじいっと見ていた。
633.
凍えるような風の中を一頭の蝶が飛ぶ。私は必死で最後に見た彼女のワンピースと同じ柄の翅を持つ蝶を追う。辿り着いたのは廃校の体育倉庫。跳び箱の中、運動用マットに包まれて彼女はすっかりミイラ化していた。「良かった、見つけた」お気に入りのビーズの腕輪を回収し、帰路につく。
634.
嘔吐が止まらない。吐いているのは未消化の食べ物ではなく、今迄飲み込んだ悪口雑言。ぶちまけられた憤怒と憎悪は紛れもなく自分の感情だが、体内でぐちゃぐちゃになったそれはより醜悪になり、何をする間もなく周囲の人を襲い始める。襲われた人が吐く。更なる化け物が暴れ出す。
635.
猫好きの姉が突然死しました。連休初日だったので発見が遅れ、警察と共に部屋に入った時には猫たちの晩餐になっていました。葬儀が終わる頃、猫はすべて死にました。飼い主の後を追ったと皆は言いますが、何故猫たちは壁に爪を喰い込ませ、あんな怖い顔で息絶えていたのでしょうか。
636.(ぞろ目の八ことマスケッター様(@m1d6 )への捧げもの)
寝苦しくて目を覚ますと、不定形なものに包まれていた。顔にあたりはぽっかり空いているので呼吸は可能だがほんのりと湿ってるしドロドロだし嫌な感じに生あったかい。いつも一緒に寝ている犬は骨になっていたが、私は無傷だ。試しに起きて布団を退けると、にゅるんとかけなおされた。
637.
母を食べてしまった化け物は、私を巣穴へ連れ去って毎日せっせと盗んできた食べ物を与えてくる。「大きく美味しく育ってね」巣穴には人骨が山と積まれているし、手や足や胴体が天井からぶら下がっている。本当に食べる気なのだろう。でも幸せ。生まれて初めて毎日お腹いっぱいだから。
638.
大事に温めていた有精卵を弟が割ってしまった。怒りのあまり弟の頭蓋骨を割ってしまった。血でテラテラした黒髪の間からぬめぬめした骨と灰色の脳味噌が見える。割れた卵の隙間から覗く目玉が、傷口を凝視しているので近寄せる。卵は空になり、元弟がぎこちなく立ち上がった。
639.
山から歌が聞こえると、村から人がひとり消える。山に喰われたのだと大人は言う。とてもきれいな歌声なのに、怖いものだと教えられた。ひさしぶりに山が歌った。やっぱりとてもきれいな歌だ。私は商人から買った横笛を歌にあわせてこっそり吹く。翌朝いつもどおり人がひとり減った。
640.
流れ星が落ちてきて、おじいちゃんの脳天に突き刺さってしまいました。ボケが酷く、意味不明だったのに、益々わけがわからなくなり困り果て、山に棄ててくることに決めました。父と兄がおじいちゃんを車に押し込み、家を出て5時間後。三人そろって頭に流れ星を刺して帰ってきました。




