621.~630.
621.
背中が痛いと思ったら羽が生えてきた。鳥類学者によるとウミネコらしい。ウミネコだけど鳥なのか。妹の羽はカブトムシ。彼氏のは鶏。世界中の人の背中からいろんな羽が生えてきた。暫くして空から降りてきた名状しがたいモノにより、私は港に放たれて、妹は標本に、彼氏は食べられた。
622.
お掃除ロボットの様子がおかしい。最初のうちは元気に部屋の中を動き回っているのだが、しばらくすると動きが止まり、思い悩んでいるかのようにチカチカ点滅したり、その場でぐるぐる回ったりする。故障ではなかった。血塗れの床に、充電の切れたロボットと夫の結婚指輪が落ちている。
623.
友達の魔術師が本気で筋力トレを始めた。一体なにごとか。CMの影響か。詳しく話を聞く為、屋敷を訪れた。彼女は青白い枯れかけの木のような姿から、樹齢千年の大樹の如くムキムキになっていた。「どうしたの」「魔導書が開けなくて」人皮装丁の魔導書は彼女に劣らずムキムキだった。
624.
バラバラと手首から珠が飛び散った。パワーストーンの数珠が切れたのだ。怪しげな路地で呼び止められ、千円で作ってくれるというのでなんとなく購入したものだ。こういうのは身代わりだよと同僚は言うが。ついさっき窓を突き破り、カラスが飛び込んできた。目には数珠の珠がひとつぶ。
625.
荒れた手をそっと撫でるのは、冷たくべとつく粘性のなにか。灯りを消した寝室でベッドに横たわっていると、毎晩それは微かな水音と共に現れて私の肌に触る。最初は怖くて動けず、次第に慣れた。それはボロボロの手が特に気になるらしいが、たまに顔にも触る。大抵肌荒れが酷い時に。
626.
彼女は人魚の肉を食べたから死ねない体になったと毎日泣き暮らしている。泣きながら生魚を貪り、毎日汲んでくる新鮮な海水に浸かりながら全身に生えた鱗を鋭利な爪でこそぎ落す。傷だらけになるが海水に浸かっていれば治る。我が家は鱗を装飾品に加工して売り、富を得て数百年になる。
627.
帰宅すると化粧も落とさずベッドに倒れ込んだ。髪は汗臭いし、お腹も空いた。でも風呂より食事より、睡眠を全身が要求している。一瞬で眠りに落ちた。髪を引っ張られる感触に目を開けた。目玉のない蛙に似た生き物が髪をしゃぶっていた。気絶。翌朝、髪からは馨しい花の香りがした。
628.
ゾンビはどのあたりから死体を仲間のゾンビとして認識するのかをどうしても知りたくて、ネクロマンサーに弟子入りした。理由に面喰っていたが後継者不足だそうで快く秘儀を伝授してくれた。免許皆伝後さっそく実験を始めたが、ゾンビが増えるだけな上、正義の味方に追われている。
629.
ヘソから芽が出た。絵に描いたような双葉。痛みや違和感はない。朝起きてパジャマを脱いだらひょっこり芽吹いていたのだ。触ってみると「ピョキ」と鳴いた。鳴いた?!つん。ピョキ。つん。ピョキ。ひとまず服を着て、朝食を摂り、出勤、仕事をして帰宅し、服を脱ぐと枯れていた。
630.
疲れて電車で眠ってしまった。飛び起き、周りに誰もいないので、扉が開いた瞬間反射的に降りてしまった。そこは一人暮らしのアパートのある最寄駅ではない。海のそばの故郷の無人駅。膝から崩れ落ちる。0時を告げる鐘の音。二十歳になった。潮騒に混じって、私の名前を呼ぶ声がする。




