591.~600.
591.
医師から処方された薬を飲み、楽になったが頭がぼんやりして足元が覚束無い。起き上がる気力が湧かずベッドにぐったりと倒れ込んでいたが、喉が渇いた。水が欲しい。水水…と念じていると、つむじから管がにゅるんと出て、熱帯魚の水槽に這い込むと、ぐいぐい水を吸い始めた。美味し。
592.
メガネが顔から外れない。癒着とか喰い込んでるとかではないのに、ぴったり顔にくっついて外れない。医者もお手上げだ。洗顔し辛いし、風呂では前が見えないし、うつ伏せに寝れないし、何より困るのがメガネ屋の前を通ると、全てのメガネが一斉にギラギラ光を反射して挨拶してくる。
593.
近所の本屋にへんなものが住みついてしまったらしい。本棚から本を抜きとると、その奥に目玉が縦に二つ並んでいる。「ソノ本、オモシロイヨ」「マダ読ンデナイカラ、持ッテカナイデ」「タマニハ純文学デモドウ?」と喋りかけてくる。私以外も皆喋りかけられているが、シカトしている。
594.
「遅刻遅刻ー!」甲高い女の子の叫ぶ声が曲がり角の向こうから聞こえる。これはまさか、懐かしい漫画の1シーン、現在では既にネタになっているあの…?警戒して立ち止まると、迷惑そうに僕を追い越す女性。直後、角を曲がってきた鮫の頭のセーラー服の少女が女性の頭を食い千切った。
595.
安物の釣竿と庭の土を掘って捕まえたミミズ、場所は近所の川で、途轍もない大物を釣り上げた。びちびち跳ねる、弾丸の如き流線型の、マグロ。銀色の腹からは砂利の上でしどけなく寝そべる、ボディビル選手ばりの肉体が生えている。ちなみに褌着用。リリースしたいが触りたくない。
596.
熱帯魚の水槽が騒がしい。今迄聞いた事のない異常な騒ぎ方だ。地震でも来るのかと思いつつ見に行く。水槽の中を熱帯魚たちが逃げ惑っていた。追っているのはイルカだ。大きいとはいえ、普通の家の普通の水槽だ。数頭のイルカは連携して熱帯魚を追い詰め、ものの数分で貪り尽くした。
597.
新種の生物が発見された。繁殖力が強く飼育も簡単で、なにより肉が美味。さっそく生物は大切に育てられ殖やされ殺され食べられ、人類の食糧危機は去った。最近になって、生物には鯨類や類人猿を凌ぐ知性や豊かな感情があることが発覚。議論し始めた人類を、生物はじっと見つめている。
598.
ボーダーコリーを連れ、フリスビーとお弁当の詰まったバスケットを持ち、爽やかな風が吹き抜ける草原へピクニックに行きたい。けれど実際は。ガスマスクに防護服、ショットガンと鉈を持ち、魔術の鎖で縛ったティンダロスの猟犬を連れ、放射能の風が吹き荒ぶ中、食べ物探しの毎日だ。
599.「#全滅亡祭」参加作品
世界の終わりは、夕暮れのようにさらりと訪れた。まず星空が世にも美しい高らかな音を立てて消え始め、吸い取られるように地上の光も消えた。真の闇に鎖されて、何も見えない。どうすることもできずにいるうち繋いだ手が消える。呼ぶ声も闇に消え、残るのは己だけ。
600.
世界が滅亡して一日経った。なぜか私は生きていて、目覚まし時計がいつものように鳴って、目を覚まし、顔を洗って朝食を摂る。テレビはつかず、窓の外は名状しがたい状態で、けれど部屋だけは変らないのだ。どうやら滅亡から取りこぼされたらしい。電気水道は使えるので紅茶を飲もう。
600話…我ながら、けっこう凄いところまで来た気がする




