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571.~580.

571.

前が見えなくなるほどの豪雨に、自分の運転技術の拙さを鑑みて、コンビニの駐車場へ避難した。滝のような雨、アスファルトの地面は川と化している。窓から外を覗いていると、一隻の漁船が現れた。網を引き上げようとしている。幾本もの人の腕が見えた気がして、慌てて駐車場を出た。


572.

美しい夕焼けを見て「明日また見られるとは限らないから」と泣いた君を、正直僕はバカにしていた。そんな君だから、苦しまずに死ねたのだ。葬式も出せた。今はもう死体は野晒し、苦悶に歪み、まるで地獄。落日どころか朝日さえ失われ、濃い灰色の空の下、ついに僕も脳を啜り取られる。


573.

ずっと気になっていた、何年も前から閉店セールをしている古着屋。意を決して入ってみた。すると店の奥から可愛い女の子が鬼の形相で走ってくる。「閉めないで!」ばたん。背後で閉まるガラスドア。舌打ちする女の子。「あーあ、あたしの番か」奥から伸びてきた舌が彼女に絡みつく。


574.

『自転車から降りて通行してください』もう何年も無視していた。今日も前を歩く人に向かってベルを鳴らし、道に入る。歩いていた女性は俺を睨みつけ、次の瞬間「あっ出た」と叫ぶ。顔を上げると二等編三角形に固めた内臓のようなモノが人に似た細い手で俺の頭を握り締めた。


575.

蝉の声が急に止んだ。突然の静寂に思わずあたりを見回す。ほどなくリーリーと秋の虫の鳴き声が聞こえ始める。急に涼しくなったからかな。でもこんなオンオフみたいに変わるものなのか。ぬめぬめしたものが降ってきたのはその直後。肌が焼けつく。耳を聾する鳴き声。リーリーテケリー。


576.

片付けをしていたら、古い携帯電話が出てきた。液晶画面は小さく、PHSに似ている。懐かしいなと思ってためつすがめつしていると、液晶が光った。何年も放置していたのに?着信。思わずボタンを押して出てしまう。――全て思い出した私は、長ネギと両親の首を持って海へ戻った。


577.

ブランケットに包まってウトウトしていると、TVが独りでについた。寝惚け半分で眺めていると、両脇を濃い緑にふちどられた石畳の道が映る。見覚えのある道。ああ、我が家の墓地へ続く道だ。映像は進み、辿り着いたのはうちの墓。何人もの全裸の老人が、墓石を舐めまわしていた。


578.

人ごみの中に見知った顔。頻繁に目にした記憶があるが、誰だったか。学生時代の同級生とかだろうか。考えながら歩き続け、向こうもこちらに気づく。不審と不快の混じる表情。不躾に見つめすぎたか。声をかけられそうな距離まで近づきはっとする。歩いてきたのは十年前の自分だった。


579.

天袋に何か棲んでいる。人間が勝手に住んでいたというニュースも過去にあったけど、うちのはどうなんだろう。たまに薄く開いているし、置いてあるパンが減る。それに、ハムスターも食べられてしまった。飼い犬の脚は残り一本、セキセイインコは奇怪な言語を覚えて一晩中鳴いている。


580.

落ちて死んだらニュースになって、ネットでバカだって騒がれるんだろうな。そんなことを思いながら増水した茶色の川を眺めている。傘は役に立たず、足は膝上までずぶ濡れ。それでも一心に、激流を見つめる。川の半分ほどもある、オットセイに似た滑らかな背中が浮かんでは沈むのを。

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