561.~570.
561.
温暖化か、それとも川の汚染のせいなのか。目の前で頭を傾げるのは、巨大なオニヤンマ。クモやスズメバチすら喰い殺す、空の王者の翅が起こす風で尻餅をつく。頭上から悲鳴と共に血が降り注ぐ。信号機の上でむしゃむしゃシオカラに喰われている人のだ。節のある硬い腕が私を抱え込む。
562.
涼を求めて図書館へ入った。子どもの頃の夏休み以来だ。快適な冷たい空気、独特の静けさに包まれる。足の向くまま書架の間を歩むうち、埃臭い隅の方へ辿り着く。誰かの気配を感じてそっと覗き込む。古びた本から伸びる青白い蔓のようなものが、先端の吸盤で司書の顔を包んでいた。
563.
緑のカーテンが陽光どころか外出も阻むようになって二日。ニュースによればどこも濃い緑が繁茂して室内の者は出られず、屋外の者は入れずという状態だそうだ。ニュースもいつまで放送できるか不明だ。連日の酷暑で屋外に取り残された人々が死んでいく。部屋の中は涼しくて快適だ。
564.
私が若い頃は夏はこんなに暑くなかった。風のある日は窓を開ければ充分涼しかった。戯れに窓を開けてみればドライヤーばりの熱風が吹き込む。すると熱い風から逃げるように室内に一抱えほどの入道雲が飛び込んできた。室温が一気に下がり、テーブルの上に雷雨が降り注ぎ始めた。
565.
巨大なものが近付いてくるのが分かる。ずしんずしんという、大地を揺るがす足音のせいだ。体を縮めて、目を瞑り耳を塞いで、見つからぬよう祈るしかない。#twnovel 絶滅寸前の地球人の管理人になって暫く経つが、一向に懐いてくれない。危害を加えたことなどないのに、本当にバカな生き物だ。
566.
部屋の窓に虹が刺さっている。虹の生まれるところには宝物が埋まっている、とか言わなかったっけ。虹が射し込む寝室のベッドには自分がいた。目を見開き、口は大きく歪んでいる。虹が色艶を増すと私の体が干乾びていく。触れるとベッドの私も触った私もサラサラと灰色の粉になった。
567.
ドアを開けると足の踏み場もないほど大量のセミが転がっていた。まだわきわきと足をうごめかすものから、ぴくりとも動かないものまで様々だ。セミが一斉に大量死でもしたのか。でも、さっきからセミの鳴き声が響いている。足元のセミを踏み潰す。グシャリじじじ。セミの声は止まない。
568.
ぐらりと全身が振り回された。地震?いや目眩だ。体がぐらぐらし、締め付けられるように苦しい。熱中症?水分を摂らないと…意識して呼吸をし、鞄から水筒を出す。だが中は空だ。ぎゅうっと体が絞られる。#twnovel いくら握り締めてももう水分は出ないらしい。放って、次の人間に手を伸ばす。
569.
がくんっとうたた寝から目覚めると、バスではなくメリーゴーランドの白馬に跨っていた。荷物はしっかり手に持っている。顔をあげると眩しい光で周りの様子が見えない。ひび割れた音楽、上下する馬たち、。異常な状況だが、また眠くなってきた。眠れば戻れるだろうか。
570.
仏間には巨大な仏壇がある。だが年中扉が閉じられていて、米も水も花も供えられることはない。唯一お盆の最終日だけ、精進潔斎し白装束に身を固めた一族の未婚男性のみが仏間に籠り片付けをする。好奇心旺盛な三歳の妹が誤って入ったことがある。以来ずっと仏間から出てこない。




