551.~560.
551.
台風が来る。沿岸部には最新兵器の軍が最後の防衛線を敷いている。既に空と海での戦いでは大敗を喫した。それでも抗うよりほかない。台風めがけ放たれる、人類を何度でも滅ぼせる兵器。だが台風の目が開く。綺麗な、とても綺麗な目に、次々シェルターを出た人々が吸い込まれていく。
552.
鮫に似た三角形の牙を除けば、とても可愛い女の子だ。金魚の柄の着物に紺色の帯をしめ、部屋の隅っこに正座して、耳まで裂けた笑みを浮かべてわたしを見ている。眼鏡をかけて見直すといない。寝ぼけ眼にしか見えない。熱帯魚の水槽の水草の伸びが異様に早くて、蓋を押し退けつつある。
553.
恋人から貰ったハンドクリームを塗るようになってから、水仕事で酷使している手指が綺麗になった。個人が作っているものだからと定期的にくれるのだが、なんだか悪い気がする。昨日恋人の部屋でクリームと同じ真っ青な色のひも状の何かが排水溝に飛び込んだのは見なかったことにする。
554.
心霊写真の女の怨霊に恋をした。背景から彼女を撮影した廃墟を調べ、彼女を見つけ出した。ずっと一緒にいたいから自殺しようとすると、彼女に止められた。「貴方は純粋すぎる魂の持主だから天使が天国へ連れていこうと待機しているわ」死ぬわけにはいかなくなった。
555.
焼場が騒がしい。祖母の遺体になにかあったらしい。職員が止めるのを振りはらって、遺骨が置かれている筈の台を見る。そこには白い骨はなく、黒光りする硬質のものが散らばっていった。石炭だ。まだ暖かい黒い物質を割ると、酸素を喰って、中心の消えかけた炎がほんのりと灯った。
556.
木桶の中を泳いでいるのは、金魚の体の小さな人魚。よく見ると、人魚は知っている人の顔をしている。手拭いで汗をふく金魚売りを見上げると、にっこり微笑む。「どうせひと夏で死ぬんだから、死んでも良い人間をね」わたしは妹を自殺に追い込んだ少女たちの人魚を買うことにした。
557.
わたしの好きなかき氷はメロン味。本物も好きだけど、滅多に食べられるものじゃない。かき氷は安くていい。しゃくしゃくと緑の氷を食べながら祭で賑わう境内を行けば、灯籠の下にあの人がいる。いつも既に溶けた真っ赤なかき氷を啜ってる。子どもがいないと女の悲鳴が響く。#書氷
558.
既に死んでいる赤子を抱きしめて、母が子守唄を歌っている。肌は変色し、腐臭がするのに、母は妹が死んだことを認めようとしない。「さっきもママって言ったわ」どうすれば穏便に引き離せるか父と話していると「まま、まんま」「いいわよお食べ」振り向けば血だまりだけが残っていた。
559.
昔から鍵と相性が悪い。なぜか上手く開け閉め出来ないのだ。今日も部屋の鍵を鍵穴に差し込み、回す。ガチっと音がして動かない。何度か抜き差しして、やっと鍵が回った。ドアが開くと、赤い汁が滴り落ち、生臭い空気が吹きつけてきた。ドアを閉め、鍵を開けなおすといつもの部屋。
560.
今年から小学生になった娘の様子がおかしい。7月半ばからやたらと物をなくすようになった。いじめを疑ったがどうすることもできず夏休みに。お気に入りのパステルグリーンのランドセルがなくなり、嫌がっていた義母から貰った赤いランドセルを背負い、今日もどこかへ出かけていく。
557話は「#書氷」企画に提供させていただきました。




