501.~510.
501.
家がまるで巨人の手に掴まれているようにガタガタ鳴る。巨獣の鼻息のような生温かい風に揺さぶられ、地震かと疑うほどだ。大気が不安定なせいだ。ニュースで言っている。そう、そのとおり。家に纏わりついた巨大なものが、中に隠れた私を喰うために家を壊そうとしてるわけじゃない。
502.
「私はウェンディゴ症候群だと思うんです」北米の限られた部族に見られる精神疾患のひとつだ。原因は冬の乏しい食糧事情によるビタミン不足と考えられている。症状に人肉が食べたくなるとある。包丁片手に襲ってきたその男の襟を掴み、僕は凍りつく高空へと舞い上がった。
503.
押入れから、幼い頃に描いた絵がたくさん出てきた。あの頃は子どもなりに辛いこともあっただろうけど、大胆な原色が今より幸せだった事を感じさせる。切り落とした手首から溢れる血に濡れて赤く染まる絵の世界から、ずるりずるりと無邪気で歪なタッチで描かれた者たちが這い出てくる。
504.
テレビで予報をチェックして、ブラウン管テレビを被って外に出る。外に出ると段ボール箱を被った隣人。「あれ?今日はそれなんですか?」「ええ。さっきテレビで言ってました」「うわあ、まずいどうしよう騙されたああうわあああ!」隣人の体は一瞬にして青い炎に包まれ燃え上がった。
505.
「それ、食べてしまったのですか」「うん」バターと蜂蜜たっぷりのトーストを齧りながら私は頷く。「そうですか…美味しいですか?美味しいでしょうね。ああ…」真っ黒な肌の神父は顔を覆って丸くなる。「貴重な蜂蜜だったの?」「ええ、まあ。わたくし好みの人の不幸だったもので」
506.
行方不明になって久しい父を、テレビの中で見つけた。3時間も続く、怪奇現象の動画番組だ。撮影の日付は、たぶん父がいなくなった日。巨大なUFOの丸い窓の中に助けを求める父がいた。以来その手の番組のそこかしこに父を見る。UMAと共に森に消え、霊のように薄れて消える父が。
507.
この部屋へは絶対に入ってはいけないよ、そう旦那様はお命じになった。わたしは指示を固く守り、決してその部屋には入らない。屋敷中の鍵を預けられるようになり、開けてはならない部屋の鍵が含まれていても。日に日に旦那様の苛立ちは募っていく。さあて、いつまで持つのやら。
508.
ヨグ=ソトースに関する魔導書に夢中になっていたら、いつのまにか陽が暮れていた。目も痛いし肩や背中もバキバキだ。ゆったりお風呂に入って体をほぐし、日付が変わる前に寝た。起床後魔導書に夢中になっていたら、いつのまにか陽が暮れていた。目も痛いし肩や背中もバキバキだ。
509.
ずらりと並んだ牙には、髪の毛や血塗れの肉片がこびりついている。布製の体内にはぐちゃぐちゃの夥しい人体が詰め込まれ、水飛沫ならぬ血飛沫を散らしながら、空から伸びるポールに繋がれた鯉のぼりが、ガチガチ牙を噛み鳴らして追ってくる。毎年の事だ。
510.
死体を池に投げ込むと、ざばりと神が現れた。「貴方が投げいれたのは内臓が金の死体ですか、内臓が銀の死体ですか?」「ふつうの内臓でしたけど」「正直者ですね。恨みを晴らしたいとのことで、お返しします」神が池に引っ込むと、今迄殺して池に捨てた女共がざばざば上がってきた。




